第236話 間一髪
スニクの入り口付近。現在、そこには荒々しい戦闘の跡が刻まれていた。度重なる衝撃で大地はめくれ、魔法の着弾による煙が濛々と立ち込めている。誰の目から見ても激しい戦いが行われていると感じる程だ。そして、そんな状態の中を2つの影が移動した。それはこの状況を作り出した元凶達、すなわちスニクの長老シードと"聖義の剣"の部隊長クロスであった。
「"絶命剣"!!」
「ほれ、"支柱当て"」
「ちいっ!なかなかにしぶといな」
「怖い技を使うのぅ」
大剣と杖が拮抗する。本来、武器の相性でいうと大剣の方が圧倒的に有利であり、それはクロスの経験上でもそうだった。彼は今まで幾度となく死闘をくぐり抜けてきたが、その中でただの一度でも杖を使う者との接近戦で互角まで持ち込まれたことがない。というよりも杖を使う者は1人の例外もなく、魔法主体の遠距離型。そもそも彼自身が杖と大剣で接近戦を行った記憶がないのだ。つまり、彼の目の前にいる老人は例外中の例外であり、このような事態を彼は予測していなかったのである。
「珍しい戦い方をする奴だ」
「ほぅ。今時の若者はこのような戦法を使わんか」
「ああ。お前の戦い方ならば、武器が杖である必要がない。剣士でも魔法を使う奴はいるしな」
「昔、仲間にも同じことを言われたのぅ」
「昔?」
「ああ。20年以上前に冒険者をしておっての。その時にとあるクランに所属しておったんじゃ」
「ふんっ。お前程の実力者が率いるクランだ。その戦法も相まって、さぞかし目立ったことだろう」
「いや、ワシはクランマスターではなかった」
「なんだと!?」
「随分と過大評価をしてくれておるようじゃが、以前はここまでの実力がなかった。だから、当然じゃろう」
「だが、それにしても杖で接近戦を行うダークエルフなど目立ってしょうがないはず!いくら20年以上前とはいえ、そんな奴がいたなんて話は今日まで聞いたことがないぞ」
「ワシらのクランは少々、特殊での。普段は表立って活動することはなく、かといって犯罪に手を染めている訳でもない。依頼もちゃんとした手続きで受けたことはないのぅ。だから、人前に出ないことで存在すら怪しまれる程のクランだったんじゃ。知られていないのも無理はない」
「な、なんだと!?そんなクランが存在するのか!?依頼はギルドを通して行うし、物理的に不可能だと思うが」
「まぁ、世の中には色々あるんじゃ…………さて、お喋りはこの辺にして、そろそろ決着をつけるとするかの。お仲間も待ちくたびれておるじゃろう」
そう言うとシードは徐にクロスへ向かって、人差し指を突き付けた。
「"水の
「ぬおっ!?」
途端、水でできた鎖が突如として現れ、クロスを拘束し始めた。これにはたまらずクロスも唸る。
「水の上級魔法じゃ。この拘束は並大抵のことでは外れぬ。そればかりか、時間が1分経過する毎に対象者をより強い力で締め上げてゆく。最終的にどうなるかは……………分かるじゃろ?」
「くそっ!なんなんだ、これは」
クロスはもがきにもがいた。でないと正気を保つことができないからだ。シードの言う通り、さっきよりも締め付けがきつくなっており、このまま時間が過ぎていく恐怖に耐えられる自信が彼にはなかった。これには仲間達も流石に心配した。
「「「クロスさん!!!」」」
「お前達は来るな!」
居ても立ってもいられず、駆け寄ろうとした仲間達を制するクロス。その瞳は何かを決意したかのようだった。
「正直、ここまで追い詰められるとは思ってもみなかった」
「そうか。だったら、この先は改心して至極真っ当な人生を……………」
「まさか、この方法に頼らなければならないとはな!」
突然叫び出したクロスは懐から注射器のようなものを取り出して、それを首の辺りに刺した。するとその直後、彼の身体に変化が起きる。頭から2本の角また背中からは翼が生え始め、目は真っ赤に充血して、端の前歯が2本鋭く飛び出る。身体は徐々に大きく…………最終的には5mぐらいになり、その影響で上に着ていた服が全て弾け飛んでしまい、ズボンに至っては直径30cmの穴が開いてしまっている。そこからは長く太い尻尾が伸びていて、気が付けば全体的に肌の色も真っ黒になっていた。また身体の周りではどす黒い魔力が渦巻き、触れてはいけないオーラを纏っている。明らかにとんでもない変貌を遂げていた。
「お主……………それは」
「へっ、やっとこの鎖から解放されたぜ」
「…………なんという禍々しい魔力じゃ。明らかに正規の方法による変化ではない。お主、そんな無茶をすれば死んでしまうぞ」
「あん?うるせぇよ。そんなに俺がパワーアップしたのを認めたくないのか?」
「そうではない。お主も薄々勘付いておるはずじゃ。その状態を保っている間はおそらく、お主の命を少しずつ削っていっているということに」
「はん。説教なんざ聞く気はねぇ。それよりもまずはお前を倒す方が先だ………………おい、お前ら!」
クロスは仲間達に振り返ると醜悪な笑みを浮かべて、こう言った。
「今からこの爺さんとそこの門番を殺る………………だから、お前達も一緒にこの姿になって暴れようぜ」
仲間達の返答は聞くまでもなかった。
「ごふっ!」
強い一撃をもらい、シードは地面にうつ伏せに倒れた。彼の全身は血だらけだった為、地面が真っ赤に染まっていく。クロスの急激なパワーアップにより、それまで拮抗していた実力は一方に傾き出した。さらにクロスの仲間達の追撃もなかなかに厳しく、門番のジェイドもそれに巻き込まれ瀕死寸前だった。もはや、さっきとはえらい違い。主導権を握っているのは完全にクロス側だった。これには彼も笑いが止まらない。
「ふははははっ!どうだ!参ったか!これがパワーアップした俺の力だ!」
「……………」
「ふんっ!絶望により、声も出ないか………………情けない。これが一瞬とはいえ、ライバルと認めた男の姿かよ」
「……………」
「ここまで言われて、言い返す気力もないとは……………もういい。速やかにあの世へと送ってやる。全く……………つまらない男に出会ってしまったもんだ」
クロスは仲間達にも指示を出すと一斉攻撃の準備を整える。そして、数十秒後、掛け声と共に一気に襲いかかった。
「消えろ、ダークエルフの老いぼれよ!」
「「「うおおおおっ〜!!!」」」
地鳴りがする程の勢いで突っ込んでいく"聖義の剣"。ジェイドは諦めて天を見上げ、シードは地面を見つめてひたすらに何かを考え込んでいた。ボロボロな2人に対して数十人が一気に押し寄せるという構図はとても見ていられるものではないが、これは紛れもなく現実である。ということはここで都合よく助けが入るなんてことはまずない。だからこそ、ジェイドが取った態度は正常であり、非常に悲しい結末だった……………本来であるならば。
「"光狼斬"」
「ごはっ!」
「な、なんだ!?」
「ぐあああっ!いてぇ!」
よく通る声で技の名前が紡がれた直後、クロスの仲間達は何者かによって、斬りつけられて次々と倒れていった。この場にいる者は全員、目を疑ったであろう。先程まで勢いよく突撃したにも関わらず、それが数秒後には倒れ伏しているなど一体誰が予測できようか。そして、それを為したのがまさか、魔物であるなど……………
「シード殿、ジェイド殿、助太刀致す!」
「こ、これは…………」
それは立派な剣を咥えた"神狼"フェンリルだった。しかも人語を話すというオプション付きである。ジェイドは思わず、フェンリルを注視しかけたが、今はシードの安否確認が先だと思い直し、慌てて、振り返った。するとそこには…………
「貴様、何者だ!」
「良かった〜間に合った」
シードを庇う形でクロスの大剣を受け止めるリースがいたのだった。
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