第277話 お土産

「す、すみません!」


「おい、ガキ!謝れば済むってもんじゃねぇぞ!」


魔族領にある街の1つ、"ラクゾ"。現在、ここは真っ昼間なこともあってか、多くの魔族達で賑わっていた。そんな中、突如聞こえた怒声に多くの者達が足を止めて、声の発生源へと目を向ける。するとそこには10歳ぐらいの幼い魔族の少年が大きな身体をした魔族の男に向かって頭を下げているところだった。そこからは事態が良くない方向へと進んでいることがはっきりと分かり、誰もが少年の行く末を哀れんだ。しかし、だからといって、少年を助けに向かう者などは誰1人としていない。魔族は基本的に自分にしか興味がなく、仲間でもない者を気にかける程の余裕と優しさを持ち合わせてはいないのが常だった。だからこそ、周りで見ているだけの傍観者を責めることなど出来はしない。これが魔族領での常識なのであった。


「すみませんでした!わざとじゃないんです!僕の不注意でおじさんにぶつかってしまいました!」


「"おじさん"だぁ?俺はまだ26歳だ!それに不注意かどうかなんて関係ねぇんだよ!俺を誰だと思ってる。聞いて驚け。俺はあの"魔牛バイソン・ホーフ"の一員だぞ!!」


「ええっ!?"魔牛バイソン・ホーフ"って、あの!?」


「ああ、そうだ!分かったか?俺を敵に回すとどうなるか?まぁ、お前みたいなちんちくりんはクランが動かんでも俺1人で十分だがな」


「「「ギャハハハッ違ぇねぇ」」」


男の取り巻きの馬鹿笑いが辺りに響き渡る中、少年の顔はどんどんと青ざめていった。少年は魔族であり、幼いながらも戦う力を多少は有していた。それこそ他の種族であれば、小手先の技を使って出し抜き、なんとか逃げ出すことも出来たかもしれないぐらいにはだ。ところが、今回は単純に相手が悪かった。取り巻きを含めた男達も皆、同じ魔族だったのだ。というよりも魔族領に暮らす者のほとんどが魔族であり、たまに来る他種族の冒険者などはごく僅かしかいない。これによって自然とやり取りをする相手が魔族ばかりになってしまうのは致し方のないことだった。つまり、何が言いたいかというと絡んでくるのも高確率で自己顕示欲の強い威張り散らした魔族であり、条件が同じであれば、後は経験値が物を言うことは自明の理ということだった。さらに付け加えて言えば、魔族の特性上、周りからの助けもおそらく期待はできないだろう。


「さてと…………一体こいつをどうしてやろうか」


「「「腕が鳴るぜ!!!」」」


「ううっ……………そんな……………」


まさに八方塞がりのこの状況は少年にとって地獄以外の何物でもなく、この後に待ち受けている未来を想像してか、少年は身体を小刻みに震わせ始めたのだった。












「ん?」


「どうしたんだ、シンヤ?」


「なぁ、ネーム。確か、この"ラクゾ"って街でしか手に入らない物があるんだよな?」


「ああ。食べ物から魔道具、それに装飾品など種類は様々あるが…………そういえば全てを取り揃えている店が一軒だけあるな」


「だよな。だが、これは……………おかしいな」


「シンヤさん?」


「ティア、この地図を見てくれ。ここには街の様々な施設が載っているんだが、それによるとネームの言っていた土産物屋がこの辺なんだ」


「……………はい。確かにそう書かれていますね」


「そうだ。確かに書かれている。しかし、そんな店は見当たらない。まるで神隠しにでもあったかのようにな」


「ん〜それはおかしいな。確か、私が以前訪れた時はちゃんと営業していたはずなんだが………………ん?ちょっと待て。あの人だかりは何だ?」


ネームが指差す先、そこは何かを見物でもしているのか多くの野次馬達が集まって人垣を作っていた。そこは人の往来が激しい場所であり、様々な店が軒を連ねている。その為、店主達はとても迷惑そうな顔をしており、道行く者も同様に人垣を迷惑そうな顔をしながら避けていた。


「乱闘かなんかを面白がって見ているんじゃないか?」


「そうなのかな………………って、ああ〜っ!!あった!あったよ!」


「ん?」


「シンヤが求めている土産物を売っているお店さ!ちょうどあの人垣の向こうに!」


「そうか。見つけてくれて、ありがとな」


「ふふっ。良かった」


「……………ってことはあの人垣を越えていかなきゃならんってことか。まぁ、それじゃあ仕方ないか」


「だよね。わざわざあの中に突っ込んでいく訳にもいかないから、今回は諦めるとして、また時間がある時にでも………………」


「は?何言ってんだ?今から行くに決まってんだろ」


「ええっ!?で、でもなんか嫌な予感がするんだけど。絶対にトラブルになるでしょ。だったら、また今度にでも」


「そんな時間はない。忘れたのか?俺達の目的を」


「そ、それはそうだけど……………」


「どうせしょうもないことでも起きてんだろ。何でその為に買いたい物をわざわざ我慢しなければならない」


「ええ〜っ…………じゃあお土産自体を諦めればいいんじゃ」


「それじゃあ、来られなかった奴らが可哀想だろ」


「…………シンヤって仲間想いなんだか、自分勝手なんだか分からなくなってきた」


「ネーム、深く考えるのはよせ。シンヤとはこういう奴なんじゃ」


「まぁ、イヴ様がそう仰るのなら」


「よし、行くぞ」


シンヤの一声で動き出した一行。15名もの多種族の集団がわざわざ人垣へと突っ込んでいく光景は非常に珍しく、明らかに目立っていたのだがシンヤ達はそんなことを一切気にすることなく、人垣を無理矢理こじ開けていった。


「っ!?痛てぇな。なんなん……………」


「悪い。どいてくれるか?」


「っ!?あ、ああっ!こっちこそ、道の邪魔をして悪かった」


結果、多くの者がシンヤ達を視界に入れた瞬間、顔を引き攣らせ、冷や汗を大量にかきながら道を開けるという謎の現象が起きた。ネームはそれを不思議に思ったが横を通る際に道を開けてくれた者達が小声で何か言っているのが聞こえ、おそらくシンヤ達の仕業だろうと思い、特に気にしないことにしたのだった。










「おい、ガキ。お前は一体どんな仕置きが……………」


「おい、そこをどけ。邪魔だ」


「あん?」


魔族の男は突然かけられた声に反応して、横を向いた。するとそこには多種族を引き連れた黒髪の青年、シンヤが興味のなさそうな視線を魔族の男に向けて立っていた。これに対し魔族の男は嘲笑を浮かべながら、シンヤへこう言い放った。


「はっ!俺様に向かって強気な態度で来たから、どんな奴かと思えば………………ひ弱な人族がこんなとこまではるばる何しに来た?」


「お前が邪魔でそこの土産物屋へ行けないだろ。さっさとどけ」


「てめぇ……………俺様の質問を無視して進めるとはいい度胸だ。ふんっ。この辺りじゃ見かけない顔だが……………おっ、服にクランマークがあるな。お前、もしかして冒険者か?」


「そういうお前はただのチンピラか?」


「ふんっ!聞いて驚け!俺様はここらじゃ有名なクラン、"魔牛バイソン・ホーフ"のザウイ様だ!」


「"魔牛の糞"?知らねぇよ、そんなの」


「ぷぷっ」


シンヤの物言いに近くにいた少年は咄嗟に笑ってしまった。するとそれに腹を立てたのか、魔族の男の額に青筋が立つ。そして、それを見た少年はハッと我に返り、慌てて口元を手で隠したが時既に遅し。魔族の男は物凄い形相で少年を睨み付けていた。そうして魔族の男はそのまま少年へと迫る…………かと思いきや、突然標的をシンヤへと変え、臨戦態勢を取った。


「てめぇ……………覚悟はできているんだろうな?」


「いいから、そこをどけ」


「…………我慢の限界だ。久々だな。俺達を前にして、こんな態度できた奴は……………おい、お前ら!やっちまうぞ!」


「「「おぅ!!!」」」


号令をかけると魔族の男は取り巻きと共に動き出した。それとほぼ同時にヒュージやリーゼも動き出そうとしたがシンヤが手で制した為、彼らは結果的にその場で踏み留まる形となった。


「死ねぇ〜!非力な人族が!」


「「「魔族の恐ろしさを思い知らせてやる!!!」」」


各々が叫びながら愛用する武器をシンヤ目掛けて振り下ろす。周りの視線など一切気にすることなく、それはただただプライドを傷つけられたという理由からの行為だった。その顔は勝利を確信しており、数秒後のシンヤの姿を想像して満足そうに笑っていた。


「ハハッ〜〜!どうだ!思い知っ……………た…………か。あ………………れ。おかしい……………な」


「「「ザウイ様〜〜!………………ぐばあっ!?」」」


ところが、男達の望む結末はやってこなかった。何故なら、男達の武器がシンヤに到達する前に既に勝負はついていたからだ。視認できない程の速さで繰り出された刀の一撃によって、男の首が宙を舞い、そこから少し遅れて取り巻き達も同じ運命を辿ったのである。彼らにとっては何が起きたのか理解できないまま絶命した形となったことだろう。


「……………他に仲間もいないな?」


「そうですね。にしても何だったのでしょうか?」


「さぁな。ま、とりあえずこれで土産が手に入るからいいだろ」


その後、呆気に取られたままの周囲を放って、シンヤ達はお土産物屋へと向かった。


「あんちゃん、人族なのに強いんだな」


店に着くと店主が驚いた表情でシンヤへ向かって言った。この時もまだ周囲は呆然としており、いきなり登場した人族の青年への興味から店主とシンヤの会話に聞き耳を立てていた。


「種族で判断しているから足元を掬われる。それだけだ。ちなみにお前もだぞ、店主。俺達の足元を見て、ふっかけるなよ?」


「し、しねぇよ!さっきの見せられちゃな!」


その後、周囲はシンヤ達の動向を気にしつつも普段通りの日常へと戻っていった…………がしかし、結果的に魔族の男の魔の手から逃れられた少年だけはただただシンヤを見つめて、その場を動かなった。

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