第275話 アニキ

「数々の無礼、大変申し訳ございませんでした!!」


それはラミュラの婚約者との決闘を終えたその日の夜のことだった。ラミュラとモールの帰還祝い、それから俺達の歓迎会を兼ねて開かれた宴が終盤に差し掛かろうかという時、俺は突然そう声を掛けられたのだ。声の主を見てみるとどうやら件の婚約者の男のようだった。男はまるで憑き物が取れたかのように晴れやかな表情をしており、どこか誠意すら感じられる。加えて敬語と共に深く頭を下げられたことから、数時間前とは打って変わった男の様子に俺は驚きを禁じ得ず、思わず気になって訊いてみた。


「お前……………一体どういうつもりだ?」


「えっ!?どういうつもりって、どういうことですか?」


「何を驚いた顔をしているんだ。明らかに様子が変だろ。つい数時間前まで俺に対して、そんな態度をしていなかったはずだ。あと何故か敬語にもなっているしな」


「…………ああ〜っ、何だ。そんなことですか」


「そんなこと?」


「やだな〜。あれは世間のことを何も知らなかった数時間前の俺ですよ」


「は?」


「いや〜、本当にあの時の俺はただの世間知らずの子供でしたね。今思えば何て狭い価値観、それから狭い世界で生きていたのか。いや〜お恥ずかしい限りです」


「……………」


「ですがね、俺はアニキと戦ったことで分かったんですよ!世界は広いってね!こんな狭くて小さな里の中なんかじゃ、到底見れない景色が外には広がっているってね!」


「……………アニキ?」


「アニキのあの斬撃を受けた瞬間、身体中をとてつもない衝撃が駆け抜けたんです!いや〜本当にありがとうございます!俺はアニキと出会えたことで大きく変わりました!それから、失礼な態度を取って、本当にすみませんでした!」


「いや、所々気になる箇所があって話があんま入ってこないからな?」


「流石はアニキ!俺の稚拙な言葉を全て理解した上でもう疑問点を洗い出したんですか!?流石は気付きの鬼!全く、この人には敵わねぇ〜な」


「勝手に納得して自己完結するな。大体、"アニキ"って何だ?」


「何を言っているんですか!俺を大きく変えてくれた存在!そんなのアニキとしか呼べないじゃないですか!よっ、世界のアニキ!」


「あまり大声で叫ぶな。みっともないだろ」


「アニキ…………こんなどうしようもない俺の為にそこまで……………まさか、大声じゃなくても聞こえる距離で話せだなんて」


「ダメだ、こいつ」


「ぐわっはっはっは。楽しそうにやっているな」


「お前の目は節穴か。これのどこが楽しそうなんだ」


「あっ、里長!さっきぶりです!」


「おおっ!目を覚ましたか。どうだ?どこかまだ痛むところはないか?」


「そんなのある訳ないじゃないですか!なんせ、アニキの一撃ですよ?ちゃんと俺の身体のことを考えて、軽傷で済むようにしてくれてますから!」


「いや?あれは適当に放った一撃だぞ?それでも相当抑えはしたが、お前のことなんて1ミリも考えてはいない」


「へっ?じゃあ、なんで威力を抑えたんですか?」


「他の者や住居に被害が出るからだ。それらに罪はないからな」


「流石はアニキ!心が広い!……………あれ?でも、そうなるとおかしいな。アニキは俺の身体を気遣った訳じゃないんですよね?じゃあ、何故俺はこうしてピンピンしているんですか?」


「あれじゃないか?そのうざったい程のポジティブさで痛みも感じないんじゃないか?あとついでに俺がお前に抱く嫌悪感もな」


「そうなんですか!?それは凄いですね!……………あれ?何か今、サラッととんでもないこと言いませんでした?」


「はぁ。何なんだ、こいつは」


「ぐわっはっはっは。愉快愉快!!」


「里長!何がそんなにおかしいんですか!」


「教えて欲しいか?だが、その前に……………"狭くて小さな里なんか"で悪かったな」


「ひえ〜!?き、聞いてたんですか!?ち、違うんです!それはつい口から…………」


「は?お前、まさかそれだけ反省の弁を述べておいて俺に出まかせを言ったんじゃないだろうな?」


「ア、アニキ!?い、いえ!?そんな滅相もない!そんな嘘なんて………」


「ん?つまり、本当のことだと?」


「ちょっ!?2人共、勘弁して下さいよ!」


「ふっ」


「ぐわっはっはっは。冗談だ」


「あっ、酷いですよ?俺のこと、からかってたんですね!」


こうして他愛のない話が繰り広げられながら、夜は更けていく。そして、一夜明けた次の日……………俺達は皆に惜しまれながらもドラゴーラを後にした。ちなみに余談だが、ラミュラの元婚約者リスクは最後の最後まで俺達の旅に同行しようとちゃっかり荷物まで準備して頼み込んできたのだが、もちろん面倒臭い為拒否し続け、その後は絶対に追いついてこれない速度で車を発進させたのだった。

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