第41話 とある冒険者の過去
俺は本当の両親の顔を知らない。なぜなら、捨て子だったからだ。ある寒い日の夜、毛布に包まれた状態で地べたに置かれていたらしい。それもかなり危険な場所に…………。俺が生まれ育った国は世界的に見ても比較的安全だという認識があった。犯罪発生率が周辺国と比べて低く、食料の入手が比較的安易。勉学や仕事も成果に応じた将来が待ち受けており、福利厚生もしっかりしている。また、国柄的にそこに住む国民は大らかで優しく、気遣いのできる気質を持っていることが多かった。ここまで聞くとその国での暮らしはさほど難しくないどころか、むしろ、とても生活しやすい環境が整っているように思える。しかし、潤う者がいる一方、その反対にあらゆる艱難辛苦に耐えることを強制される者達がいることもまた事実だった。勝者がいて、敗者がいるように、得をする者もいれば、損を被る者もいる。物事は表裏一体。多くの人々が何の不自由のない生活を営んでいく裏で一体、どれだけの者達が苦しみ、傷つき、もがいていたか。一口に苦しみと言ってもその種類は多岐に渡り、それが先天的なものによるものなのか、はたまた後天的なものによるものなのか人によって、変わってくるが、1つだけ確かなことがある。それは…………悪意や理不尽とは決してなくならず、誰に降りかかるのか分からないということだ。生まれた時から、能力や運、才能、そして環境はそれぞれ平等に与えられるものではなく、もしかしたら、その時から既に理不尽を強いられているかもしれないのだ。イメージはサイコロを振り、出た目が〜以上でこの能力といった具合に振り分けられる、もしくはガチャを引いて当たりを引くかどうかといった感じだ。つまり、何が言いたいのかというと生を受けたその瞬間から勝負は始まっており、自分が一体、どういうステータスで戦っていかなくてはならないのかをいつ自覚するかが全てであるということだ。同じことをするにしてもステータスが違うのであれば、結果は変わってくる。その原因を親身になって汲んでくれるほどその国や国民には余裕がなかった。先も言った通り、国が豊かになる分、代償を支払っているのだ。それは時間や生活、身体的労力などもである。いちいち家族でもない他人のことを気に掛けている余裕などないし、義理もないのだ。しかし、そのツケは必ずやってくる。結局、大元の原因を解決せずに放置して見て見ぬフリをすることでその場を凌ぐ。臭い物に蓋をするその精神ではいずれ瓦解するのは時間の問題なのだ。そうした後回しのせいで生まれた特殊な場所が俺が捨てられていた場所だった。そこは日夜、危険が蔓延るような場所で"廃棄場"と呼ばれていた。殺人や窃盗が横行し、その日生きていられる保証など、どこにもない場所。治外法権な為、警察の介入がなく、住民は生きていく為に道徳に反した行いを繰り返していた。そんなところに捨てられた俺はいくら赤子といえど、見つかれば、タダでは済まない。もし、そうなったら、人身売買の商品として扱われるか、交渉の材料、もしくは俺自身が食料となってしまうかのどれかである…………俺は最初の段階から、既に環境には恵まれていなかったのだ。しかし、どうやら、運には恵まれていたようだ。俺は寒空の下、凍死する寸前である男に拾われたのである。これが俺と今後、育ての親となる男との初めての出会いだったらしい。
――――――――――――――――――――
名字は男のものと同じで名前は俺達が初めて会った時間帯から付けられた。そのことを知ったのは10歳の時だった。と同時に本当の両親に捨てられたと知ったのもこの時だった。別にそれで何か変わる訳ではなかった。本当の両親とは思い出がないのだ。俺にとって、親はこの世でただ1人だけ。それを男に伝えたところ……………
「ぶぉっふぉふぉ………お前も可愛いところがあるんだのぅ」
「う、うるせぇ、ジジイ!今すぐ八つ裂きにするぞ!」
「ほぅ?できるものなら、やってみるがよい。ま、"四古那"程度に遅れをとるようでは100年早いがの」
「てめぇ!絶対、後悔させてやる!」
その男は"廃棄場"で暮らし始める前から元々、武術……特に剣術に秀でていたらしい。一体、どんな経緯があって、その場所へと辿り着いたのか、どのくらい長くいるのかなどは最後まで分からなかったが、これだけは言える。俺はその男に救われたのだ。男からは色々なことを学んだ。勉強、生活の知恵、手先を使った技術、常識………そして、殺人。"廃棄場"にいる人間は国民として見なされない為、身分証なども発行されず、学校に通うことができなかった。では一体、どうやってそこの住民は生きているのか…………それはたまに外から入ってくる食べ物を交渉で手に入れたり、奪ったりして、なんとか暮らしていたのだ。つまり、ここで生きていくには知力か武力、そのどちらかを用いなければならないのである。男は俺に物心がついたタイミングでこの"廃棄場"の真実を説いた。その日から、俺はこの場所に順応する為に過酷な毎日を送ることとなった。勉強や知恵・常識を学ぶ為の本は外から入ってくるのを自力で入手させられた。食べ物や服・武器なども自力で。何度も危ない目に遭ってはその対処法を学んで次の日を迎え、その日も同じことをして、また次の日へ、その繰り返し………身体には様々な傷が刻まれていき、今になってもそれは消えていない。逆に数え切れないほど、多くの者を手に掛けたこともあった。自身が加害者になろうが、被害者になろうが思っていたことは常に一つだけだった。"生きていく為にはこうするしかないんだ"と………。だから、最初はこんなの人のすることじゃない、あいつは俺で遊んで楽しんでいるんだと苛立ちが募り、それを本人に直接ぶつけたこともあった。今、考えるとなんて幼かったのだろう。自分が弄ぶ為だけに赤子を拾い、飯を与え、生きていく術を授け、常に見守る?そんなこと、あり得る訳がない。皆、生きていくだけで精一杯。明日の飯もあるか分からない状況でそんなことをする余裕なんてないのだ。しかし、当時の俺は気付くことが出来なかった。本を持ち帰る度、そこに書いてあることを詳しく説明してくれた理由に、食料を持ち帰る度、栄養のバランスを考え、丁寧に調理してくれていたその理由に、いつも俺が現場に向かう度、こっそりと後ろから着いてきて、見守ってくれていた本当の理由に…………。全ては俺の為だった。俺が今後、より良い人生を送っていけるよう、男は常に慮ってくれていたのだ。そして、そんなことにも気が付かぬまま、男と過ごす最後の日が訪れたのだった。
――――――――――――――――――――
「飯はどうする?」
「さっき、食っただろ?ジジイ、ボケたのか?」
「馬鹿にするでないわ!ワシはまだまだ元気じゃ」
「そうかよ」
「で、飯はどうする?」
「張っ倒すぞ」
それは俺が16歳の頃のことだった。1年程前から、男は冗談なのかなんなのか、同じことを何度も訊いてきたり、時々ボーッとすることが多くなっていた。また、ふらっとどこかへ出かけたかと思えば、すぐに帰ってきたり、それから2、3日帰ってこなかったりすることもあった。だが、その頃の俺は既に男よりも強くなっていたし、ある程度、知恵も身に付けていた為、1人で現場まで行って欲しいものを手に入れることなど簡単だった。だから、男の力など借りなくても大丈夫。俺は強くなったんだ。俺が一歩、外へと踏み出せば、ほら、周りの人間はみんな避けていく。おそらく、恐れ慄いているのだろう………と。俺は完全に慢心していた。油断していた。男のおかげでここまで生きてこれたなどと思いもしていなかった。そして、その驕りが男を殺すことになるとはもっと考えていなかった。
「…………ん?ここは………」
「お?目覚めたかい、坊っちゃん」
「あん?てめぇら、誰だよ………ってか、なんだ、この縄?」
「覚えてないの?うちらと殺り合ったこと」
「は?…………待てよ…………確か、食料を適当な奴から奪おうとして、それで………」
「そうそう。んで、坊っちゃんが選んだのがこれまた最悪の相手でな………なんとうちのボスなのよ」
「…………思い出した。食料を大量に持って、ふんぞり返ってるのがムカついて襲い掛かったんだ。ってことはてめぇら、まさか………」
「お察しの通り、このあたり一帯を取り仕切る勢力、"四古那"の…………雑用だよん」
「雑用かよ」
「いや、だって、上の人達って化け物揃いじゃん。ただでさえ、ボスに認められるの自体、難しいのに昇級なんて無理無理」
「はんっ………俺はこんなボンクラ共に捕まったってのか」
「それは違うよん。捕まえたのはボス自身。襲い掛かってきた坊っちゃんを返り討ちにして、うちらに託したのよ」
「じゃあ、最初の方に言っていたうちらと殺り合ったってのは?」
「いや、だから、うちらもボスの近くにちゃっかりいたのよ。見学と称して、ついて行ってたからねん。だから、殺り合ったうちに入るでしょ?」
「…………なんかお前と話していると頭が痛くなってくるわ」
「そう?じゃあ、良い感じに頭も回ってきたところでボスから言付かっていることがあるんだけど、聞いてくれる?」
「なんだ?」
「じゃあ、言うわよん…………"お前から大事なものを奪った。返して欲しければ、俺達のアジトまで来い"だってさ」
「……………」
「どうしたのん?黙っちゃって」
「…………俺に大事なものなんてない。金も地位も名誉も………本当の両親すら、いないんだぞ。強いて言うなら、俺にとって、大事なものは俺自身だ」
「あら、そうなの?………でも、おかしわねん。じゃあ、ボスが担いでいた小汚いジジイは一体、誰なのかしら?」
「………お前、今、なんて言った?」
「え?ボスが担いでいた小汚いジジイ?」
「場所を言え」
「へ?」
「お前らのアジトの場所を言え!」
――――――――――――――――――――
「来たか、坊主」
「てめぇ………用があるのは俺だけだろ。そいつは関係ねぇはずだ」
「は?…………やっぱり、お前は気付いてなかったんだな」
「何をだ」
「教えてやろうか?」
「や、やめとくれ!その小・僧・は関係ないんじゃ。ワシが勝手にしていることなんじゃ」
「ジジイ………一体、何を隠してやがる」
「おいおい、普段は小僧なんて他人行儀な呼び方で接していないはずだろ?そんなに知られたくないのか?」
「や、やめとくれ」
「なんなんだよ」
「か〜ぁ………いいね、親子愛。血は繋がっていなくても守ってやりたいってか?だが、残念だな。俺は今から真実を伝えるぜ。お前がこの1年程、一体何をしていたのか」
「約束が違うぞよ!」
「しゃらくせぇ!黙ってろ!いいか、坊主…………この老いぼれはな、ここ1年程、誰かさんの為に俺達のところに頭を下げに来て、あるお願いをし続けていたんだ。それは一体、何だと思う?」
「…………分からない」
「へっ。親の心、子知らずとはこのことを言うんだな。その老いぼれはな、こう言ったんだ…………自分の倅は最近、調子に乗ってきている。このままではいつか足元を掬われ、取り返しのつかないことになりかねない。そう、例えば、不意を突かれて殺されてしまうとかな。だから、そうならないよう俺達"四古那"が睨みをきかせて、その倅とやらを他の誰からも襲われないよう計らってくれないかとな」
「……………」
「うぅぅ………」
「笑っちまうよ。俺達が引き受けるまで何度もここに足を運んでは土下座をして、惨めったらしく"頼む"と縋りついてくるんだぜ?だが、俺達も鬼じゃない。ある条件と引き換えに引き受けてやってもいいと言ったんだ」
「条件…………?」
「そう、条件。それもたった一つだけだ。安いもんだろ?こんな場所で暮らしているお前なら、分かるはずだ。こういう時の相場はそんなもんじゃきかないことを」
「…………」
「俺達が出した条件は"俺達の命令には何でも従うこと"。たった、それだけだ」
「……てめぇ…!!」
「おっと、そこを動くなよ?こいつがどうなってもいいのか?」
「くっ………」
「で、俺達はこいつとそんな取引きをしてた訳だが…………いや〜随分と楽をさせてもらったわ。なんせ、食料を持ってこいと言ったら、廃棄場を駆けずり回って集めてきたんだからな。おそらく、あの量は自分の分まで差し出していたんだろう。よく、そんな状態で餓死しなかったもんだよ」
「………!!」
「あとはサンドバッグとしても重宝したな。たまに当たりどころが悪くて、頭を殴っちまったりしたこともあったが…………だが、勘違いするなよ?俺達はそれと引き換えにちゃんとこいつの要望を叶えてやろうと動いていたからな?」
「………黙れ、ゴミ野郎」
「あん?」
「黙れって言ったんだよ、このゴミ野郎が!!」
「お前、自分の立場が分かっているのか?」
「ああ。今、気付いた…………自分が一体、どれだけ愚かでろくでなしでどうしようもなくて、そして…………親不孝な立場かを」
「は?お前は何を言っているんだ?」
「俺はどうかしていた。義理も果たさず、受けた恩を仇で返し、今日までのうのうと生きてきた。自分がこの世で最も強く偉くなったんだと思い込んで」
「……………」
「もし、ここで気が付かなければ、この先死ぬまで一度も恩返しが出来ないままだったかもしれない…………だが、幸か不幸か、この状況になって、ようやく気付くことができた。だから、俺は今から、あんたを………親父を救う。それが俺にできる唯一の恩返しだ!」
「…………!!」
「お前、話聞いてたのかよ。主導権を握ってんのはこっちだって………しゃあねぇ、お前ら、やっちまえ」
「お前らって、誰のことを言っているんだ?」
「は?仲間のことに決まっているだろ」
「それなら、もういないぞ。ここに来る途中で全員、殺ったからな」
「なんだと!?50人はいたはずだぞ」
「んなの関係ねぇよ。俺にとっちゃ、2人だろうが10人だろうが、50人だろうが変わらねぇ」
「とんでもない化け物だな…………ならば、早めに………っ!!」
「させないぞ」
「いつの間に俺の横に」
「左手付近に光るもんが見えたからな。いつでも動ける準備はしていた」
「くっ………これでは何もできない…………なぁんちゃって」
「ぐふっ………」
「は?」
「こんなこともあろうかと右腕に隠しておいたナイフが…………って、ぎゃあああ!俺のう、腕が」
「お前は速やかに逝け」
「何を………ぐはっ…………」
「おい、ジジイ!しっかりしろ!」
「………何をそんなに慌てておるのじゃ。こんなのかすり傷だわい」
「馬鹿言ってんじゃねぇ!心臓、刺されてんじゃねぇか!」
「大げさじゃよ…………いいか?今から、ワシが言うことをよく聞くんじゃぞ」
「おい、説法なんて何年ぶりだよ。それ、死ぬ間際に言う台詞じゃねぇか」
「黙って聞け…………お前は本来、聡明で器用で運動も勉強も何でもできて、何より人の目を引く魅力が沢山、詰まった奴じゃ」
「なんで急にそんなことを言うんだよ………褒めたことなんて、今まで一度もねぇだろ」
「じゃが、ちと思考が固すぎるきらいがある。もう少し柔軟に考える癖をつけておけ。世の中はお前が思っているよりも単純じゃ。あと、慢心はいかんぞ。いついかなる時でも警戒は怠るな」
「お、おい」
「自分の周りで起きていることを当たり前だと思うな。常に感謝して生きろ。これも基本じゃぞ。よいな?」
「おいって!」
「あとは…………」
「いいから、聞いてくれ!」
「なんじゃ、騒々しい」
「…………もしかして、ここ1年程、やけに飯の話が多かったのって、食料をあいつらに差し出してて常に腹が減ってたからか?」
「……………」
「頭を殴ったことがあるって、あいつは言ったたよな?もしかして、何回も同じことを聞いたりするのは脳に何らかの障害、もしくはダメージがあるってことなのか?」
「……………」
「俺が廃棄場を出歩く時、周りの奴らが避けていくのも"四古那"が睨みをきかせていたからか?」
「……………」
「答えろよ………本当のことだったら、そうだって言えよ!なんなんだよ!なんで、そんなに………所詮、他人だろ!俺とお前は血が繋がってないんだぞ!放って置けよ!自分中心に世界が回っていると調子に乗っていた小僧の1人ぐらい、死んだところで…………!!」
「ふざけるな!所詮、他人?血が繋がっていない?小僧が1人、死んだくらいで?二度とそのようなことを言うでない!確かに世間一般から見れば、そのような認識なのかもしれぬ。じゃが、それがどうしたというのじゃ!ワシから言わせれば、そんなものはクソ喰らえじゃ!大事なのはワシがお前をどう思っておるのかじゃ!!」
「な、なんだよ………そんなこと言って…………俺のせいでこんな目に遭っているんだ。どうせ憎たらしくて仕方ない………」
「愛しておるよ」
「………え?」
「ワシにとって、初めての息子であり、孫であり、弟子じゃ。可愛いくて仕方ないに決まっておろう。今でも時々、昔の小さかった時の写真を見ては1人でニヤニヤとしておるよ。常にお前のことを考えておる。それだけでワシは幸せなんじゃ。他には何もいらぬ。お前さえおれば、ワシはそれでいいんじゃ…………先程、恩返しがどうとか言っておったな?それなら、もう既にしてもらっている。お前が元気にこの歳まで生きてくれている。ただ、それだけでいいんじゃ。家族とは無償の愛を注ぐもんじゃからな」
「……………」
「どうした?泣き虫はこの歳でも治らんか?」
「な、泣いてなんかない!目に埃が入っただけだ」
「お決まりの台詞だのぅ」
「………ジジイ、一度しか言わないから、よく聞いとけよ」
「?」
「俺もお前のことを本当の父親のように思っている」
「んなっ!!」
「俺も………その………愛してる」
「こ、これは夢なのか?あんだけ普段は生意気なのに」
「う、うるせぇ」
「…………冗談は置いておいて、最期にもう1つだけ聞いとくれ」
「……………」
「なぜ、お前のことを"四古那"の連中に頼み込んだのかというと、別にお前が弱いとか、足元を掬われるなんていう理由からではない。そんなのは後付けじゃ」
「それじゃあ、一体………」
「実はの、お前にはこれ以上、その手を血で染めて欲しくなかったんじゃ。お前はこんな場所で一生を終えるような男ではない。ここを出て、外の世界で生きていって欲しいと思っておったんじゃ」
「そんなの……」
「無理ではない。お前なら、できるはずじゃ。一番近くで共に過ごしてきたワシが言うんじゃから、間違いない。お前はここを出て、おそらく何かを成し遂げるじゃろう。それが良いことなのか、悪いことなのかは分からんが、お前を求めて多くの人間が集まってくるのは確かじゃ。じゃが、全てを背負う必要はない。自分がやりたいと思った通りのことをする。それでいいんじゃ」
「……………」
「そうじゃな………ここを出てやりたいことが見つからない場合はまず、里親もしくは親代わりの者を見つけてみてはどうじゃ?どうせ、ワシがいなくなったら、寂しくて夜も眠れなくなりそうだからの」
「はぁ?馬鹿なこと言うなよ!ガキじゃ、あるまいし」
「へ〜ん、お前なんてワシからしたら、まだまだガキんちょ中のガキんちょよ。あ〜オムツを替えてやった時のことがまるで昨日のことのように………」
「分かった分かった。俺の負けだ…………とりあえず、言われた通りにやってみるさ」
「それでいいのじゃ…………忘れるでないぞ………お前はここに留まるべきではない。もっと外の世界に…………」
「………おい、ジジイ。最後にこれだけは聞け…………今まで育ててくれて、本当にありがとうございました!俺は幸せだった!お前と過ごした日々は決して忘れない!これからもお前の教えを胸に生きていく!だから、安心して………うぅっ………」
「…………お前はワシの自慢の息子じゃったよ………ではもうそろそろ…………これからの人生に幸多からんことを願っておるぞ」
「………俺にとってもお前は最期の最後まで最高の親父だったよ………またな」
親父の顔は笑っていた。安心したのか、何かが嬉しかったのか定かではないが、これだけは言える。後にも先にも俺が勝てないと思うのはこの男だけであると。そして、そんな親父の顔を見たこの日、俺は今までで一番泣いた。拭っても拭っても止まらない涙。熱が出た時よりも出る鼻水。口からも判別のつかないものが溢れ出ていた。もう、この日を境に一切泣けなくなってもいいというぐらい、泣いた。感情の表し方がそれくらいしか思い付かなかったのだ。そして、実際に俺はこの日を最後に今日まで一切涙を流すことがなかった。
それから、2年の間、親父に今まで教わったことを軸にして生活していった。親父が最後の方に言っていた外の世界へ行けという言葉。それがずっと頭の中に残っているからか、お気に入りの本のジャンルも主人公がこことは違う、どこか別の場所へと行くものが多くなっていた。それに感化されて、自分もそろそろ外の世界へと出てみるかと踏ん切りがつき、いよいよ廃棄場を出て、入り組んだ路地を抜け、やっと外の明かりが見えるところまでやってきた。そして、ようやく目標としていた外の世界へと一歩を踏み出したのだ…………
――――――――――――――――――――
「やっぱり、今日もこの時間に月を眺めていらしたんですね」
「ああ…………俺はこの時間帯が一番好きだからな」
「それは………」
「何かと縁があるからだろう………それにこうしていると昔のことを思い出すんだよ」
「…………それを握りしめているのはどういった理由からですか?」
「ああ、これか?これは………俺が生まれて初めて持った身分証だからな…………この時間に月を眺める時はセットで持っておかなきゃ、いい報告ができないだろ?」
「いい報告?」
「俺は新天地でも楽しくやってる。だから、心配すんな。安心して見守っておいてくれってな」
「…………1つ聞いてもよろしいでしょうか?」
「何だ?」
「未練はないんですか?」
「ない。それはハッキリと自信を持って言える。今はお前らと毎日、楽しく過ごせて幸せだ。確かに過去も幸せだったが、俺は今を生きている。ずっと過去に縛られたままじゃ、お前らに対してもそうだが、何より、あいつにも失礼だからな」
「そうですか………」
「何だ?心配してくれたのか?お前も可愛いところがあるな」
「か、可愛い!?」
「ほら、俺って普段から、あまり心配されないだろ?だから、何だか新鮮でな」
「………おそらく、皆さんは遠慮しているのだと思います。自分なんかがと………。過去を知ってしまえば、尚更です」
「俺はお前らのことを本当に家族だと思っているし、これには戦友や仲間といった意味も含まれている………それに」
「それに?」
「俺はお前らを愛している」
「!?」
「文字通りの意味だ。家族としてはもちろん、恋人としてもだ」
「そ、それは以前にも伝えて頂いたので、承知しておりますが………あれ?もしかして、全員ですか?そうなると男性も女性も両方ということになりますが?」
「俺にそっちの趣味はない。あいつに対しては家族としての愛だ………てか、承知しているのなら、なぜ驚いた?」
「不意に言われるとドキッとしますよ………でも、こういうのもなんかいいですね」
「悦に浸っているところ、悪いんだが、もう寝ないと明日を寝不足のまま迎えることになるぞ」
「はっ、そうでした!明日はせっかくの門出の日。早く寝なくては!お休みなさい…………って、そういえば」
「ん?」
「こんなことをこんなタイミングで訊くのは非常に心苦しいのですが………」
――――――――――――――――――――
「全く、あいつのお節介には困ったもんだ」
俺は先程、部屋へと戻った人物に対して悪態をつきながら、夜空を見上げた。真っ暗なカーテンの中心で静かな光を放つ月。その周りには無数に散りばめられた星々が負けじと輝きを放っていた。その時、一筋の光がそこを通り過ぎていった。流れ星だ。俺は気付けば、自然と祈っていた。あいつの先程の言葉が脳裏にちらついた為だ。
「あの人、お父様にそっくりなんですよね?それなら…………会えなくなるのは寂しくないんですか?」
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