第2章 vs聖義の剣

第231話 保険

「"あお鷹爪ようそう"がやらかしたらしいな」


「ああ。今じゃ、上も下も大騒ぎだ。中にはそんな混乱に乗じて、下克上を企てようとする奴もいるって話だ…………いや、既に対抗戦や軍団戦争レギオン・ウォーを申し込まれたところもあったな」


「"黒の系譜"め、やってくれたな。俺達が与し易い存在だと舐められてるってことじゃないか」


「まぁ、勘違いする奴らも出てくるだろうが、それも数日で治まる。なんせ、上には上がいるからな。"碧い"のは上に含まれてはいなかったが」


「"碧い"ではなく、ただ"青い"だけだったってことだな」


「上手いこと言うじゃないか」


「へへっ……………お、マスターが来たみたいだな」


「よし、じゃあそろそろ向かうか」


「ああ」


「俺達はあいつらとは違う。最後に残っているのはこの"紫の蝋"だ………………保険もあるしな」








――――――――――――――――――






「売上は?」


「順調です」


「やっぱり、あそこでの宣伝が功を奏したか」


「はい。軍団戦争レギオン・ウォー以前よりも数倍伸びています。とはいっても元々の売上もとても高水準でしたが」


「誘いに乗って正解だったな。新しく縄張りまで増えたし」


「本当によろしかったんですか?あの条件で」


「ああ。ハーメルンに言ったことは嘘じゃない。力で支配したり、相互扶助なんて関係はありきたりすぎる。俺はただ気軽に行きやすい場所が増えればいい」


「まぁ、結果的にそのお考えの方が良いと私も思います。今まで縄張りになったところからは定期的に色々なものを頂いていますし、良い関係が築けているかと」


「そうなんだよな。あいつら、断ってるのに送ってきたりするだろ?まぁ、最近ではもう諦めてるが…………………この間もふらっと訪れたら、帰り際に沢山渡されたよ。是非持って帰ってくれって」


「変に力で支配せず、何も求めてこない者に対しては逆に何かしてあげたいという気持ちが芽生えるんでしょう。というよりもせずにはいられないんです。だって、それしか感謝を伝える方法がないんですから」


「感謝なら言葉で貰ってる」


「それでは到底満足できないのが与えられた者の宿命です。だから、その人の力になりたいと自分にできることを見つけて実行するんです。という訳でシンヤさん、これから覚悟して下さいね」


「?」


「新たに縄張りとなったのがどれだけの数だと思いますか?」


「…………まさか」


「人の好意を無下にしてはいけませんよ」


「勘弁してくれ」


「邪神にすら勇敢に立ち向かったお人にこんな弱点があるとは」


「俺は感謝とかされるのは苦手なんだ。どんな顔をしていいか分からん」


「まぁ、それは生い立ち上、仕方がないとして……………普通でいいと思います」


「それが一番難しいんだ」


「ふふっ」


「ティア、楽しそうだな」


「はい。いつもの凛々しい顔も素敵ですが、やっぱり困ったような顔も好きです。というより、あなたの全てが好きです」


「……………不意打ちだな。それに直球だ」


「はい。このぐらいしないとシンヤさんは揺らぎません」


「……………俺もティア、お前の全てが好きだ。というより、愛してる」


「ふえっ!?」


「凄いリアクションだな」


「ち、ちょ、ちょっと待って下さい!魔道具で録音しますから!是非、もう一度お願いします!」


「落ち着け。いつも気持ちは伝えているだろ。どうしたんだ」


「な、なんか今のはいつもと違う感じがしたんです!すっごくキュンときたんです!だから、もう一度お願いします!」


「分からん。女心、難しすぎるだろ」









――――――――――――――――――









「はい。こちら、お願い致しますわ」


「はい。確かにお預かり致しました。では後ほどギルドマスターにお渡ししておきます」


「ありがとうございますわ」


「あの〜ところで」


「はい?」


「サインをもらってもよろしいでしょうか?あと、よろしければ握手も!これだけの有名人がいらっしゃることはなかなかないので…………ほら、私だけではなく、この場にいる全員が同じ気持ちなんです!」


「申し訳ないけど、私達はあまり時間がありませんの。だから、ギルドマスターにも会わず、こうして貴方にお渡した次第ですわ」


「で、でも!」


「では失礼致しますの」


とある国の商業ギルド本部。その受付で用事を済ませたサラとアスカ、それと"十長"の1人であるバイラはすぐに外へ出た。彼女達が3人だけでこんな場所へとやってきたのには訳がある。


「あの、何故私達3人が選ばれたんでしょうか?」


「それはウチも気になるアル」


「総合的に判断してのことですわ。商業ギルドへと書類を出したことの証人として最低3人は必要だとシンヤさんが仰ったんですの。そこで"二彩"、"十人十色"、"十長"の中から1人ずつ選ぶことになりまして、事務的な作業や頭を使うことに向いている者の方がいいだろうということで私達になったんですの」


「事務的な作業……………」


「頭を使う…………」


「アスカは以前いた世界での学歴がありますし、バイラは商人を目指していただけあって数字や商売にも強い」


「「サラさんは?」」


「私は……………言える訳ありませんわ。最近ティアばかり大役をもらっていて、その対抗意識でとか…………ボソッ」


「「サラさん?」」


「な、なんでもありませんわ!とにかく、これで書類も出しましたし、一件落着ですわ」


「そうですね」


「それにしても念には念すぎるアル」


「物事には何が起こるか分かりませんわ。慎重すぎるくらいでちょうどいいですの」


彼女達が商業ギルドを訪れた理由、それはある書類を提出する為だった。その内容とは事業計画書であり、シンヤ達が展開している事業の概要とそこに至るまでの過程と動機、展望までを綴った書類だ。もちろん、どのように商品を作っているのか、サービス提供の裏側など外に出したくない企業秘密は載せてはいない。では一体何故そんなものをわざわざ提出したのか……………理由は保険であった。このまま事業を展開し続けているとどこかでいちゃもんをつけてくるところが現れるかもしれない。それを防ぐ為、事前に商業全体に強く出れる商業ギルドへと書類を提出しておくことでもしもの時はシンヤ達が正規で事業を行っていると証明してもらおうと考えたのだ。それと商業ギルド自体がシンヤ達に圧力をかけないよう牽制をしたという面もある。どちらにせよ、これで大手を振って好きなことができる。だが、これだけでは終わらない。シンヤは保険をまだまだ打ってあった。


「それが冒険者ギルドと武器・防具店への契約書の提出ですわ」


「あれにも最初は驚きましたね」


「でも、あり得ることアル」


シンヤ達の事業の中で飛び抜けてトラブルが起こりそうなものが1つあった。それは"鍛冶場ノエ"…………ノエが店主を務める武器・防具店である。彼女の店は他にはない特徴があった。それは一般職の者でも武器を買うことができるという点だ。通常、武器・防具店では衛兵や兵士、冒険者などの戦闘を生業とする者にしか売ってはならないという暗黙の了解があった。何故なら、武器の扱いを知らない一般人が人を殺めるもしくは傷つけようとする悪意で買うのを防ぐ為だ。安易に売ってしまって、何かがあってからでは遅い。だからこその危機意識だ。ところが、シンヤ達の店ではそれを良しとしてしまっている。当然、その部分に嫌な顔をする店もあるし、ギルド側も不安になるだろう。そこでそのどちらにも契約書を提出することにしたのだ。内容はノエの店で買われた武器によって何かトラブルが起きた場合はシンヤがしっかりと責任を取ること、また店内において、他の武器・防具店の宣伝を積極的に行うことでこちらに敵対する意思がないことを分かって欲しいというものだった。ちなみにそれだとハイリスク・ローリターンな商売となりそうなものだが、決してそうはならない。ノエの店の入り口には特殊な魔道具が設置されており、悪意を持って買おうとする者には速やかに退店してもらうシステムになっているからだ。これによって、今まで一度もトラブルが起こったことはない。


「これで私達にゴチャゴチャ言う輩はいなくなりますわ」


「いたとしてもほとんどが嫉妬からくる負け惜しみですよね」


「なんでも先に始めた者勝ちアル」


彼女達は足早に拠点へと急ぐ。原因は任務を終えた後のシンヤからのご褒美を期待してのものだった。

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