第215話 麗鹿
「はい。確かに受け取ったわ」
「うぅ…………アタイの財産が」
「しばらくは野草で飢えを凌ぎましょう」
「っていうか、何でアタイのポケットマネーから渡さなくちゃならないんだよ!普通、こういう時って連帯責任じゃないのか?」
「今回の一件は明らかに普通から逸脱したケースです。なんせリーダーである貴方が私達の意見も聞かず、勝手に突っ走った為に起きた訳ですから」
"黒天の星"のクランハウス内の応接室。現在そこにはウィアと副クランマスター、シーフォン、そしてクーフォがいた。この日は模擬戦の次の日であり、戦利品を貰おうとクーフォが3人を早朝から呼びつけたのである。
「で、でもよぉ……………クーフォは獣人でしかも珍しい九尾種。その上、強くて性格もアタイ好みで何より………………めちゃくちゃ可愛いんだよ!」
「そんなの知りません。そもそもそれとこれとは話が別です」
「それが別じゃないんだよ!聞いてくれよ、ディア!」
「いいえ、今回ばかりは聞きません」
「あのさ、痴話喧嘩なら他所でやってくれない?私、暇じゃないんだけど」
「「誰のせいだと思ってる(んですか)!!」」
「いや、自業自得でしょ」
「クーフォさんの言う通りですね」
ウィアとディアの訴えに対し、冷静に反応するクーフォとシーフォン。いつの間にか、2対2の構図が出来上がっていた。ちなみにシーフォンは医務室での一件以来、クーフォのことを慕っていた。どうやら、自分の間違いを正してくれたことと強さの一端を間近で感じ取ったことが理由らしい。
「でも資産の半分にしてあげたんだから感謝して欲しいわね。だって、もしもあれ以上しつこく絡んできていたら、あんたどうなっていたか分からないのよ」
「ま、まじかよ…………お前達って噂通りなのな」
「それと野草生活って大袈裟すぎでしょ。天下のSSランク冒険者なら、しこたま稼いでるに決まっているじゃない。っていうか、今からでも高ランクの依頼をいくつか受ければ大丈夫でしょ」
「それがそうでもないんですよ」
ディアが眼鏡のブリッジを人差し指で抑えながら、伏し目がちに言う。
「うちはクランとしても大所帯でその上、傘下をいくつも抱えていて、それが全て獣人族で構成されています。基本的に皆、好戦的かつ食欲旺盛で何事も派手にやりたがるので一々お金が掛かって仕方がないのです。ですが一番の問題はこの人です」
「え?アタイ?」
ディアがウィアを横目でチラリと見ながら、呆れたように言った。一方のウィアは特に心当たりがないのか、ポカンとしている。
「稼いだら稼いだ分だけ派手に使おうとするんです。食事や武器・防具、その他諸々……………それも傘下の分まで」
「だって、あいつら全員アタイの可愛い子分なんだもん」
「リーダーが率先して金遣いを荒くしているので下の者もそれを見て真似をしてしまって……………私がなんとか無理矢理、少しずつ貯金させているからいいものの、そんな生活を続けていけば、いずれは破綻してしまいます」
「あっそ。でも、こいつのそんな器の大きなところにみんな惹かれているんじゃないの?」
「クーフォにそんな感じで褒められると嬉しいな」
「勘違いしないで。私はただ客観的な意見を言っただけ。そこに私の感情は含まれてないわ」
「く〜っ、そのつれない態度もいいな〜」
「コ、コホンッ!た、確かにウィアはだらしなくて大雑把で雑で不器用ですが………………そのカリスマ性と器の大きさ、圧倒的な実力によって多くの獣人族にとっては憧れの存在です。その為、あれだけの数の獣人達が集まり、今では
「まっ、でも今じゃ獣人族最強の座はクーフォのところの副クランマスター、"銀狼"に持っていかれたけどな」
「そんな淡々と仰らないで下さい。私達は貴方を慕い集まったのですから。私達にとってはいつまでも貴方がNO.1です」
「ディア………………」
「コホンッ!だから、そういう痴話ノリは他所でやってもらえるかしら?」
「「そんなのやってない!!」」
「あっそ。まぁ、そんなのどうでもいいけど……………それよりもディアに聞きたいことがあるんだけど」
「何でしょう?」
「"麗鹿"って知ってる?」
「ええ、それはまぁ。有名ですからね。特に獣人族で知らない者はいないのではないでしょうか」
「どんな人?」
「何故、それをウィアではなく私に聞くのでしょう?」
「いや、"麗鹿"って二つ名だから鹿人種なんじゃないかなと思って。だとしたら、同じ鹿人種のディアに聞くのがベストじゃない?同族のそれも同種の人のことだったら調べていても不思議じゃないし」
「なるほど。そういうことですか。確かに同じ種であれば、他の種と比べて理解は深いと思います」
「ってことは?」
「ええ。彼女のことは詳しく知っています。それも調べるまでもなく」
「?………どういうこと?」
「"麗鹿"ケリュネイアは私が知りうる限り、最強の鹿人種であり……………私の実の姉です」
――――――――――――――――――
ここはとある王国の跡地。見渡す限り、無人のこの場所はたまにふらっと立ち寄った冒険者が一休みをする為に使われている。剥がれた床石と壁につけられた傷がここで起きた戦の凄惨さを物語り、原型を残したまま難を逃れた建物が以前の穏やかな暮らしを表していた。それらを見つめているとまるでつい昨日まで平和で長閑な生活が営まれていたかのよう……………しかし、現実は違う。どれだけ望んでも帰ってはこない人と日常。再建される様子のない棄てられた王国。喉元まで突きつけられたこの現状は非常に残酷で妥当だ。それ故に紛れもない現実であり、元王国民も戻ってはこないのである。
「皮肉なことね。なくなってからが美しいだなんて」
陽の光が優しく照らし、所々に植物も増えてきた。さらには人もいなくなり、野生の動物や魔物が安心して現れるようになるといよいよもって自然が作り出す天然の揺り籠となる。そんなことを考えながら、跡地を歩く1人の女性がいた。
「そろそろ戻ろうかしら」
それはエメラルドグリーンの長髪をした儚げで美しい鹿人種の女性だった。
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