第229話 宣伝

「ああぁぁっ〜……………ブ、ブレス様が負けてしまった」


「ワシらは一体どうなるんじゃ…………」


「神よ…………どうか、私共に御慈悲を」


軍団戦争レギオン・ウォーの影響はなにも敗者だけに及ぶものではない。戦いの前にお互いの陣営は軍団名レギオンネームや傘下クランの名前だけではなく、縄張りまでをも公開してから始めるのがしきたりだった。その結果、どうなるか。勝てば、縄張りの地域の知名度や好感度が上がり、見届け人がその地域を他の場所で宣伝してくれる為、観光客が押し寄せて地域全体が潤う。また、敗者の方の縄張りがそこと仲良くしたいと思い、相手がそれを了承すれば交易が生まれ、さらなる発展に繋がる可能性すらある。しかし、一方で戦いに敗れてしまった方の縄張りはどうなるのか……………今までの歴史を辿っていけば、2つの選択肢が残されていた。1つは勝者の軍団レギオンによる圧倒的な力での支配。勝って気分が浮かれ全能感を漂わせた軍団レギオンは敗者の縄張りを自分達のものにし、無茶な要求をするというパターンが多かった。また敗者の縄張りというレッテルを貼られた地域は様々な悪意の対象にされやすい。そこから守ってやってるということを全面に押し出し、弱味につけ込む形で圧迫していくスタイルも珍しくはないのだ。もう1つの選択肢は勝者が敗者の縄張りを完全放棄することで守ってくれる軍団レギオンがいなくなり、そのことが耳に入った他の地域や国から襲撃されてしまうという道だった。どちらの選択肢を取ったとしても彼らからしたら、地獄以外のなにものでもなく、唯一残された勝者側の縄張りとの交易という道も成立する可能性が極めて低い為、できることといえば天に祈ることぐらいしかなかった。そして、それは映像の魔道具越しに戦場の様子を見守る彼らにとっても同じこと。彼らはこの後、自分達が辿る運命を嘆き悲しみ、せめて残された時間くらいは好きにしようと家族と共に身を寄せ合って、戦場を見つめていた……………が、この直後にそんな心配は杞憂だったと思わせる内容の発言をされたことに驚き、しばらくの間、誰1人として動くことができないのだった。








――――――――――――――――――







「"碧い鷹爪"の縄張りの奴らは全員、聞け。お前達は新たに俺達の縄張りとなる。が、ここで最初に言っておく………………俺はお前達に何も求めない!」


シンヤのその発言に映像を見ていた者達だけではなく、その場にいた多くの者達もザワッとなった。歴史上、類を見ない。通常、縄張りと軍団レギオンの関係は持ちつ持たれつなのだ。縄張り側が軍団レギオン側の求めるものを差し出し、その見返りに軍団レギオンが縄張りを圧倒的な力で以って守るという。だから、シンヤのこの発言はシンヤ達にとって本来なんのメリットもないもので彼ら以外の者達は一体何が目的なのか分からなかった。というよりも聞き間違いとすら、受け取る者も多かった。


「勘違いするなよ?だからといって、お前達が脅威に晒された時、見て見ぬフリは絶対にしない。お前達に降り掛かる火の粉は俺達が全力で払ってやる」


「「「「「払ってやるぞ!!!!!」」」」」


シンヤの発言を後押しするように彼の仲間達も声を上げる。そこまできて、ようやく聞き間違いなどではないことに気が付いた縄張りの者達。となるとこれは彼らにとって、破格の条件。むしろ、彼ら側からお願いしたいぐらいのことだった。一瞬、夢でも見ているのかと勘違いするほどの好待遇。しかし、これは紛れもない現実だった。


「またとんでもないことを仰いますね〜」


たまらず、シンヤへ言葉をかけるハーメルン。彼は驚きと興奮が入り混じった表情をしていた。


「そうか?」


「ええ。普通はそんなこと提案しませんよ」


「他と同じことをしたって、つまらんだろ。俺には俺のやり方がある」


「へ〜…………ちなみにこんなことを聞くのは野暮かもしれませんが、先程の発言にはどういう意図があったんですか?」


「いや、特にはない」


「はい?それだとあなた方だけが損するじゃないですか。冒険者は慈善事業じゃないんですよ」


「損はしないだろ。俺達が今度、新しく縄張りとなったところを訪れたら、歓迎してくれるかもしれないだろ?そうなったら、そこら辺を自由に行き来できるじゃないか。あと、人生は一度きりなんだから、何事も楽しまないとそれこそ損だろ」


「それであの提案と?」


「ああ。俺は前例のないことをするのが特に好きなんだ」


「なんともまぁ、自分がちっぽけに思えてきますね………………ところで改めてにはなりますが、今回はおめでとうございます」


「ありがとう」


「皆さん、凄くお強くて、びっくりしましたよ〜人数差がだいぶあるのにこれだけの人達が無事に残っているなんて……………やっぱり何か強さの秘訣みたいなものはあるんですか?」


「まぁ、あるにはあるが」


「おぉっ!それは一体どんな?」


「……………はぁ、仕方ないか。今回は特別に教えてやるよ」


「ありがとうございます!では、ズバリ強さの秘訣とは?」


「これだ」


そう言って何もない空間から、1本の剣を取り出すシンヤ。その芸当に多くの者達は驚いたが、余計なリアクションで話の腰を折らないよう努めて冷静なフリをした。その結果、彼の手元に無言の視線が数多く集まることになった。


「これは?」


「今回の戦いで俺達のほとんどが使っていた武器、それがこの剣だ。俺達が勝てたのはこの武器のおかげといっても過言ではない」


「ほほぉ〜…………パッと見、普通の剣ですが、これは何か特注とかですか?」


「特注も特注。なんせ、うちのノエが店主を務める店で売られている剣と全く同じものだからな」


「なるほど!あなた方は副業として色々な事業も手掛けていますもんね。そのうちの1つが武器・防具の専門店と……………ということはそこで売られているのは彼女達が?」


「ああ。他に任せず、ノエ達が打ってる。だから、性能は保証する」


「へ〜」


「ちなみに店では冒険者だけではなく、一般職の者でも買えるようになってるから、気軽に訪れて欲しい。値段はピンキリだが、一応手が出せる金額のものもある。普段は衛兵が街の治安を冒険者が魔物の脅威を退けているが、有事の際はそうもいっていられない。いつ何が起こるか分からないこの世界で自分の身を自分で守らなければならない時がくるかもしれない。そうなった時、すぐそばに武器があれば、助かる可能性はグッと上がる。何事も命あっての物種だ。この機会に是非、当店を利用していってくれ」


「シンヤさんが言うと説得力ありますね〜でも、そのお店は一体どこにあるんですか?」


「俺達が拠点としているフリーダムっていう街にある。いずれは遠くの者にも買ってもらえるよう、他の街や都市にも店を構えるつもりだ。だから、今は買えなくても安心して欲しい。時間は掛かるかもしれないが、何とかする。それが待てない者はフリーダムへ来てもらえれば、手に入るだろう」


「それは安心ですね!いや〜良いことを聞いた」


「他にも強さの秘訣はあるが聞くか?」


「是非お聞かせ下さい」


「俺達は今回、敵の人数に圧倒されないだけの精神力を持つ必要があった。だが、そんな精神力はそうそう鍛えられるものでもない。では、どうしたか。答えは……………アスカ塾だ」


「アスカ塾?それは何でしょうか?」


「うちのアスカが塾長を務めるあらゆる習い事ができる塾だ。ここに通い詰めれば、精神力が自然と鍛えられる。現にうちのメンバーもここに通ったことがある」


「へ〜」


「次にレストラン"ラ・ミュラ"。ここは作るのに技術の必要な料理が次々に出される。ここで働いていたうちのメンバーは自然と器用になり、戦いの技も磨かれていった」


「一見、無関係そうなところが繋がるんですね!」


「最後に銭湯"かぐや姫"。ここは疲れた身体を癒したり、体調を整えたりするのに最適。うちのメンバーは決戦前とかに入ったりする」


「いいなぁ〜気持ち良さそう」


「以上のことから、心・技・体は全て今挙げたところで培うことが可能。これを聞いた者は試しに訪れてみて欲しい」


「なんだか今すぐにでも行きたくなってきました」




この後、事業全体の売上が伸びたのは言うまでもない。

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