第283話 ギムラ

「ん?騒がしいな。一体何なんだ?」


アドム・クリプト王は忙しなく動き回る兵士達を見て、眉を顰める。最近は考え事が多くて非常にピリピリしていた為、ちょっとしたことが癪に障る彼はただ黙って、その様子を見過ごすことができなかったのだ。すると、それを見た大臣はすかさず近くにいた兵士を呼び止めて事情を聞いた。


「…………何っ!?それは誠か!?」


「はい。入門審査を担当している者に聞いたので間違いはないかと」


「ちょっと!コソコソと話していないで私達にも聞かせてちょうだい!」


突然、アドムのそばから聞こえた声は彼の母であるイヤーシィのものだった。彼女は何をそんなに焦っているのか、わたわたとしながら大臣を縋るような目で見つめていた。


「落ち着いて下され。そう焦らずともすぐにお伝え致します」


「そ、そう。なら、いいわ」


「母上、どうしたのです?今日はいつにもまして情緒が不安定ですが」


「何か嫌な胸騒ぎがするのよ…………………私達のこの平和な日々が突然、何かに壊されてしまうような………………そんな気がするの」


「それは本当ですか?母上の嫌な予感はやけに当たるから怖いんだが」


「イヤーシィ様、アドム様、ご安心下さい。御二方のご心配は杞憂にございます」


「へ?そ、それは本当なの?」


「ん?どういうことだ?」


「実は長い間、消息を絶たれていたあの御方が先程とうとうギムラにお帰りになられたとのことです」


「あの御方?」


「それは一体誰なんだ?」


「御二方の大切なもう1人のご家族であらせられる…………………イヴ様にございます」








――――――――――――――――――








「っ!?今、軽く背筋がゾクっとしたんじゃが」


「ん?今頃、城でがお前について話し合っているんじゃないか?」


「そうかのぅ?」


「少なくともお前がこの国にいることは耳に入っているはずだ。お前の正体が分かった時のあの入門審査官の慌てようと急いでどこかに行く様子を見たら、その後の展開が容易に想像つくしな」


「えっ!?師匠!それはつまり、僕達の潜入がバレているってことですか!?」


「ちょっと馬鹿シャウ!アンタ、少しは静かに話せないの?」


「ふぇ〜す、すみませんローズさん〜!」


「シャウに関してはウチもお手上げアルね」


「駄目だこりゃ」


ローズに叱られたシャウロフスキーを見ながら、諦めた表情をするバイラとアゲハ。現在、シンヤ達はギムラにある冒険者ギルドにおり、道中で狩った魔物の中で討伐依頼が出ているものを中心に買い取りをしてもらっていた。


「おい、あれ」


「ああ、間違いねぇ。奴ら、人族領にいたはずだが、こんなとこまで一体何の用なんだ?」


「すげぇ、本物だ。初めて見た」


「それよりも奴らから出てくる魔物がやばすぎる。ドラゴンゾンビにボーンキング、キメラナイト、マンティコア………………どれも討伐依頼でいったらSランク以上だぞ………………って、"暗黒王竜ブラック・キングドラゴン"!?あの幽閉山の主まで出てくるって一体どうなってやがんだ!?」


「まぁ、奴らのランクでいえば当然だろうな。見てみろ。奴ら、一切の隙がねぇ。逆になさすぎて、じっと見ていると隙だらけにも見えてくる程だ。まぁ、とにかく噂は本当だったってことだな」


「いいや!俺は信じねぇぞ!聞けば、幹部に魔族はたった1人。リーダーに至っては種族の中で最も弱い人族だっていうじゃねぇか!たかだか魔族でもねぇ奴らがあの邪神を倒せるとは到底思えねぇ」


「お前の気持ちは分かったけどよ……………だから、何だってんだよ」


「つまり、許せねぇってことだ!今から、奴らに俺達魔族の強さを分からせてくるぜ!」


「頼むからやめてくれ。お前1人のせいで魔族全体の品格が下がっちまう」


「はぁ?まさかとは思うがあんな奴らに俺が負けるとでも思っているのか?」


「さっきチラッと見えたんだが、あそこにいる"黒締"のギルドカードは見たこともない色をしていた。おそらく、あれが世界初といわれるEXランクの証なんだろう」


「だから、何だよ」


「はぁ……………お前は何も分かってねぇのな。つまり、ランクや強さに関しての噂は本当であそこにはSSランク以上の奴らしかいないってことだ………………なんかよく分からん奴が2人程混じっているが」


「ふんっ。そんなことぐらい知ってるわ!どれも記事や魔道具で見た顔ばかりだしな。だが、それでも俺は信じられねぇのよ。魔族でもねぇのに世界を救っただと?寝言は寝て言え」


「確かに純粋な種族ごとの強さでいくと魔族はトップだ。だが、その前に魔族は基本的に自分を最優先にする。強さ云々の前に誰かの為に何かをすることなんて少ないだろ。ましてや世界を救うなんて俺達魔族が考えたと思うか?」


「うるせぇ!正論はいいんだよ!とにかく、俺は納得がいかねぇ!止めるなよ?」


「あ〜あ、こりゃ知らねぇぞ………………瞬殺されたな」


「おいおい、それはもちろんあいつらのことだよな?」


「どれだけ幸せな脳みそしてるんだよ。まぁ、俺はお前がどうなろうと知ったことではないがな…………………なんせ魔族は自分が最優先だ」








――――――――――――――――――







「あ、アドム様っ!た、大変です!」


王の間の扉を勢いよく開き、1人の兵士が駆け込んでくる。あまりに突然のことに中にいたアドム、イヤーシィ、大臣の3人は驚き、その他の貴族達は鋭い目を兵士へと注いだ。


「無礼者!王の間にノックもしないで駆け込んでくるとは何事だ!」


「教育係はどこにいる!」


「全く、これだから平民は…………」


それぞれが思い思いに発言する中、兵士はそれにも構っていられないほど焦っているのか、汗をダラダラと流しながらアドムへ向けて言葉を発する。


「緊急事態につき、無礼をお許し下さい。取り急ぎお伝えしなければならないことがございます」


「一体どうしたというんだ、そんなに焦って」


「もしかして、伝えなければならないことって"イヴ"のこと?それならば、1時間以上前に既に聞いているわよ?」


「イヤーシィ様、全くその通りでございます。全く、いきなりやって来たから何かと思えば……………」


兵士の言葉にアドム、イヤーシィ、大臣はそれぞれ反応を返す。すると兵士は何の話をしているのか分からなかったのか、不思議そうな顔をしつつ、一旦冷静になろうと深呼吸をしてから、再び口を開いた。


「お伝えしたいことというのは他でもありません」


その場の皆が見守る中、兵士は確実に伝わるようにゆっくりとかつしっかりと言葉を紡いでいった。




「たった今、魔王が………………ここギムラにやって来ました」

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