第232話 悪意
「フヒヒヒッ。いよいよだ」
とある組織の研究所にて、身なりの悪い1人の男がほくそ笑んでいた。室内には澱んだ空気が流れており、あちこちに物が散乱している。男はそれを器用に避けながら、ベッドの上に並べられた7体の亡骸の前に立っていた。手には何かの資料のようなものを持ち、それが喜びからくる身体の震えでかすかに揺れている。それから少しして、男は鼻息を荒くしながら、近くにいた研究員に怒鳴り散らした。
「おい!あの方はまだいらっしゃらないのか!」
「も、もうじき来られるとのことです!」
「本当にお呼びしたんだろうな?」
「は、はい!先程、こちらに向かっていると報告を受けました」
その直後、扉が勢いよく開かれる音がした。室内にいる全員の目がそこへと集中する。
「ハ、ハジメ様!よ、良かった………………いらっしゃらないのかと」
「お前に呼ばれたら、用事があっても来るさ」
「勿体なきお言葉でございます」
「……………これが例の?」
「はい。もう完成しております」
ハジメと呼ばれた男は7体の骸を見下ろして、思わず顔を顰めかけたが、どうにか無表情を貫いた。7体の意思なき身体、そこにはそれぞれ胸のあたりに別々の色の宝玉のようなものが埋め込まれていた。それは微弱ながらも明滅し、その度に骸の身体に特殊な模様が浮かび上がる。側から見れば、何か危ない実験をしているのは一目瞭然だった。
「やはり相性は大事ですね。彼らは完全に適合しました」
「そうか」
「これで後は作戦を決行するだけですね」
「ズボラ…………本日までよくやってくれた」
「いえいえ!とんでもごさいません!」
「思えば、お前との出会いは劇的なものだったな」
「ええ。僕があの組織にいた頃、偶然あなたと出会って………………もし、あの時あなたに出会っていなければ、今の僕はありませんでした。本当に感謝しております」
「俺の方こそ、感謝しているよ………………それとすまんな」
「え………それは一体どういう……………ぐはっ!」
それはあまりに突然のことだった。ズボラの身体をハジメの硬くて鋭い剣が貫いたのだ。これを見た周りの研究員はパニックになり、外へと逃げようとした。しかし、
「"
ハジメの放った魔法により、出入り口が全て閉じられ、誰1人として外へと出ることができなくなってしまった。と同時に
「"
中からの声が外へと聞こえなくなった。これで助けも呼ぶことができなくなり、彼らは完全に閉じ込められてしまった。
「ハジメ様…………一体どうして」
ズボラは意味が分からないという顔をしながら、訊いた。痛みでどうにかなりそうなのを根性で抑え込みながら……………
「お前の思想は危険だ。このまま一緒にいて、もし作戦が失敗しようものなら、俺の首すら掻きかねない」
「そ、そんなっ!僕があなたを見限るとでも!?」
「だが、お前はあの組織を……………アスターロ教を裏切った」
「そ、それをあなたが言いますか!僕をここに引き摺り込んだ張本人が!」
「過程はどうでもいい。結果が全てだ」
「……………ふんっ、そうかよ。馬鹿馬鹿しい。僕はこんな男の元で研究を続けていたのか」
「お前は芯から腐り切っている。お前のような男が組織を崩壊させる原因になるんだ。もしかしたら、今回の作戦を失敗に導くやもしれん」
「失敗、失敗ってうるせぇな!僕がついているんだ。失敗なんて有り得ないだろ!だいたい今回の作戦は何年も前から考えていたんだ。失敗する要素なんて1つもない!」
「覚えておけ。物事に絶対はない。完璧だと思っていても実際に行動に移した時、どんな非常事態が起こるのかは誰にも分からないんだ」
「非常事態?それこそ、あり得ない!」
「お前はもう忘れたのか?あの組織の目論みを打ち破った者がいたことを」
「しかし、それは貴様の未来視で既に分かっていたことじゃないか!でなければ、誰があんな化け物を世に解き放つか。それこそ、世界の終わりだ」
「ところが、お前達のようなスパイ以外のアスターロ教徒は邪神の危険性をイマイチ分かっていなかった。いや、正確には邪神の洗脳を受けた教主の影響が他の教徒へも及び、自分達も危険に晒されるとは考えもしなかった…………だな」
「そして、僕達が難を逃れたのは貴様の魔法によって洗脳が効かなかったからだ。だから、僕は他のスパイ達と共に混乱に乗じてあそこを脱出し、ここへとやってきた。後始末を全て"黒締"にやらせることにして」
「そう。全てはこちらの計画通り……………とでも思ったか?」
「は?違うのか?」
「俺が視ていた結末では苦労の末、"黒締"が邪神を滅ぼす……………まではいいが、仲間が全員殺られてしまい、失意の中、倒れた"黒締"も息を引き取る…………はずだった。だが、結果はどうだ!邪神が滅びたのは変わらない。しかし、奴も奴の仲間も全員、生きているじゃないか!こんな奴にとって都合のいい未来なんて、俺は視ていないんだ!」
急に大声で叫んだハジメに対して、周囲は困惑した表情を見せる。そして、それはズボラも同じだった。
「これで分かったか?奴は……………"黒締"は危険だ」
「けっ、そうかよ」
「ところで…………そろそろ気が付かないか?」
「何にだ?」
「俺の剣で貫かれたはずのお前が出血もなく、これだけ長い時間、話すらできていることに」
「っ!?そ、そうだ!い、一体何故!?」
「簡単な話だ。俺の魔法で貫かれた瞬間のまま時間を固定しているからだ。ついでに痛覚も遮断しているから、痛かったのは一瞬だけだった筈だ」
「な、なんだと貴様の…………」
「そんな口の利き方をしていていいのか?今、お前の命は俺が握っているも同然なんだぞ?ちょっと俺が気まぐれを起こせば、お前はすぐにあの世行きだ」
「っ!?た、大変失礼致しました!い、今までの非礼をお詫びします!だから、どうか私めの命をお助け願………」
「はい、無理…………"
「ぐばらあっ!?な、なんで……………」
「そんなの決まってるだろ」
「……………?」
「俺はお前のことが嫌いだからだ」
「主様、"十王剣武"全員揃っております」
「なぁ、もうこれで最後になるから、名前で呼んでくれないか?」
「最後だなんてとんでもない!我々は全員、どこまでもいつまででもあなたについていく所存です!」
「命令だ。俺達全員が集まるのは今回で最後。作戦が終われば、あとは好きに生きろ。それと俺のことは名前で呼べ」
「か、かしこまりました!ハジメ様!」
「よし……………では行くか」
とある城の廊下に靴の甲高い音が反響する。総勢11人にもなるその行軍はそれぞれ様々な感情を抱えながらのものになった。そんな中、一番前を歩く男はというと………………
「さぁ、世界にもう一度絶望を与えよう」
感情の読めない表情をしながら、前を見据えていた。
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