第249話 鋼帝

"鋼帝"と呼ばれる男がいる。齢36にして、現在はSSSランク冒険者として活動しているその男は常に波乱の人生を歩んできた。幼くして両親に捨てられた彼は幼少期〜少年期にかけて、とある森の奥深くにある洞窟で暮らしていた。元々、そこは盗賊達が根城にしていた場所であったが、ある冒険者によって一網打尽にされてからはもぬけの殻状態だったのだ。そこへ住む場所を探していた当時5歳の"鋼帝"少年がやってきて、移り住んだ形となる。少年にとって、洞窟はとても住みやすい場所だった。おそらく盗賊達のものであろう食糧や衣類、燃料などがまだ手付かずの状態で大量に残っており、年齢的に言って消費量の少ない彼であれば、長い間暮らしていくには十分な程であった。しかし、いくら物資が揃っていようが客観的に見て5歳の少年が親の庇護なしに1人で生きていくことなど不可能に思える。それは主に精神衛生上の問題からであり、心の支えがない孤独を味わい始めるにはあまりにも早い…………というのは一般的な例であって、しかし、そこに彼は当てはまらなかった。両親に捨てられてから、幼いながらも彼はずっとこの先1人で生きていく覚悟を決めていた。誰も信用せず、自分さえよければそれでいい。他者をどれだけ蹴落としてでも自分だけが生き延びることを最優先に考える。そうでなければ…………いや、そうしなければ淋しさで自分を保っていられず、どこかでおかしくなってしまうだろうと感じていたのだ。だから、あえて余計なことは考えず、その日その日を生き延びることに必死になっていた。そして、洞窟で暮らし始めてから3年程が経った時、彼の生活に少しずつ変化が生じ始めていた。その頃になると食糧調達も手慣れたものになり、狩りや木の実を採るのにも苦労しなくなっていた。そもそもの話、食糧が尽きたのが洞窟に住み始めてから半年後でその少し前から狩りや木の実採りに挑戦し、日に日に上達していた為、1年が経った時点でだいぶすんなりと調達できるようになっていたのだ。それが3年目ともなると余程イレギュラーなことが起こらない限り、失敗することもなかった。そんなある日のこと。いつものように狩りに行こうと洞窟を出たところで彼は違和感を感じた。原因は不明だが、なんだか森の中が騒がしいのだ。実はその頃、連日で獣や鳥が発見できず、食糧の不調が続いていた。まるで何か強大な敵に追われ、どこかへと逃げ出してしまったかのように生き物の気配がどんどんとなくなっていったのだ。その為、少年は食糧の節約に努めなければならず、1日の中で最も楽しみだった食事の回数を泣く泣く減らしていた。そのせいで当時の彼は精神的に荒れており、非常に苛立ちを覚えていた。だから、だろうか。その日の彼がいつもと違う行動を取ったのは………………そして、その結果、彼はある者と出会い、運命が大きく変わることとなるのだった。








「……………ん?あれは」


森の中をしばらく歩いていると少年は前方に人を発見した。そして、よく見るとそれは非常に特徴的な見た目をしている人物だった。この世界ではまず目にすることのない黒髪黒眼の男であり、歳はおおよそ30代半ば〜40代程か。長身であり、引き締まった肉体と鋭い眼光を持ち合わせ、漂う雰囲気からして只者ではない。しかし、それに反して服装はだいぶ質素なものだった。白いヨレヨレのシャツに生地の薄いズボン、ボロボロの靴といった軽装備。どう考えてもこの場所には合っていない服装をしているがそれでいて、先程から威圧感が凄い。そこで彼はハッとした。先日から生き物をあまり見かけない理由………………それはこの男の威圧感のせいじゃないかと……………だが、その考えはすぐに捨て去った。男はつい今し方、偶然にもこの場所へとやってきただけの可能性が非常に高いからだ。大体、何日も森の中に居座り続ける理由がない。生き物が徐々にいなくなり出したのは少なく見積もっても10日程前からである。その間、ずっとこの場所にいるはずがないのだ。彼はそう思うと一応、警戒心は解かずに男へ話しかけることにした。


「おっさん、こんなところで何してんだ?」


「……………やっと来たか」


「?何を言ってんだ?」


「坊主が俺の前に姿を現すまで約10日と5時間37分………………随分と掛かったな」


「は?」


「お前、なかなかに根性が据わってるじゃねぇか。ここ数日、どうやって食い繋いでいたんだ?」


「いや、それは前に狩りで獲った肉とかがまだあったから………………って、ちょっと待て!何で俺が最近、食糧に困っていたことを知っている?」


「そんなの決まってるじゃねぇか。俺がそう仕向けたからだよ」


「っ!?ま、まさか」


「お、気が付いたか。そうだ。俺がこの森から獣共を追い出した犯人だ」


「な、なんでそんなことを…………」


「お前をここへ誘き出す為だ。いや〜それにしてもまさか、ここまで粘ってくるとは思わなかったぜ」


「う、嘘だろ!?じゃあ、俺がここに来るまでの間、ずっとここで待っていたってのか?」


「ああ。だから、さっき言っただろ。お前が姿を現すまで云々かんぬんって」


「い、いやっ!?それにしたって…………あ、食事は?それと寝る場所も!あ、あとそれから……………」


「落ち着け。食い物なら、ここに来る前にあらかじめ買ってあったし、いざとなれば何とかする。寝るのなんざ、適当にその辺でだってできるだろ」


「買う?おっさんみたいな見た目がみすぼらしい奴でも売ってもらえるのか?」


「俺を何だと思ってるんだ?あと、みすぼらしいってお前も他人のこと言えねぇからな」


「っ!?ご、ごめんなさい!!」


「いや、別に責めてねぇけど……………まぁ、とにかく俺はお前と話がしたくて、こうして待ってたって訳だ」


「それなら直接、洞窟まで来れば良かったのに。その方が俺も……………」


「いや、それはダメだ」


「何故だ?」


「お前みたいな境遇の奴はな、とにかく他人を信用していないケースが多い。そんな中、知らない奴が寝床にズカズカと足を踏み入れてきたら、どうよ?警戒して、話もろくに聞いてくれやしねぇ」


「いやっ!で、でも今はちゃんと聞いてるぞ!こうして話もしているし!」


「それは俺がここでずっとお前のことを待っていたっていう事実があるからだ。そうでなきゃ、会話なんて成立しねぇ。そうだろ?」


「そ、それは……………そうかもしれない。けど、俺はおっさんが悪い人じゃないのかもしれないと思ったから、こうして話している訳で別にどこで会おうと軽く話してみれば、すぐにこうなっていたと思う」


「………………」


「確かに俺は他人のことが信用できない。どうせ、知り合って仲良くなったところで両親みたいに裏切るに決まってる……………でも!おっさんと話をしてみて分かったんだ!世の中、そんな人間ばかりじゃないって!おっさんはきっと良い奴だよ!」


「会って数分しか経ってねぇ奴の一体何が分かるんだ?もしかしたら、俺がとんでもない悪人でお前を奴隷商に売り付ける為に待っていたかもしれねぇじゃねぇか」


「それは絶対にないよ!だって、おっさんからは全く悪意を感じないから!」


「……………ふっ、そうかよ」


「?何がおかしいんだ?」


「やっぱり、お前は俺の見込んだ通りの奴だって思ってな………………よし。とりあえず、荷物まとめて、再びここに来い。そしたら、すぐに出発だ」


「えっ!?どういうこと!?」


「お前はこんなところにいちゃいけねぇ。どんだけ断られようが、無理矢理にでも連れていくからな」


「ち、ちょっと待て!急すぎるよ!」


「あ、その前にこいつを紹介しておくわ。ちょうどお前と同い年くらいだ」


そう言って、男が後ろに手をやるとそこからは1人の少年が出てきた。今まで男の後ろに隠れていたらしいその少年は目つきが鋭く、軽く警戒しているようでとても無愛想だった。


「っ!?ま、全く気が付かなかった。気配も感じなかったし」


「こいつには日頃から気配を消すよう言ってあるからな。しかも今は俺の気配が濃すぎて、他のはあまり感じずらいしな……………って、おい!そんなに睨むなよ!これから仲間になるってのにその態度はないだろ!」


「仲間なんていらない」


「何でそんなに機嫌が悪いんだよ。ブロンやネバダにはそんな態度取ってなかっただろ」


「ふんっ!」


「わ、悪いな。こんなんだが普段は良い奴なんだ」


「い、いや、大丈夫だ…………です」


「無理して敬語は使わなくていい。これから、仲良くやっていこうぜ」


「あ、ああ!俺の名はルクス!よ、よろしく!」


「……………ふんっ!」


「お前は馬鹿か!仲間が名乗ったんだから、お前もやるんだよ!ほら!」


「ぐっ……………お、俺の名はクラウド……………」


「"よろしく"は?」


「……………したくない」


「はぁ〜。悪いな。まぁ、これから仲良くしていってくれ」


「分かった!」


「あ、さっき言い忘れていたんだが、世の中には悪意を隠すのが上手い奴もいる。だから、これからは常に警戒心を持って動け。もし、それでも危険に陥ってしまった時の為にある程度は強くしてやるから安心しろ。今後はこいつと同じ練習メニューを組んでやる」


「はい!!」


「それと」


そこで不敵な笑みを浮かべた男は堂々とした佇まいでこう言った。


「俺は"おっさん"って名前じゃねぇ。俺の名は………………」


これがクラン"箱舟"のクランマスターと後にSSSランク冒険者にまで登り詰める少年との最初の出会いだった。

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