第214話 戦利品

「嘘だ!お頭があんなのに負ける訳がない!」


ギルド内の医務室に悲痛な叫びが響く。試合終了後、気絶したウィアは仲間達によって医務室へと運ばれ、ベッドの上に寝かされた。身体の損傷具合については致命傷に至るような傷は特になく、軽い処置を施されただけで後は寝ていればいいということになった。それから30分程経った頃、仲間達に見守られながら眠っていたウィアは急に目を覚まし、身体の具合を確かめつつ、周りから労いの言葉をもらっていたところ、1人の仲間が憤慨しだしたのだ。


「お前は何を言っているんだ?アタイは正真正銘、試合に負けただろ」


「いや!あの時、お頭は全然本気を出していなかった!じゃなきゃ、あんな小娘に負けるなんて有り得ない!」


「シーフォン、貴方はちゃんと試合を見ていたのですか?」


たまらず苦言を呈したのはウィアのクランの副クランマスターだった。鹿人種である彼女は眼鏡を中指と人差し指でクイッと上に持ち上げながら、鋭い眼光でシーフォンと呼んだ少女を睨み付けた。


「み、見ていたさ!だからこそ、信じられないんだ!あんな負け方!アタシ達のお頭があんな負け方をするはずがない!ましてや、アタシと同い年くらいの奴なんかに!」


「シーフォン…………貴方、いい加減に」


とその時だった。複数の足音と共に医務室の扉が開かれたのは。そして、全員の視線が集中する中、そこに現れたのは……………先程まで対戦相手だったクーフォとその仲間達だった。


「あ、ちゃんと目を覚ましてるわね」


「お前…………どうして」


「いや、そろそろ目が覚める頃かなと思ってね。どう?身体は」


「あぁ、あんな攻撃を食らったにも関わらず、そこまで辛くはないな。逆に今までよりもずっと軽い気がするくらいだ」


「そう。ちゃんと効いてて何よりだわ」


「ん?……………もしかして、お前が?」


「ええ。試合で負ったダメージや傷の回復、それとついでに溜まっていた疲労も解消しておいたわ」


「おお、それは有難いな!」


「じゃないとまともに話もできないかと思ったのよ」


「話?…………まさか、気が変わってアタイの仲間に」


「んな訳ないでしょ。勝ったんだから、戦利品を貰いに来たのよ」


「おぉ!そういえば、お前が勝った時に何を渡すか決めていなかったな。待ってくれ。今、考える…………」


「おい、お前!」


ウィアがクーフォに向かって言い切る前に突然、2人の間に割って入る声があった。クーフォが来るまで医務室内で喚いていたシーフォンという少女だ。


「その必要はないわ。もう何を貰うか私の方で考えてきたもの」


「無視をするな!失礼だろ!」


当然、そんな少女の口撃など無視を決め込もうとしたクーフォ。しかし、次の瞬間には無理矢理、視界に入る動きを見せてきた為、仕方なく相手をすることにした。


「失礼なのはどっちよ。話しているところに勝手に割り込んできて邪魔をして……………そもそも誰よ、あんた」


「アタシはシーフォン!お頭のクランのメンバーだ!」


「へ〜…………で?」


「何だ、その態度は!お前みたいな卑怯な奴にそんなデカい顔をされる筋合いはないぞ!」


「は?」


「シーフォン!」


周りが止めようとするのも構わず、シーフォンは捲し立てる。


「お前みたいな奴がお頭に勝てる訳がないんだ!汚い手を使ったに決まってる!そんなんで勝って嬉しいか!」


これには思わず頭を抱えだすウィア。そのすぐ横では副クランマスターの女性の眉間に皺が寄っていた。


「私はそこの"赤虎"にいきなり絡まれて勝負を挑まれたの。完全に被害者よ。その上、そこに進退も賭けさせられて……………だから勝って嬉しいとか、そんな低い次元の話じゃないのよ。ただただ巻き込まれて迷惑。それだけよ」


「な、何だと!」


「それに天下のSSランク冒険者が汚い手を使われたぐらいで負けるなんてこと、そうそうないでしょ。ってか、そもそも使わせないでしょ。そんなことも分からないの?馬鹿なの?」


「お、お前な!」


「それだけ悔しくて私を悪者に仕立て上げたいのなら、いいわ。かかってきなさいよ。もし、あんたに負けるようなことがあれば、あんたが正しかったことになるでしょ」


「い、言ったな!覚悟しろよ!」


「ほら、早く来なさいよ」


「舐めるな!…………"強化魔法"!くらえ!」


挑発に乗ったシーフォンは真っ直ぐにクーフォ目掛けて、突撃する。ところがすぐに横から邪魔が入り、彼女は床へと叩きつけられてしまった。


「ぐはっ!……………な、何が」


「今のを知覚できなかった時点であんたの言い分は破綻したことになる。私の部下にさえ勝てないようじゃ話にもならないわ」


「お、おい!アタシはお前と戦うって」


「本当の実力者ならば、あのレベルの邪魔は退けられて当然。現にあんたんとこの副クランマスターとクランマスターはちゃんと対処できていたはずよ」


「ぐっ…………」


「私の言いたいことが分かるわよね?今、横槍を入れたのは私の部下で結果、その強さはあんたを上回っていた。となると私の実力は?」


「……………」


「どう?これで満足したかしら?」


「そ、それは」


「それともまだやるつもり?もし、そのつもりなら………………手加減はできるか分からないわよ?」


「「「「「っ!?」」」」」


その瞬間、医務室内にいるクーフォ達以外の全ての者の背筋が凍った。溢れ出す殺気、圧倒的なオーラ。これ以上、刺激してはならないと感じる生物が他にはいないと錯覚するほど濃密なものだった。


「ご、ごめんなさい!アタシの勘違いでした!それから、色々とすみませんでした!」


「アタイからも謝らせてくれ!仲間が失礼した!ごめん!」


「この度は同胞が数々の無礼を働き、誠に申し訳ございませんでした!私の方できつく叱っておきますので何卒ご容赦願います」


慌てて謝罪するシーフォン。そして、上の者として仲間の無礼を止められなかったことを深く詫びるウィアと副クランマスター。それらを面倒臭そうに見るクーフォ。周りから見たら、よく分からないその状況下で1つだけ確かなことがあった。それは……………


「あ、戦利品、思い付いた……………とりあえず、資産の半分をよこしなさい」


クーフォは常にマイペースだということだ。

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