第248話 七罪"憤怒"のブーダ

「っ!?お、俺は一体何を…………」


クラウドはハッと我に返り、辺りを見渡した。今の今まで急に呼び覚まされた過去の記憶に囚われて、しばらくの間、呆けてしまっていたのだ。だが、それも致し方のないことだった。ピンチに陥って誰かに助けられるなど一体いつぶりのことか。それに彼は今回の状況を少年時代に体験した村での出来事と同一視してしまった。であれば、彼がこういった状態になるのも必然であろう。


「どうしたの?大丈夫?」


「あ、ああ。すまん、助かった」


声を掛けてきたクーフォに対して、お礼を言うクラウド。クーフォは"新生人ニュー・タイプ"の槍を彼女の持つ鉤爪によって受け止めていた。つまり、クーフォが敵の攻撃からクラウドを守り、それが今もなお続いているという現状だった。これを申し訳なく思ったクラウドは慌てて立ち上がり、自身の身体の具合を確かめた。


「もう立ち上がっても平気なの?」


「ああ。命を救ってもらっておいて、いつまでもこのままじゃいけねぇさ。それに発破も掛けてもらったしな……………ってことで、そこ代わってくれるか?」


「……………その顔はもう大丈夫そうね。分かったわ。よいしょ」


「っ!?ぐぎゃあっ!?」


武器を交えている中、クーフォが一気に力を抜いて後ろへと下がる。すると急に支えがなくなった"新生人ニュー・タイプ"は体勢を崩し、つんのめる状態になった。そして、そのタイミングに合わせて駆けていたクラウドは拳を振り被り、渾身の一撃をお見舞いした。


「"クラウド・パンチ"!!」


「ぐがあっ!?」


これにはたまらず吹っ飛ばされて地面へと転がる"新生人ニュー・タイプ"。腰の入った良い一撃、それと何故かは分からないが力が身体の奥底から溢れ出してくるのを感じたクラウドは満足そうに頷いた。


「うし。これなら、いける!!」


「後は自分でなんとかしなさいよ。もう助けてあげないからね」


「おう!」


「じゃあ、私はあそこで踏ん反り返ってる奴らの相手をしに行ってくるわ………………あ、そういえば」


「ん?なんだよ」


「あんたって、ネーミングセンスないのね」


「ほっとけ!!」







――――――――――――――――――







「はぁ〜世話になっちまったな」


クーフォが敵の幹部の元へと行くのを見送ったクラウドは軽くため息をついた。彼としては注目しているクラン、それもいずれは模擬戦でもできたらと考えていた者相手に借りを作ったことで"お願い"がしにくくなってしまったのを嘆いた。と同時に助けられたこと自体は特にプライドをへし折られたと感じることもなかった。むしろ頼もしそうな背中を見たことでクラン"黒天の星"全体のレベルの高さが窺えて、嬉しく感じた程である。


「……………よし、切り替えていくぞ。まずは目の前の敵に集中するんだ」


クラウドは自分に言い聞かせると今、戦うべき相手に視線を移した。相変わらず、生気のない表情には変わりないが、先程までと違い警戒心を露わにした態度で立っている。つい数分前まで地面をのたうち回っていたはずであるが、どうやらいつの間にか復活していたようだ。


「ぐが………が…………だ」


「?」


未だ人語ではなく、獣が唸るようにしか言葉を発せない"新生人ニュー・タイプ"。七罪に乗っ取られている為、自分の意思を表に出すのが非常に困難となっているのだが、そんな中、今この時ばかりは少々勝手が違うようだった。何かに抗うかのように苦しそうな表情を見せる"新生人ニュー・タイプ"。それが5分程続いたところで急に無表情になったかと思えば、次の瞬間には泣きそうな表情に変化した。そして、衝撃の一言を発する。


「…………だ、助げでぐれ!!」


「っ!?」


クラウドはひどく驚いた。対峙してから、初めて意思の篭った声を聞いたからだ。そこに畳み掛けるように相手は言葉を続ける。


「お、俺は生前、人道に反することをいくつもしてきた。だから、俺自身はどうなっても構わない。だが、あいつらの思惑通りに動くのだけは受け入れられない!だから、頼む!………………某を止めてくれ!!」


「最後の1人称は?」


「生前、自身を指す時にそう言っていたのだ。だが、こうして生まれ変わったら人格も口調も変わっていた。まるで自分が自分ではないみたいだ」


「……………」


「俺が意識を保っていられるのもあと少し。もうすぐで七罪に全てを呑み込まれてしまうだろう。だから……………最後くらいはカッコつけさせて欲しい」


「…………分かった。なら、前の口調で名乗ってみせろ!お前は化け物なんかじゃない!俺はこれからお前を1人の扱う!ちなみに俺の名前はクラウド!周りからは"雲海"とか呼ばれてる大馬鹿野郎だ!!」


「っ!?そ、某の名はブーダ!生前は"瞑想"という2つ名があった!そして、今は……………七罪"憤怒"の力に支配されている大うつけ者だ!!」


2人の叫びが森の中に響き渡る。それはお互いに魂の篭ったものだった。


「後は頼んだぞ、クラウドとやらよ。某は………………ぐ、ぐおおおおっ〜!!」


「っ!?始まったか!」


クラウドが再び臨戦態勢に入った直後、ブーダも七罪によって再び意識を乗っ取られてしまう。そして、数分後。そこにはより強化されたブーダが立っていた。


「ぐがっ!!」


「おりゃあ!」


すぐさま猛スピードで正面からぶつかる2人。槍と拳が交わり、その衝撃で地面は陥没し、近くの木々が倒れていく。明らかに常人の為せる技ではなかった。


「"クラウド・キック"!!」


「ぐがががっ!」


今度は蹴りと槍がぶつかり、余波で舞い上がった土砂が容赦なく降り注ぐ。純粋な近接戦闘。小細工などは必要ないと感じていたのか、そんな戦いがしばらく続く。それはお互いの思いをぶつけるような戦いにも見えた。ブーダにはもう己の意思がないはずだが、まるで彼自身が泣き叫んでいる……………そう感じる程、槍は重たかった。


「"雲のクラウド・オーシャン"」


「ぐがっ!?」


流れが変わったのはクラウドが得意技を放った時だった。しかし、それは既に見破られているはず。何故、このタイミングで使ったのか。その答えはブーダの反応に出ていた。


「ぐ?が?」


そもそも"新生人ニュー・タイプ"に妨害系の魔法や技が通用しないのは死人であることと七罪によって心身を乗っ取られている為だった。では五感がほぼ機能しない中、敵に接近し攻撃することが可能な理由はなんなのかというと全て七罪の力によるものだった。その力は肉体強化や魔力増幅だけではなく、敵の魔力を感じ取り辿ることもできるのだ。これによって、猛スピードで敵に接し、強烈な一撃を叩き込んでいたという訳である。


「ぐがあ?」


だが、それはついさっきまでの話。今は状況が変わっていた。ほんの僅かではあるが、ブーダの意識が一度顔を出した。その意味するところはすなわち……………


「五感が一時的に戻っているかもしれないってことだ!」


「がっ!?」


ブーダがクラウドの技の術中に嵌っていたことが何よりの証拠である。結果、クラウドの読みは当たり、賭けに勝った形となった。キョロキョロと辺りを見回すブーダに対して、クラウドは時間を掛けて拳に全魔力を集中させることに成功した。そして………………


「"クラウド・アッパー"!!」


「ぐぎゃあ〜!?」


渾身の拳がブーダに向かって放たれた。その威力は凄まじくブーダの身体は地上から約10m離れた上空まで浮かんでいた。そして、それからすぐに地面へと叩きつけられる。


「ぐはっ!?」


その声はもう支配されているものではなく、紛れもないブーダ本人のものだった。


「はぁ、はぁ、はぁ。これで………………いいのか?」


「はぁ、はぁ、はぁ………………ああ、かたじけない」


お互いに倒れた状態での会話。激戦を終え、その身体はもうボロボロになっていた。そんな中、ブーダはというと………………清々しい笑みを浮かべていた。


「どうやら、ここまでのようだ。ははっ、おかしいな。まるで憑き物が落ちたかのようだ」


「惜しいな。お前とはもっと別の形で出会いたかった」


ブーダの言葉に本心で返すクラウド。それは友人にではなく、ましてや家族や恩人にでもない…………


「あばよ、ブーダ」


これまでの戦いでその強さを認めた強敵ライバルに向けてのものだった。

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