第271話 魔王

「魔王?そんなのが実在するのか?」


「ああ。とはいっても魔族領内にそれも500年に1度現れるかどうかといったものだが……………しかし、前回の出現からまだ357年しか経っていないのだ。その為、多くの魔族達が半信半疑ではあるのだが」


「今回のはイレギュラーだってことか?」


「ああ。本当に最近は色々なことが起きる。まるでこの世界にようだ」


「ちなみに何故、魔王の復活が分かったんだ?」


「確認した者がいたからだ。その者曰く、"巨大な魔力を察知して駆けつけてみるとそこには禍々しい魔力を纏った者が妖しく微笑んでいた。その足元には多くの屍があった"そうだ」


「なるほど。だが、そう悲観することはないんじゃないか?昔、俺の読んでいた本に出てきた魔王は魔族達を従えて強力な軍を結成するだけの存在だ。仲間である魔族を襲ったりはしないんだろ?」


「何を読んで得た知識かは分からないが半分、正解で半分は不正解だ」


「?」


「残された文献によると魔王の性格や目的はその時代ごとで異なっているんだ。もちろん、シンヤの言ったような魔族達をまとめ上げて軍を結成する武闘派な魔王もいる。しかし、かと思えば、仲間だけでなく他種族に対しても温厚で基本は平和主義な魔王がいたり、非常に怠け癖があり1日中寝ているだけの魔王、魔道具弄りが好きで勉強熱心な魔王など様々なタイプがこれまでに確認されている。そんな中、最も危険視された魔王が857年前に確認されたんだ。その魔王は史上類を見ない程、好戦的……………というよりも快楽殺人者に近い存在だったんだ」


「……………」


「その魔王はとにかく視界に入った者を次から次へと屠って回った。被害者にはあらゆる種族がいて、当然その中には同じ魔族も入っていたんだ。そして、ことが終わると決まってその魔王は返り血を見ながら嗤っていたらしい」


「……………で、今回の魔王が」


「最後のタイプのようなんだ。だから、私達も暢気に過ごしている場合じゃないんだ。ましてや、仲間内で争っている場合じゃない」


「ちなみに多くの魔族達が半信半疑な中、お前が信じた理由は何だ?」


「それは……………」


「ああ、言いたくないなら別にいい。それと魔王の復活を信じているのは国内でお前だけか?」


「…………だと思う。アドム様達は"そんなのは迷信だ"と言って相手にしていないし、国民達は魔王のことよりも自分達のことで精一杯で気にする余裕もないんだ」


「なるほどな」


「だから、今回イヴ様をギムラへと連れ帰り、アドム様達と共に国を何とかしてもらおうと思って遠路はるばるやって来たんだ。どうやらイヴ様は有名なクランに所属しているらしく、だからこそこうして人伝に辿り着くことができ……………っ!?」


その瞬間、目の前からとてつもない殺気を感じたネームは思わず、後ろへと飛び下がりシンヤから距離を取った。そして、驚きと恐怖心からシンヤへの警戒を強めた。


「お前、何勝手なこと言ってんだ?」


「えっ!?い、いや、何のこと」


「惚けんな。今、お前の口から聞こえたぞ。"イヴを連れ帰り、国を何とかしてもらう"って」


「そ、それのどこが勝手だっていうんだ!」


「はぁ。所詮、お前もイヴの兄貴とかと一緒で貴族や王族の価値観で動いているってことか」


「な、何のことだ!」


「上から物言ってんじゃねぇよ。お前、何様のつもりだ?奴隷として売り払い、勝手に見捨てた奴らの為にイヴを返す?冗談じゃねぇ。イヴは俺達の大切な仲間であり、家族だ。お前らの都合の良いように利用すんな」


「そ、そんな……………都合の良いようになんて…………私はただ昔みたいにみんな仲良く…………そして、できれば国も…………」


「綺麗事を言うな。あいつらがイヴに何をしたのかお前も知っているはずだ。あいつらにはイヴに対する愛情なんて欠片もない。戻ったところで望む再会なんか出来やしないだろ」


「で、でもっ!それはシンヤの意見であってイヴ様の意見じゃない!」


「だ、そうだが?イヴ、お前はどうだ?」


「妾もシンヤと全く同じ意見じゃ。奴らに愛情など抱いてはおらんし、それは向こうも同じじゃろう。むしろ、この状況でどうして戻りたいなどと思おうか」


「そ、そんな……………」


「ネーム、お主は以前、妾の最も身近におった存在。であれば、妾の気持ちも痛いほど分かろうて。なのに何故、ノコノコとここまでやってきた?」


「そ、そんな言い方って…………だ、だって私はイヴ様の1番の理解者であり、最も信頼されてたお世話係だから…………」


「一体いつの話をしておる。悪いが妾の1番の理解者はシンヤであり、信頼しておるのは同じクランの仲間やこれまでに出会った数多くの者達だけじゃ。ギムラにそんな存在はおらん」


「えっ…………じゃあ私も……………?」


「悪いのぅ。何もかも遅すぎたようじゃ。代わりに今は幸せな毎日を送っておる。じゃが重ねて言うが妾にはあの国でいなくなって困るような仲間などは1人もおらん」


「うっ…………そ、そんな……………私は…………イヴ様を…………」


再び、ネームは泣き出した。とめどなく流れる涙。慕っていた者から下された一方的な拒絶という名の審判は彼女の心に深い傷跡を残した。


「う、うああああぁぁぁ…………」


たとえ遅いと分かっていても受け入れることなど到底出来はしなかった。やがて顔を抑えて蹲り嗚咽を漏らし始めた彼女。指の隙間からこぼれ落ちた涙の雫は高品質なカーペットの色を変えていく。その範囲が5cm四方にまで広がった頃、徐に立ち上がったシンヤはネームへと近付き、こう言った。


「お前の申し出を引き受けることはできない。だが、その代わりにこちらから1つ提案がある。聞いてみないか?」


「えっ……………」


「伸るか反るかはお前次第だ」


そこにはニヤリとした笑みを浮かべたシンヤが悠々とネームを見下ろしながら腕を組んで立っていた。







――――――――――――――――――







魔族領に存在するとある国、その入り口へと向かう1人の魔族がいた。頭には計4本の角が生えており、両目は紅く、妖しげに笑う口元には鋭い歯が覗いている。蒼く伸びた長髪を風に靡かせ、真紅に染まったコートのような衣装を翻したその魔族はゆったりとした足取りで歩みを進める。


「さて、次は一体どんな声が聴けるのかしら」


鈴を転がしたような美声を発したその魔族は抑えきれない興奮を表すかのように頬を赤くし身体をくねらせた。と次の瞬間、巨大な魔力が魔族から溢れ出し、それに気が付いた周りの者達が一斉に

携帯していた武器に手を掛け出した。ところが…………


「う、うわああああ」


「な、なんだこりゃあっ!?」


「た、助け………」


どこからともなく現れた巨大で真っ赤な手に呑み込まれてしまった。


「うふふふっ………あはっ、あははははっ!!」


後に残ったのは彼らの亡骸と甲高い声で嗤う魔族だけだった。

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