第251話 炎剣

"炎剣"と呼ばれる男がいる。齢36にして、現在はSSSランク冒険者として活動しているその男は常に波乱の人生を歩んできた。彼は名門貴族の出であり、幼い頃から護身術として剣術を嗜んでいた。しかし、お世辞にも才能があるとは言えず、週に3回程、指導してくれる者が訪ねてきていたのだが成長が微々たるものだった為、両親はほとほと困り果てていた。確かに剣の腕で食べていく訳でないのなら、それでもいいのかもしれない。それにこの時はまだ息子が将来、戦闘を生業とする職業に就くとは考えていなかった。とはいえ、護身術として最低限のレベルにすら到達しないのであれば、話は別だ。貴族といえば多方面から様々な恨みを買いやすい。その火の粉がまだ幼い息子に向かわないとは限らないのだ。そんな時、もしも近くに護衛の者がいなければ後は自分で自分の身を守らなくてはならない。その為には"炎剣"少年のステータス、彼の置かれている環境を考慮しても剣術レベルが最低"5"は必要だった。







それから3年の月日が流れ、少年が8歳になった時、事件が起きた。なんと彼の一族全てが没落してしまったのだ。原因は一族ぐるみでひっそりと行っていた悪徳な事業が明るみに出てしまったことだった。ことの始まりは一族全ての者が集まるパーティーでのある者の発言からだった。そこでは一族繁栄を願って英気を養おうということで大量の酒や食べ物が振る舞われ、誰もが上機嫌で浮かれていた。そんな中、テーブルの端に腰掛けた異様な男が1人いた。この場にそぐわない、やけにみすぼらしい格好をしているその男は周りを冷めた目で見回しつつ、ある機会を窺っていたのだ。そして、その時は突然訪れることとなった。男は不意に立ち上がるとズカズカと我が物顔で目的の人物のところまで歩いていき、徐に声をかけ出した。


「お前がこの一族のトップの者だな?」


「ん?お前だと?口を慎みたまえ。全く、近頃の若い貴族というのは教育が………………って若くないだと!?それにその格好は!?き、貴様何者だ!どこから入り込んだ!」


「何が教育だ。一番なってないのはお前だろうがよ」


「何だと!」


「あ〜面倒臭ぇやり取りはするつもりねぇから、手短に用件を言うわ。俺は頼まれて、ここにいるんだが………………お前ら、これに身は覚えはねぇか?」


「っ!?な、何故それを貴様が!?」


「やっぱりな。これって、いわゆる"裏帳簿"ってやつだよな?よくもまぁ、やったもんだな」


「い、一体何のことかね」


「しらばっくれても無駄だぜ。ほら、ここに書いてあんだろうがよ………………"不法な人身売買の純利益"って」


「っ!?貴様っ!それを知って、おめおめとここから出られると思っているのか!」


「出られるに決まってるだろ。大体、おかしいとは思わないのか?俺みたいな不審者が何故、こんなところにのうのうといられるのか」


「…………一体、どんな手を使ったんだ?」


「察しが悪いな。この中に内通者がいるんだよ。そいつらにここまで案内してもらったんだ。で、帰りもちゃんと用意されてる」


「っ!?そ、そんな馬鹿な!?」


「なんだ?まさか、自分達は強固な絆で結ばれた運命共同体だとでも思っていたのか?はっ。とんだ平和ボケ集団だな」


「なんだと!」


「これだけの人数がいるんだ。中にはお前らの薄汚い商売に嫌気が差す者もいるだろ。そうするとこの状況を誰かにぶち壊して欲しいなんてことを考える。大方、スキャンダルってのは身近な奴から漏れるもんだ。そうでなきゃ、超優秀な奴が独自の手法で嗅ぎつけるしかない。まぁ、いずれにせよ、あまり周りの者を信用しない方がいいんじゃねぇか?」


「き、貴様!」


「おおっと!俺に八つ当たりにしても無駄だぜ?なんせ、これまでのやり取りは全て映像の魔道具によってお前らの住んでいる国で公開されているからな。それに後日、この件が記事となって各地に出回る。ああ、心配するな。文字起こしは実に簡単だ。この中にはギルドの記者も紛れ込んでいて、聞き漏らしさえなければ、一言一句違わず載ることになる。裏取りや証人も俺や内通者によって事足りるからな。早ければ、2、3日後にはってところだろう。それまでに夜逃げの用意でもしといた方がいいんじゃねぇか?」


「いやっ、まだだ!まだ何か手はあるはず!……………そ、そうだ!その記者とやらが!」


「金、もしくは武力でそいつをどうこうするつもりか?」


「そうだ!ふんっ!所詮は一介の人間。大抵の者は目の前に積まれた大金か圧倒的な武力による脅しに屈することになる!残念だったな、この平民風情が!」


「お前………………本当にアホなんだな」


「負け惜しみはよせ、駄民が」


「俺はさっき親切から教えてやったんだが?映像の魔道具でここでのことは今もなお、公開されているって」


「……………あ」


「え〜っとなになに?金になりそうな者を無理矢理捕らえての人身売買に個人営業店の不当な乗っ取り、衛兵を買収して貴族が住むエリアのみ巡回させる、冒険者を雇って他の冒険者との揉め事に持っていき、トラブルになったところで登場。うちの者が怪我をしたとか、迷惑を被ったとかで法外な治療費・迷惑料をせしめる。その冒険者が払い終わった後も貴族に楯突いたということでお前らの為にタダ働きをさせる。もちろん、全て口外禁止で………………などなど。は〜、よくもまぁ、これだけのことをしたな。叩けば叩くほど出るわ出るわ」


「………………」


「おめでとう。これでお前らもずっと隠して生きていくっていう十字架から解放される訳だ。いや〜めでたいな。ほら、ちょうど食い物と酒もあるし、騒げばどうだ?"没落記念パーティー"って名目で」


「貴様!!」


「だから、俺に八つ当たりしてももうどうにもならないって言ってんだろ。ほら、ここで現実逃避する奴以外はとっとと家に帰って今後の人生計画でも立てたらどうだ?旅前の計画とかってワクワクするって言うだろ?あれと同じ感じできっと楽しいぞ」


「おい!それ以上言えば、どうなるか分かっ……………っ!?」


その瞬間、会場の誰1人として動くことができなかった。何故なら、目の前にいる男から凄まじい殺気が放たれたからだ。男は会場中を冷めた目で見渡すと静かな声でこう告げた。


「てめぇらのやってることは人として最低最悪な行為だ。自分のやったことはいつの日か、巡り巡って自分の元に返ってくる。故に自業自得。同情の余地なし。あと最後に良いことを教えといてやる。俺が生まれた国にあった言葉なんだが………………"おごれる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし"。意味はその身をもって知ることになるだろう。じゃあな」


男はそれだけ告げると颯爽と出口へと向かっていった。その後には内通者と思しき者達とギルドの記者が続いていく。残された者達はただただ呆然とし、力が抜けたのか、しばらくの間は席に座ったまま立ち上がることもできないのだった。








「ん?」


会場の外に出た男は庭でひたすら素振りをする少年を見かけた。そして、そのまま立ち止まって注視しだした。普段はあまり他人に関心のない男だったが、その時ばかりは何かが引っかかったのだ。


「どうしたんだ?」


「早く行こうぜ」


両隣にいる少年達から急かすような声がかかる………がしかし、男はそれを無視して、一瞬だけ険しい表情すると素振り少年の元へとズカズカ歩いていった。


「坊主、何でこんなところでそんなことをしてるんだ?」


「えっ!?あ、す、すみません!ご迷惑でしたら、すぐに出ていきますので」


「謝って欲しい訳じゃねぇ。俺はただ理由が知りたいだけだ」

 

「えっと……………ぼ、僕はローウェルと言いまして、ここで行われているパーティーにお呼ばれしたんですが何やら子供には分かりづらいお話をされるということで…………」


「追い出されたという訳か」


「端的に申し上げればそういうことになります」


「ったく、つくづくアレな一族だな…………まぁ、いい。ちなみにお前も一族の者なのか?」


「はい」


「……………そうか。じゃあ、結果的に悪いことをしちまったかもな」


「え?」


「なぁ、坊主。裏で悪どいことをして成り立っている恵まれた生活と貧困ではあるが真っ当な人生を送る生活……………どっちの方がいい?」


「えっ!?と、突然何を」


「悪いが正直に答えて欲しい。俺の素性は一旦置いておいてくれ。後で必ず教えてやるから」


「わ、分かりました。そうだな…………」


そこからたっぷりと5分程、熟考した少年は澄んだ瞳でこう答えた。


「後者ですね。やっぱり人様に迷惑をかけて得たお金で暮らしても全然気持ち良くないですから。それなら汗水垂らして、自分で稼いだお金で暮らしていく方が僕は好きです」


「………………そうか。どうやら、俺の目に狂いはなかったようだな…………よし。坊主、今から言うことをしっかりと聞け」


「は、はい」


「この先、お前の一族は確実に没落する。それが明日になるか、はたまた1週間後になるかは分からない。だが、栄華が終わりを迎えるのは確かだ。そして、その原因の一端を担っているのは間違いなく俺だ」


「えっ!?そ、それはどういう……………」


「だから今後、俺はお前のことを責任持って面倒見ていきたいと思ってる。恨んでくれて構わないし、嫌ってくれて結構だ。だが、お前が一端の大人と判断される頃まではどうか一緒にいて欲しい」


「ち、ちょっと!一体、何を仰っているんですか!さっぱり状況が飲み込めないんですが!?」


少年がただただ困り果てる中、男は真摯な瞳で訴えかける。その背後には何故か、不機嫌そうな表情をした2人の少年がいた。ひとまず綺麗な形かどうかはこの際置いておくとして……………これがクラン"箱舟"のクランマスターと後にSSSランク冒険者にまで登り詰める少年との最初の出会いだった。

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