第256話 転生者

俺の名前はアーサー・ラゴン。転生者だ。今世ではラゴン家という由緒ある貴族の家に生まれ、今まで何不自由のない暮らしをしてきた。そんな俺だが、生まれた時から恵まれたステータスや環境を手に入れ、幼少の頃から戦闘訓練を重ねており、その実力が高ランク冒険者を凌駕するのにさほど時間は掛からなかった。そして、そんな強さを手に入れた俺は15歳になった瞬間、家を飛び出し世界を放浪し始めた。後になって分かったことだが周囲の者はひどく驚いたらしい。品行方正で礼儀正しく、常に冷静沈着な少年が突然、家出をするなど考えられないし何故、約束された将来のある成功者がそんな暴挙に出たのか甚だ理解し難い……………と。だが、そんなもの俺から言わせれば、ただの虚像に過ぎなかった。俺の外面は取り繕われたもので周囲に不信感や嫌悪感を与えない為にわざと愛想を良くしていたに過ぎない。腹の底では全員を見下し、蔑み、そして……………哀れんでいた。俺はこの世界に生まれ落ちたその瞬間から、とある目的を完遂する為だけに日々を送っていたのだ。その目的とは………………この世界の者達に圧倒的な絶望を与えることだ。







俺は以前、いた世界でイジメに遭っていた。原因は俺の"滑来こつらいはじめ"という名前のせいだった。あれは俺がまだ小学生だった時か。友人達と公園で遊んでいたところ、たまたま俺とぶつかった友人の1人が滑って転んでしまった。するとそれを見た周りの友人達が一斉に俺を罵倒し始めたのだ。友人曰く、"お前に触れたから、滑ったんだ。ちょうど名前に「滑」という字が入っているし、お前に触れると滑り菌が移り、滑って転んでしまうぞ"と。さらに間の悪いことにその時の俺は話しをする度に場の空気を白けさせ、俗に言う"滑っている"ことが多々あった。つまり2重の意味で"滑る"と判断された俺はそれからというもの、周りから嫌がらせを受けたり、露骨に無視をされ始めたのである。子供というのは無邪気であり、時に残酷だ。もしかしたら、本人達は遊び感覚のつもりなのかもしれないが被害者の方の気持ちはそんな生優しいものではない。俺はそのまま卒業するまで彼らからの正当な理由のない精神的な暴力を浴びせられ続けた。そして、それは中学生になってからも変わらなかった。中学校は住んでいる地区によって、どこに通うかが決まる。となると当然、同じ小学校出身の奴もいる訳でいくら環境が新しくなったとはいえ、安寧な学校生活を送れるかどうかは運次第だった。ちなみに結果は言わずもがなで俺はその賭けに負けた。入学式の直後、張り出されていたクラス表を覗き込んだ俺は愕然とした。同じクラスにあの悪魔達の名前があったからだ。とはいえ、流石にあんな子供じみた嫌がらせはもうないだろう………………そう自分に言い聞かせ、覚悟を決めて教室へと向かった俺を待っていたのはクラスメイト達からの侮蔑・嘲笑の眼差しだった。なんと悪魔達は俺よりも先に教室へ向かっており、俺の名前弄りに加えて身に覚えのない悪行の数々をでっち上げていたのだ。


「お、来た来た。お前、よくノコノコとやってこられたな。もうここではあんなことをするなよ?"スライディング"君」


俺にかけられた第一声がそれだった。何のことか一切見当の付かなかった俺は困った顔を周囲へと向けた。すると男子は呆れた顔、女子に至っては悲鳴を上げられてしまった。そこで俺の思考は一旦ストップし、その場で立ち尽くすことしかできなくなってしまった。さらにそこに追い討ちをかけるように入ってきたヒソヒソ話によって俺の心は完全に打ち砕かれてしまったのだ。


「小学生の時、女子にスライディングかましてスカートの中を覗こうとしたらしいぞ。あいつ、最低だな」


「っ!?」


すぐに悪魔達の仕業だと分かった。この時、俺が思い描いていた楽しい学校生活というものは音を立てて崩れ落ちていった。中学生になれば何かが変わると思った。別の小学校から来た新しい人達と友達になって、昼休みを楽しく過ごしたり、部活では好きなスポーツに打ち込んで青春を謳歌したり、できれば好きな人もできて両想いになれたら………………とか。だが、そんなものは幻想。絶対に実現することのない妄想の産物でしかなかった。人は生まれ落ちたその瞬間から、どんな人生を歩むか決まっているのだ。勝ち組は勝ち組の、負け組は負け組の道しか残されてはいない。それでいうと俺は当然、後者だった。一体、何を勘違いしていたのだろう。環境が変われば、はたまた歳を取れば、救われると本気で信じていたのか?俺みたいな奴でも楽しい毎日が送れると本気で思っていたのか?………………馬鹿馬鹿しい。俺はこういう人間でこれからも同じような人生を歩んでいくことしかできない。俺は愚かだった。期待などしてはいけないし、する必要すらない。俺は一生こうなのだ……………………入学式の日、そう悟った俺はそれから虚無の日々を過ごした。中学生ともなると思春期ということもあり、イジメのバリエーションが増え、どんどんとエスカレートしていったが俺は"あの日"を迎えるまでは絶対に屈する訳にはいかなかった。そして、遂に肉体・精神共にボロボロになりながら、3年という長い月日を過ごし、"あの日"を迎えることができた。それは卒業式の日だった。壇上で1人1人証書を受け取りながら、階段を下りていく。厳かでいて、感動ものの式だった。俺はその途中、証書を受け取った直後にあることをしたのだ。階段を下りずにその場にいる全ての者をゆっくりと見渡してから………………今まで自分がされてきた仕打ち、加害者の実名、被害を受けていた期間、そしてこれから自分がしようとしていることを語ったのである。これには式に参加していた者達全員が驚き、場は騒然となっていた。慌てふためく教師陣、困惑の父兄、焦り顔の奴ら………………俺はそれらをひとしきり眺めて満足した後、


「じゃあな。この世界はクソッタレだったよ」


隠し持っていたナイフを自分の胸へと突き立てた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る