第276話 魔族領

「ここから先が魔族領か」


「ああ。みんな、心して進んでくれ。前にも言った通り、魔族領は危険な魔物が徘徊していることが多いし、各地の天候もめまぐるしく変わるんだ」


俺の呟きに対して、注意を促してくるネーム。この前立ち寄ったドラゴーラではティア達がワイワイと楽しく過ごしている傍ら、1人陰に隠れて大人しくしていたネーム。どうやら人見知りが酷いらしく、知らない者達に囲まれたり、話しかけられたりすると途端にアワアワと慌て出して、結果何も話せなくなったりするらしい。だが、今は既にドラゴーラを離れ、この場にいるのは俺達だけである。だから、だろう。これほど張り切って先陣を切ろうとしているのは……………


「やっとお前のホームだな」


「ん?それはどういう意味だ?」


「いや、何でもない。で?とにかく、この先は気を付けて進めばいいのか?」


「ああ。くれぐれも命を最優先に行動してくれ!私はよく知らないんだが、シンヤ達は相当な腕前の冒険者だと人族領で聞いた。しかし、それがこの先通用するとは思わないことだ。今まで人族領では凄腕だとされていた冒険者達が数々、興味本位で魔族領を訪れて、帰らぬ者となっている。これで分かったか?魔族領がそれほど危険で甘くない場所だということが!!だからみんな、私から離れずにしっかりとついて来てくれ!!」








――――――――――――――――――







「"黒竜斬"…………っと、こんなもんか」


「はい。私達もちょうど終わったところです」


「これらが魔族領の魔物ですのね。何だか拍子抜けですわ」


「むしろ、絶望の森の魔物の方が強いんじゃねぇか?」


「ここの魔物がそんなに弱いはずはないんだがのぅ。まぁ、妾達にとってはこんなもんじゃな」


「良かった。リスクに対して溜まったストレスをぶつける相手がいて」


「ラミュラ、それは八つ当たりっていうんだぞ」


「にしても骨がない連中だったわね。もうちょっと気合いいれなさいよ」


「こ、これはっ!?……………一体何が起きているんだ…………」


ネームの呆然とした呟きをよそに口々に感想を言い合う俺達。その足元には無数の魔物の屍が転がっていた。魔族領に入った瞬間、周りを大勢の魔物に囲まれるという洗礼を浴びた俺達。周囲に街や人はなく、草木が枯れ正に不毛の大地といった場所を進んでいった訳だが、それでも魔物はやはりおり、そのほとんどがアンデッドやゾンビ系であった。雰囲気もどんよりとしたものが漂っており、空には常に暗雲と稲光りが発生している状況。常人であったなら、まず間違いなく気が狂い、魔族領を飛び出していることだろう。そんな状況下の中、俺達はというといつもと変わらぬペースを貫いているのだった。


「ネーム?どうしたんですか?」


呆然と立っているだけのネームを不思議に思ったティアが訊く。


「い、いやっ、だって!シンヤ達がここに来るまでにもの凄い勢いで魔物を倒していくもんだから、びっくりしているんだよ!」


「………?あなたは私達の実力を人族領で聞いたと言っていたじゃないですか」


「ああ。でも、まさかこんなに強いだなんて思わなかったんだ」


「どういうことですか?私達が倒したのは冒険者適正ランクでいえば、Sランク程度ですよ?私達のランクで倒せない訳ないじゃないですか」


「そのランクっていうのがそもそもよく分からないんだ。ちなみにシンヤ達はどのくらいなんだ?」


「うちは幹部以上が皆、最高ランクです。それから、幹部候補生はSSランクで今、倒した魔物より1つ上のランクといえば分かりやすいでしょうか」


「へ〜………ってことはここには最低でもSSランクのメンバーしかいないってことなのか。確か、彼らは"十長"とか呼ばれている幹部候補生達だったよな?」


「そうですね。というより、それは知っていてどうして冒険者ランクについては知らないのでしょうか?」


「他の領ではともかく魔族領では冒険者という職業に就いている者以外は冒険者についてよく知らないんだ。以前も説明した通り、魔族は先天的に武技・魔法共に優れていて、元から強い者が多い。それに加えて基本的に自分のことが大好きで他人に興味がなく、周りがどうこうと気にかけることが少ないんだ。だから、冒険者自体にあまり関心がない。それでも稀に冒険者になりたいという魔族はいる。だから、一応冒険者ギルドは各地に存在しているんだ」


「なるほど。だから、あまりピンときていなかったんですね」


「ああ。私は冒険者ではないからな」


「そういえば、ネームはどうして魔族領から人族領に来れたんですの?こうして見る限り、そこまで強い訳ではなさそうですわよ?」


サラが会話に混ざって、かねてよりの疑問をネームにぶつける。それに対して、少し得意気になったネームはドヤ顔でこう言った。


「ふふんっ!私には一際珍しい固有スキルがあってな。それを使って上手くこの険しい領を抜けてきたんだ」


「珍しい固有スキル?」


「それは"消透"っていうスキルで姿形が透明になり、気配まで消せるんだ。私はそこまで戦闘に自信がある方ではない。最低限の力は有していても屈強な魔物達を次々と相手できる訳ではないからな。だからこそ、このスキルが役に立つんだ……………まぁ、流石にこのレベルの魔物が襲ってくることはそうそうないが」


「じゃあ、今の状況は不味いんじゃありませんの?そのスキル、使ってませんし」


「へ?」


その直後だった。ネームの足元の地面に徐々に亀裂が走り、そこから骸骨が姿を現したのは。


「っ!?ボ、ボーンキング!?」


驚いてへたり込むネーム。先程とは打って変わって、顔が青ざめ、恐怖に支配されていた。そこに無慈悲にも振り下ろされる骸骨の長剣。


「ひっ!?」


これから襲いくるであろう痛みを想像したのか目を固く瞑るネーム。きっとタダでは済まないと確信しており、その表情はとても険しかった。


「………………ん?あれ?」


しかし、そのまま痛みが訪れることはなく、それを不思議に思ったネームが恐る恐る目を開けるとそこには鎌を振り下ろした状態のイヴがネームを守るように立っていた。


「全く……………詰めが甘いところは相変わらずじゃのぅ」


「イ、イヴ様!?」


「なるほど。"私から離れずにしっかりとついて来てくれ!!"って、そういうことか。何かあったら、守ってもらえるように」


俺が揶揄うように言うとネームは顔を真っ赤にさせて、


「ち、違う!そういうことじゃないんだ〜!!」


何度も俺達に訴えかけ、それは初めての街を見つけるまで続いたのだった。

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