第220話 クリーム
商業が盛んな街、ロンド。ここは商いを始めた者にとって登竜門のような存在の街である。一度街へと入れば、通りを埋め尽くす店の数々が観光客や冒険者を出迎える。毎日、同業種の店が鎬を削り、弱者は淘汰されていくこの街では冒険者ギルドよりも商業ギルドの勢いの方が遥かに強い。商売に憧れを抱いた若者が故郷を離れ、新人としてやってくるケースが多く見られる為、そういった者を一から教育する機関が必要となり、発足されたのが商業ギルドだ。しかし、稀に店を営んでいる者に直に弟子入りを頼む新人も現れ、断られるといったこともある。いずれにせよ、"商売を始めたいのなら、まずはロンドを目指せ"という言葉が広まっている以上、新人がこの街に集まるのは自然なことだった。ちなみに新人の期間を終えてもそのまま商業ギルドに所属し続けることは可能であり、また新人ではないが商業ギルドに所属していない者が途中から所属することも特に禁止されている訳ではない。とにかく、個々人の商売形態の違いはあれど、この街に今もなお現役で活動できている時点で熾烈な争いを勝ち抜いた猛者であることは疑いの余地もない。そして、そんな環境において、とある場所に客が行列を作る店があった。
「いらっしゃいませ〜"リームのクリーム屋"へようこそ〜」
そこはクラン"黒天の星"銅組組長のリームが店主を務める店だった。クラン支部として、この街に購入したクランハウスの隣の建物。そこには以前、とある事業を営む夫婦が仕事場兼自宅として住んでいた。しかし、どうにも経営が上手くいかず、継続を断念。その建物も売りに出され、最近まで買い手がつかなかったのだ。そこでちょうどいいと考えたリーム達が即決で購入。居抜き物件であった為、そもそもの金額も安く済み、後は掃除や軽く物を揃えるぐらいで事足りた。で、その結果、完成したのが"リームのクリーム屋"である。これは生クリームを使ったお菓子を販売する店でコンセプトとしては子供からお年寄りまで幅広い世代の口に合う商品を提供することだ。もちろん、商品だけではなく内装もこだわり魔道具やスキルを駆使して快適な空間を演出している。店員は皆、銅組の組員である見目麗しいエルフの女性達。口だけではなく、目の保養も忘れてはいない。こういった細かい気遣いのおかげで行列のできる店になっているといっても過言ではないのだ。
「お前、一体いつから並んでるんだ?」
「6時間前からだ」
「長っ!何の為に!?」
「そんなの1つしかないだろ」
「まぁ、食い物の店に並ぶっつったら、食べる為だろうが……………にしてもこんな行列に並んでまで買う程のものなのか?店の名前もなんだかダジャレっぽいし」
「ふっ、お前もまだまだだな」
「は?」
「あれを見ろ」
「ん?あれは…………」
「俺と同じ穴の狢で長時間待機組だ。凄い奴だと2桁時間も待っている奴がいる」
「くだらねぇ!たかが食い物、それもスイーツごときに!どんだけ暇なんだよ!ここは商業の街だろ!?仕事しろ!」
「あとお前、店の名前を馬鹿にしただろ?言っておくが、そんなことする奴はお前ぐらいだ。その証拠にあいつらを見ろ」
「今度は何だ?」
「店の名前が入った服を着て、リームさんの顔が描かれた団扇を持った集団だ。今じゃ、ああいうファンクラブまでできている」
「仕事しろよ!」
「これで分かったか?お前はこの中じゃ新参もいいとこだ。意見を言いたきゃ、ここに通い詰め、どっぷりと芯まで染まり切ってからにするんだな」
「そこまでは勘弁願いたいんだが」
「じゃあ、お前は俺達と違って、ただただ菓子を買いに来たってだけなのか?あそこで働いている店員達を見ても何とも思わないとでも?」
男が店内へと目を走らせると元気な声が聞こえてくる。
「いらっしゃいませ!」
「お買い上げありがとうございます!」
「少々お待ち下さい」
エルフの女性店員達が店内を動き回る度、客はそれを目で追う。完全に目の保養になっていた。
「………………」
「あれだけ美人で仕事もできる、さらに冒険者としても一流とくれば、目を奪われない方がおかしい」
「ま、まぁな」
「で?お前はどの子がタイプなんだ?」
「う、うるせぇな!別にいいだろ、そんなこと」
「ここまできて隠すのかよ………………ん?ちょっと待て。今、ピンと来たぞ。もしかして、お前、リームさんが目当てなのか?」
「っ!?だ、だったら、どうだっていうんだよ!」
「図星か。だが、まぁ、悪いことは言わねぇ……………あの人はやめておけ」
「何故だ?」
「いや、この店は今日で開店3日目な訳だ。で、初日にお前みたいな奴が下心満載でリームさんへと近付いていったんだよ。そしたら……………」
「そ、そしたら?」
「一発で見抜かれて、こう言われたんだ。"アタクシを満足させられるかしら?"と」
「……………」
「その時、その場にいた全員が悟ったね。ああ、この人に釣り合うのは無理だと」
「はぁ…………そうだな」
「まぁ、そう落ち込むな。何も悪いことばかりではなかったぞ。現に男はそのおかげで別のものに目覚めることができたんだからな」
「別のもの?」
「まぁ、平たく言えば"こちら側"に来たってことだ」
「?よく分からんが……………それよりもお前の方はどうなんだよ?あのエルフの女性達や考えたくはないがリームさんのことを狙って……………」
「安心しろ。俺は熟女にしか興味がないからな」
「……………は?」
この後、リーム狙いだったこの男が別の魅力に取り憑かれるのも時間の問題だった。
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