第282話 魔剣

「着いたな」


「はぁ、はぁ、はぁ…………はい」


「ここがそうか」


シンヤの呟きにシャウロフスキーとネームが反応を返す。現在、シンヤ達は幽閉山の頂上にいた。あの後、入り口から寄り道をすることなく、出てきた魔物をひたすら倒しながら、走り続けたシンヤ達は約2時間程で頂上へと辿り着いていた。とはいってもシャウロフスキーに合わせた速度で進んでいた為、シンヤ達にとってはかなりゆっくりになってしまったのだが、その分の見返りはちゃんとあった為、全くの無駄という訳ではなかった。


「ち、ちょっとは休ませて下さいよ…………」


「何を言ってる。お前、"魔王"を倒すとか勝手に抜かしたんだろ?だったら、このぐらいは乗り越えなきゃな」


「それにしたって滅茶苦茶ですよ!常に全速力で走らされ、さらに疲れたら魔法で強制回復されて、また全速力。本来、山なんてゆっくりと時間をかけて登るもんです。マラソンだって普通はしないのにましてや全速力なんて……………そんなことを繰り返してたら、身体が壊れてしまいます」


「どこからどう見たって壊れてないぞ。それにそれだけ話せるなら大丈夫だ」


「それは皆さんが常に回復してくれているからですよ!なんか途中から面白がって、必要ないのに回復してくれていることもありましたが」


「それだけ俺達はお前に比べると余裕があるってことだ。これに懲りたら文句を言わず、ちゃんと精進するんだな」


「はぁ、分かりました。どうせ、僕はこの中じゃ下の下ですよ………………でも、まさか巨人族であるヒュージさんまでもがあんなに余裕そうに走るとは思いませんでしたよ。あとリームさんも心なしか幽閉山に馴染んでいる気がしましたし」


「あのぐらいできなきゃ、この中ではやっていけやせんよ。お前さんもいずれこの域に到達する日がきやすよ」


「アタクシも魔族だから、やっぱり魔族領の土地は過ごしやすいのかしら〜」


「ひぇ〜なんかお二方とも凄いですね…………あっ、そういえば、ドルツさんの短剣捌きも見事でした。なんかのショーみたいで。あとローズさんは何故、杖で魔物を殴ってたんですか?」


「暇な時は短剣を弄ってるからな。そりゃ上手くもなるわな」


「え?杖って殴る武器でしょ?」


「やばい。この人達、凄いんだけど、やっぱりどこかおかしい」


「シャウ、そろそろ現実逃避は終わりだ。この先に進めば魔剣が眠る祭壇がある」


「は、はいっ!!」


シンヤの一言によって気を引き締め直したシャウロフスキーは再び動き出したシンヤ達に置いていかれないよう、踏み出した足にぐっと力を込めた。












「っと、ここが祭壇か」


魔剣を目指して進むシンヤ達の目の前に突然、祭壇のようなものが現れたことで彼らは思わず立ち止まった。見れば数10段の階段が続き、その先には何か文字のようなものが刻まれた大きな石造りの台座がある。その傍らには魔物の骨のようなものが散乱し、左右に仄暗い炎を灯した篝火が立ててあった。そして、台座にはちょうど剣のようなものが刺さる窪みがあり、そこに肝心の魔剣が………………


「ないな」


「え〜〜〜〜〜!?ぼ、僕の魔剣が〜〜〜!?」


「うるさい。まだお前のじゃないだろ」


「妙だな」


騒ぎ立てるシャウロフスキーを尻目に1人考え込むネーム。一方のシンヤ達はこうなった理由におおよその見当が付いている為、特に騒いだり考え込んだりはしなかった。


「ティア、サラ………………やっぱりアレだよな?」


「ですね。そうとしか考えられません」


「まぁ、でも致し方ないですわ。この世は何でもですもの」


さりげなく3人で意味深な会話が繰り広げられているのを聞き逃さなかったシャウロフスキーは騒ぐのを止め、思い切って質問した。


「師匠!アレって何ですか?どうして僕の魔剣がないんですか?」


「……………刺さっているはずのものがない。となれば、答えは1つだ」


「ど、どういうことですか?」


「誰かが既に引き抜いてしまったってことだ」


「っ!?そ、そんなっ!?どうして!?魔剣は僕が手に入れるはずだったのに!」


「はぁ…………お前は常にギャアギャアうるさいな。少しは落ち着いていられないのか」


「で、でもっ!だって!」


「忘れたのか?俺達よりも前にここを目指していた者がいたことを」


「………………あっ!幽閉山の入り口で出会った少女の両親!」


「そうだ。ここに来るまでに彼らには出会っていない。であれば、既に祭壇へと辿り着いていてもおかしくはないんだ。そして、俺達以外の奇妙な気配が……………あそこにある」


シンヤが指を差した先。それは祭壇の傍らに散らばる骨のすぐそばだった。しかし、どこからどう見ても人や魔物がいる訳でもなく、ましてや何かの生命反応などを確認できる訳でもない。ぱっと見は何もない空間であった。


「"次元斬り"」


ところが、シンヤはそこに向かって刀を抜刀し斬りつけた。すると何もなかったはずの空間に裂け目が生じ、10秒も経たない内にそこから何者かが転がり落ちてきた。


「え〜〜〜!?」


「ど、どういうことだ!?」


シャウロフスキーとネームが驚く中、たった今落ちてきた人物は痛みに呻きながら立ち上がった。


「ぐっ…………なかなか手荒なことをする」


「でも、おかげで助かったわ」


それは2人組みの魔族の男女だった。しかもどことなく入り口で出会った少女に似ている。2人は酷く衰弱している様子で顔には疲れが表れ、傍から見ても心身共に疲弊していることが分かった。


「お前達には聞きたいことがある………………"神浄ゴッド・ヒール"」


「こ、これはっ!?」


「身体や心の疲れがなくなっていくわ!」


「これで少しはまともな会話ができそうだな」


「あ、ありがとう見知らぬ御仁よ!まさか、あの空間から解放してくれるだけでなく、こんなことまでしてくれるとは」


「本当にありがとう!」


「礼はいいから、まずは俺の質問に答えろ。お前達はここにあった魔剣を求めてやってきたんだな?」


「ああ、そうだ」


「事情があってね」


「ではもう既に引き抜いてしまったということか?にしてはどこにも見当たらないが」


「いいや。実は俺達が来た時には既に魔剣はここにはなかったんだ。どうやら誰かに先を越されていたらしい」


「それで途方に暮れてしまって……………そんな時、たまたま魔剣が刺さっていた窪みに手を触れたら、謎の空間に閉じ込められてしまったのよ」


「なるほど」


「そ、そんなぁ〜〜」


シャウロフスキーが落胆する中、話を聞いたシンヤ達は考え込んでいた。


「一体誰が……………」


誰からともなく発せられた小さな呟きはしかし、突然吹いた風によって掻き消され、どこへともなく飛んでいってしまったのだった。








――――――――――――――――――







「足りない……………」


月が淡く辺りを照らす頃。とある街の中心に1人の魔族が立っていた。頭に計4本の角が生えており、両目は紅く、妖しげに笑う口元には鋭い歯が覗いている。蒼く伸びた長髪を風に靡かせ、真紅に染まったコートのような衣装を纏った彼女は月光によって非常に映えており、今いる場所がでなければ多くの者達の視線を釘付けにしていたことだろう。


「まだ足りないわ…………」


彼女は同じ言葉を繰り返し呟くとゆったりとした足取りで街を後にする。その手には黒く禍々しい魔力を放つ剣が握られていたのだった。

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