第4章 迷宮都市

第42話 イパ村

おい、ニーベル!どこ行った!?」


「こっちか?」


「いいや、そっちにはいなかった」


「あっちはまだ探してないぞ」


複数の男達が怒鳴りながら、森の中を駆け回る。僕はそれを近くの大樹にもたれかかりながら、聞いていた。さっきから、震えが止まらない。恐ろしくて歯をガチガチ言わせながら、周りに気を配れば、すぐ近くを男達が通り過ぎていくのが分かった。ふと視線を下へと向けると両手もみっともなく震え、目から零れ落ちた涙がそこに当たっては弾け、重力に従って、地面の上へと落下していくのが見えた。この震えは決して寒さから、くるものではない。見つかってしまうかもしれないという恐怖から、くるものだ。


「ここで見つかったら、またあの日々に逆戻りだ。それだけは絶対に避けないと」


来る日も来る日も永遠と重労働を強いられる毎日。かといって、それに見合うだけの報酬があるかといえば、そんなことはない。ただただ時間だけを無駄に消費していくだけ。あんなに自由のない縛られた無意味な生き方は嫌だ。だから、だから、僕は…………


「ここを抜け出して、別の生き方をしたい」


この願いが予想もしていない形で叶うことになるのは次の日のことだった。



――――――――――――――――――――



「へ〜この村の特産品は酒か」


「ええ、そうですとも冒険者様。この村に生まれた者は性別や本人の意思など関係なく、誰もが酒造りを小さな頃から、教わります。これは私達の種族がそれに秀でているというのも理由の一つですが、やはり一番は仕事に困らない為ですね。もしかしたら、将来は別の仕事に就きたいと思うかもしれません。しかし、必ずしもそれが叶うとは限りません。そうなった時に酒造りという特技を身に付けておけば、何らかの役に立つのではないかと私共はそのように考えております」


俺達は現在、イパ村というところに立ち寄っていた。フリーダムから迷宮都市へと向かう途中にある村でたまには寄り道もいいだろうという満場一致の意見の元、寄っていくことにしたのだ。入ってすぐ、身分証としてギルドカードを見せたところ、目の色を変えた門番が俺達をその場に5分程待たせた挙句、連れてきたのはヨボヨボの爺さんだった。聞けば、村長らしく、ぜひ村を案内したいとのことで特に断る理由がなかった為、雑談を交えながら、村の中を歩いていたのである。


「確かに皆、脇目も振らず、一心不乱にやっているな」


「ええ、そうでしょうとも」


「あっちの奴なんか、今にも脱水症状を起こして倒れそうなぐらい、フラフラしているな」


「ええっと………そ、そうでしょうとも」


「お、こっちの奴は腹が減った。何か食わせてくれと言ってるぞ」


「………………」


「そっちはそっちで少し、休ませてくれだと…………まぁ、こんな小さな村で特産品を作って儲けようと思ったら、このぐらいするか…………にしても、やり過ぎな気がするがな。ま、俺はこの村の者じゃないから、別にどうだっていいんだが………」


「………一体、何をお望みでしょうか?」


「は?」


「先程から、まるでどこかの役人かのような言い回し…………貴様、一体何が目的だ?」


「おいおい、急に人が変わったようだな?なんだ、二重人格か?」


「ふんっ、稀に見るSランク冒険者だからと下手に出ておれば、調子に乗って、こちらの事情に首を突っ込んできおって………お前は大人しく、金を大量に落として、さっさとこの村から出て行けば………っ!!」


「今、なんて言いました?」


「ティア、落ち着け。殺気を出しすぎだ」


「すみません。ただ、シンヤさんのことを悪くいうゴミクズは早々に視界から消えて頂きたかったので」


「お、お、お前、これ以上調子に乗ると痛い目に遭わせるぞ………おい、お前ら、やってしまえ!」


村長の合図で村の至る所から、姿を現す黒ローブの集団。この村に入った時点で気配察知に無数の反応が引っかかっていたので、俺達は誰1人として、驚かなかったが、別の部分に注目がいった。それはそいつらの格好だった。そう、スタンピードの時にラミュラを操っていた奴と全く同じ装いだったのである。


「Sランクなど恐るるに足らん。どうせ、偽物のギルドカードを使っているに決まってる。実際はよくてDランク程度だろう。おい、お前ら、こいつらをさっさと片付けてしまえ」


「……………」


「おい、どうした!?いつもの要領で早くやらんか!」


「…………本気で言っているのか?俺達にこいつらの相手をしろだと?」


「だから、そうじゃと言うておろうが」


「悪いが、やめさせてもらおう。ずっと頭の中で"警報"が鳴っている。危険なのは先程、とてつもない殺気を放った獣人の娘だけじゃない。他の者達もやばい。中でも一番、底が見えないのがあの黒髪の男だ。村長、今なら、まだ間に合う。すぐに謝罪し、許しを請え。でないと…………」


「ええい!うるさい!こんな奴らの一体、何が凄いんじゃ!見てろ?今、ワシがやってやる!くらえ、毒ナイフ!」


村長が放った投げナイフは俺に到達する前に大きな鎌によって、弾かれた。それをやってのけた張本人は


「シンヤ、妾に殺らせてもらうぞ…………なんせ、最近、ムカついておるのじゃ………一体、なぜ、なぜ…………"のじゃ"言葉を使う者が頻繁に出てくるのじゃ!それは妾のアイデンティティなのじゃ!このままではまずいのじゃ!」


とても嘆いていた。理由は全くもって理解できんし、共感なんて以ての外だ。


「いや、誰だって口調ぐらい被るだろ」


「それは使用率が多い場合じゃろ?"のじゃ"なんて、そうそう被るもんでもないのじゃ」


「口調に対して、使用率とか言う奴、初めて見たわ」


「とにかく、妾が殺るのじゃ」


「分かった分かった。じゃあ、早く終わらせてくれ」


「了解じゃ…………で、お主ら、聞いての通りじゃ。先に手を出してきたのはそっちじゃ。覚悟は良いな?殺されても文句は言うでないぞ?」


「くっ…………村長、なんてことをしてくれたんだ!このままいけば、穏便に済ませられるはずだっのに」


「そ、そんな………わ、ワシは」


「穏便に済ませられる?一体、何をほざいておるのじゃ。穏便に済ませるかどうかを決めるのはこちら。立場を弁えよ。お主らに主導権があると思うでない」


「…………最初から、俺達は詰んでいた………と」


「黒ローブの集団は1人だけ生け捕りと決めておったからな………まぁ、それ以前にお主だけが警戒しておっても意味はないのじゃ。周りを見てみ。お仲間さんは妾達がこの村に入ってきた時点で殺る気マンマンだったじゃろ。殺気がダダ漏れじゃよ。つまり、遅かれ早かれ、いずれはこうなっておったという訳じゃ」


「お前ら…………」


「もう、いいじゃないっすか。さぁ、早く殺りましょうよ」


「俺もウズウズしてんすよ………あ〜この間のじゃ足りねぇ」


「一度この快楽を味わっちまうとやめらんねぇわ」


「ヒャッハー」


「あ、我慢できないんでお先に失礼します!…………くらえや、小娘!俺の剣さば………あでぇ、なぶだ、ごれ」


「おい、ずるいぞ!俺も………あがっ、おでのがらだが……」


「さて、お主ら、村長の分と合わせて、合計3回も手を出してきたな?で、その成れの果てが今、見てもらった通りじゃ」


「……………」





「ではもう一度、問おう………覚悟は良いな?」

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