第286話 親子

「お、お前、本当にシャウなのか?」


「う、嘘……………こんなことって」


牢屋の中から揃って驚愕の表情を浮かべる夫婦。彼らは今、自分達の見ている光景が余程信じられないのか思わず立ち上がり、扉まで近付いてよく目を凝らした。するとどうだろうか。そこにいたのはどこからどう見ても1ヶ月程前に離れ離れになったはずの彼らの愛する息子だった。


「僕は正真正銘、本物のシャウロフスキー。お父さんとお母さんの子だよ!」


「な、なんという……………」


「ううっ……………間違いないわ。この子は私達の大切な子供、シャウロフスキーよ」


2人はその場に崩れ落ち、まるで堪えていたものが決壊したかのように涙が次々と溢れては止まらなかった。ところが息子であるシャウロフスキーの方はというとしきりに隣をチラチラと見ては落ち着かない様子をしており、彼の目には涙の欠片もなかった。


「し、師匠!お願いします。早く解放してあげたいんで」


すると突然、何もない横の空間に向かって頭を下げ始めるシャウロフスキー。感動の再会だというのにシャウロフスキーにそれを味わう気がないのか、それとも単純に後回しにしているだけなのか、そこには情緒もへったくれもなかった。この温度差には流石に感極まって泣いていた両親も不思議に思うと同時に涙が若干引っ込み、そのタイミングで改めてシャウロフスキーの視線の先を見てみた。


「ああ。すぐに解放してやる」


と、そんな言葉が聞こえてくるのとほぼ同時にシャウロフスキーの隣の空間にいきなり人族の青年が現れた。まるで今まで見えていなかっただけでそこに初めから存在していたかのようにごく自然にである。


「っ!?」


「シ、シャウ!?そ、そちらの方は一体………………」


「紹介するよ。この方はシンヤ・モリタニ。邪神を倒した英雄にして、世界初のEXランク冒険者。そして、何より………………僕の師匠なんだ」










「「シャウロフスキー!!」」


「お父さん!お母さん!」


牢屋の外で力強く抱き合う親子。それは1ヶ月という空白の時間を必死に埋めるような抱擁だった。先程1ミリも泣く様子のなかったシャウロフスキーだが内心では非常に辛い気持ちを押し殺して、ただ堪えていただけだったのだろう。今では大量の涙を流し、わんわんと泣き叫んでいた。


「親子か……………いいな」


そんな様子を温かく見守りながらもどこか寂しい表情をするシンヤ。だが、それも僅か数秒であり、幸いにも感動の再会の真っ最中であるシャウロフスキー達に気付かれることはなかった。


「……………お見苦しいところを見せて、失礼した」


しばらくすると一通り泣いて気持ちもスッキリしたのか、シャウロフスキーの父親がシンヤへと向き直って言った。それに続いて、母親も彼の隣に並んだ。


「いや、こういうのは大切だ」


「そう言って頂けるとありがたい。それから自己紹介が遅れてしまって、すまないな。私はシャウロフスキーの父、ピョルドーだ。この度は助けて頂いて本当にありがとう」


「同じくシャウロフスキーの母、イリーです。助けてくれて本当にありがとう」

 

「俺の名はシンヤ。冒険者をしている。勘違いをしてもらっては困るが今回は成り行き上、助けただけだ。もし、次に捕まっても俺は知らないからな」


「ああ、分かっている。今度はシャウや妻を悲しませはしないさ………………ところでシンヤさんは先程、息子から師匠と呼ばれていたみたいなんだが、どういう経緯でそうなったんだ?」


「どういう経緯も何も俺はまだシャウの師匠じゃない。こいつが勝手にそう呼んでいるだけだ」


「なんと!?」


「まぁ!?」


「ち、ちょっと師匠!そこは空気を読んでくれてもいいじゃないですか!」


「うるさい。本当のことだろう?俺はただラクゾでお前を拾って、ここまで届けただけの冒険者だ。それ以上でもそれ以下でもない」


「その様子だと随分息子がお世話になったみたいだな。本当にありがとう。私達の為にここまでシャウを送り届けてくれて」


「ごめんなさいね。シャウは少しわがままなところがあるから大変だったでしょう?」


「少しどころじゃない。痛いだの、寒いだの、苦しいだの、許して下さいだの散々喚き散らしていたな」


「そ、それは壮絶ね………………一体どんな道中だったのかしら」


「だって、あれは師匠達のせいでしょう!修行と称して魔物の集団の中に僕を放り込んだり、魔族領の過酷な気候に素っ裸で立ち向かわせたり、そして、それらが可愛く見えるくらい地獄のシゴキが………………ああっ、思い出したくないっ!!」


「「…………………」」


「お前が早く強くなりたいとか言うからだろ。並の方法じゃそんなすぐには強くなれない。だから、そうしたんだ。全てはお前を想うが故だ」


「えっ!?じゃ、じゃあ師匠は僕の為を想ってやってくれたんですか!?」


「当たり前だろ。それ以外に何がある?」


「そうだったんですか!ありがとうございます!それから、すみませんでした!そんなこととは知らず、文句を言ってしまって」


「謝るな。別に年相応でいいじゃないか。お前の良いところは無邪気で明るいところだからな」


「師匠!ありがとうございます!大好きです!僕、一生師匠に着いていきます!」


「おい、抱きつくな。まだお前の両親との話が終わってないんだ」


「いや、話は終わりだ。これ以上私達がシンヤさんの時間を奪う訳にはいかない。あなた程の方が私達の為だけにギムラまでやってくるとは到底思えないからな」


ピョルドーは刀によって真っ二つにされた牢屋を横目でチラリと見ながら、そう言った。それは若い頃、Aランク冒険者として活動していた彼であってもまずできない芸当であり、当然斬撃の軌道を見ることなど不可能だった。そして、理解の及ばぬシンヤの実力に支配された頭がようやくクリアになったのは牢屋が真っ二つにされてから、約10秒が経った時であり、気が付くとイリーも信じられないといった顔でシンヤを見ていた。その後、夫婦揃って斬られた箇所とシンヤの持つ武器を見ることで一体何が起こったのかを遅ればせながらも把握することができたという訳である。


「いいのか?」


「ああ。後でシャウと話をさせてくれれば、それで構わない」


「時間ならいくらでもあるわ」


「そうか………………分かった。じゃあ、行くぞ」


「はいっ!!」


「シャウ。シンヤさんのご迷惑にならないようにするんだぞ」


「そうよ。ちゃんと落ち着いて行動しなさいね」


「分かってるよ!お父さんもお母さんもまた後でね」


「ここからは俺の仲間に従って逃げてくれ。今、この国は混乱の真っ最中だから大チャンスだ」


「何から何まで済まない………………それにしても混乱?確かに上が少し騒がしいとは感じていたが」


「一体何があったの?」


この後、シンヤの告げた事実によって2人が驚いたのは言うまでもない。








――――――――――――――――――








「おい!早く準備を整えろ!逃げ遅れたら、どうするんだ!」


「そうだ。さっさとしろ!」


「…………………チッ、うるせぇな。だったら、自分でやれよ。こっちは全部お前らの為に動いてやってるんだろうが」


「なんだその口の利き方は!」


「おい、貴様!今、何と言った!こちらはギムラの王、アドム・クリプト様であらせられるぞ!」


な!」


「「は?」」


「この国は魔王によって、もうまもなく滅びるんだ。だから、王なんていなくなる。そんな時に何で未だにお前らみたいなのに従わなきゃいけない?国民のことを放って逃げ延びようとしている最低な王族の為なんかに!」


「なんだと!」


「き、貴様っ!無礼であるぞ!」


「んなの知るか!ってか、この期に及んでまだ権力があると思っているのか?言っておくがお前らみたいな権力馬鹿は魔王という圧倒的な力の前には何もできん」


「な、なんだとっ!」


「き、貴様っ!ぶ、無礼で…………」


「さっきから同じ言葉しか喋ってないぞ。極度の緊張と恐怖の中で遂に語彙力までなくしたか。でも、それでいい。どうせ、俺達もお前らもここでみんな死ぬんだ。諦めて楽になろうぜ」


「お、おい大臣!こんなのに構ってたら、頭がおかしくなる!」


「えぇ、そうですね。さっさと私達も逃げましょう!!」


言葉の最後の方で兵士の目が虚ろになっているのを確認したアドムと大臣は急いでその場から離脱し、出口を目指して走っていった。残された兵士はというと1人でブツブツと何事かを呟きながら、その場に座り込んでピクリとも動くことはなかった。









「母上!」


「イヤーシィ様!」


「アドム!イヘタン大臣!」


廊下を走っていた2人がイヤーシィと合流したのは兵士との会話から30分が経とうとしている頃だった。3人とも大量の汗を流しており、今まで外に出ようと必死に走っていたのだが、何故か一向に出口が見えないことに苛立ちを覚えていた。全く行ったことのない土地ならば、いざ知らず、ここは勝手知ったるホームである。それなのに進んでも進んでも引き戻される、もしくは別の部屋に辿り着くといった始末でまるで何者かによって何かの魔法をかけられているようだったのだ。そんな中で同じ境遇の者が増えたことはお互いにとって、不幸中の幸いであった。


「おかしいのよ。かなり走っているのに城から出られないの」


「俺もそうなんだ。一体どうなっているんだ?」


「全くその通りでございます。これ以上続くと頭がおかしくなりそうで」


3人は一旦立ち止まって、それぞれの鬱憤を吐き出す。こうしている間にも魔王が刻一刻と目前まで迫ってきているはず………………なのだが、どういう訳か城の中はやけに静かであり、3人以外の姿が一切見当たらなかった。まるでこの中に3人だけが取り残されたようである。


「気味が悪いわ。早くここを抜け出しましょう」


「まさか魔王の前にこんな関門があるとはな」


「こんなことをしでかした奴には極刑を与えねば」


立ち止まっていたのは僅か5分程であり、そこから、3人はすぐに動き出そうとした。ちなみに全員の意見は一致しており、それは"とにかく闇雲に走り回って、出口を見つけてここから抜け出す"という何とも曖昧で計画性のないものだった。しかし、そんな当たって砕けろ精神での行動であってもこのまま何もしないよりはマシなのかもしれない。特にこういった今まで体験したことのない状況に置かれている場合は考えても良い案が出ないことは多い。外には魔王、中は迷路。しかも残された時間がない中でじっと立ち止まって考え事をすることは3人にとっては非常に難しいことだったのだ。であれば、必死に出口を探して走り回っている方がまだいい………………3人はそんな風に結論を出していた。


「まずはあそこへ向かいましょう」


遠くに見えた部屋を指差してイヤーシィはそう言った。


「ああ」


「かしこまりました」


彼女の意見に同調する2人。そして、身体に力を入れて再び動き出そうと足を目の前に出した時だった。


「久しぶりじゃな。大臣、兄上………………そして母上よ」


その声は静かな空間に突然響き渡った。と同時に3人から数メートル離れた先の空間に突如、魔族の女が現れた。まるで今まで見えていなかっただけでそこに初めから存在していたかのようにごく自然にである。


「っ!?あ、あなた様は!?」


「お、お前もしかして……………」


大臣とアドムがひどく狼狽える中、イヤーシィだけはどこか冷たい表情で女の魔族を見つめて、こう言った。


「イヴ……………やはり生きていたのね」


それは決して感動と呼べるものではなく、険悪で冷たくて苦しくなるほど負の感情が漂う親子の再会だった。

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