第9話 奴隷商

「ギルドマスター、よろしかったんですか?あのまま負けを認めて」


私、冒険者ギルド フリーダム支部受付嬢のマリーはたった今、ギルドを出ていった彼ら…シンヤさん達の背中を見つめていた隣に立つギルドマスターに問う。


「いいんじゃ……あやつは普通ではない。良い意味でも悪い意味でもじゃ。それはギルド内での惨事や高ランクの魔物を仕留める実力があるということからだけではない。あやつに耳元で言葉を発されたあの時、ワシは死を覚悟した。ワシには不屈の闘志という固有スキルがあって、いくらあやつが強かろうと決して屈するはずがないとそう思っておったのじゃ………」


それからギルドマスターはたっぷり10秒以上経ってから、ようやく言葉を絞り出した。回想する時に顔を顰めるその姿がやけに印象的だった。


「が、しかし、そんなものあやつの前では児戯に等しく、何の意味も為さなかった。あの殺気は今現在いる最高ランクの冒険者でも出せる者はおらん。無論、ワシでもじゃ。一体、どんな人生を送ってくれば、あの歳にして、あれだけの死の匂いをチラつかせることができるのか……それが合法にしろ、非合法にしろ、悲しいことじゃな」


そう言って虚空を見つめるギルドマスターは純粋に一人の人間としてシンヤさんを心配しているように見えた。それは見る人によってはどこか危うい雰囲気を漂わせる一人の若者のこれからの武運を頼まれてもいないのに勝手に祈っているお節介なジジイの自己満足という風に捉えられてもおかしくはなかった…………でも


「もし、ギルドマスターに孫がいたら、こんな感じだったのでしょうかね?」


「うん、あのな?何か感動路線に持っていこうとしとるけど…………お主の心の声、だだ漏れじゃったからな?」


「え、嘘!?あちゃー、またやっちゃった……すみません、無意識の内に出てしまいました」


「いや、それ全然フォローになっとらんからな?むしろ、無意識っていう部分が一番悪いわ!それ、本音ってことじゃん……うわーん、まさか、人気NO.1受付嬢に裏ではお節介ジジイと思われてるなんて」


「安心して下さい!そう思ってるのは私だけじゃないですから!」


「それ余計駄目じゃん!一人ならまだしも数人なんて」


「いえ、全員です」


「総意じゃん!」



――――――――――――――――――――




「この串焼き、美味いな」


「私、これ好きです!!」


「……まぁまぁですわね」


俺達は魔物を売って得た金を使い、身の回りの物を充実させた後、ここにきた本来の目的である観光へと移っていた。冒険者は依頼によっては長期の遠征や旅を行う場合がある。その際、必要になる物を事前にピックアップしておいたのだ。その為、買い物はスムーズに進んだ。


「サラ、お前、食事が喉を通らないと言った手前、本当のことを言いにくい気持ちは非常に分かる。だが、そんな事情はこの食材と料理人には関係ないし、失礼だろ?だから、強がらず、正直に言え」


「うぅ……とっても美味しいですわよ!えぇ、美味しいですとも!ほどよく弾力があって、身はとてもジューシー。噛めば噛むほどお肉の旨味が出てきて、一本食べ切っても即座にもう一本欲しくなる決して飽きない一品ですわ!あと、このタレはいったい何でしょう?どういった材料を使えばこれほどの」


「そこまで言ってくれと頼んだ覚えはないんだが………」


「な、なんですって………」


このままいくと話が長くなりそうだった為、途中で俺が一言入れるとサラはショックを受けたのか俯いてしまった……かと思ったら、ぶつぶつと何か言っていた為、耳を澄ませて聞いてみた。すると


「そうですわ……あの時にあんな事を言わなければ」


と聞こえてきた。その数秒後、サラは上を見上げて、こう言った。


「あ、ギルドへ冒険者登録しに行かなくては」


「残念ながら、時間は巻き戻せないぞ」


そんなこんながありつつ、俺達は他に見たいところがないか探していった。そして、たまたま目に入ってしまったのだ。奴隷商という文字が………



――――――――――――――――――――




「いらっしゃいませ。お客様は何名様でしょうか?」


「三名だ」


「かしこまりました。奥へどうぞ」


そこは薄暗くあまり長く居たいと思えるような場所ではなかった。様々な性別・種族の者達が檻に入れられ、各々俯いている。これからの自分が辿る運命を呪い嘆いている者や買われたとしても決して屈さないと言わんばかりにこちらを睨み付けてくる者、ここまでは感情の起伏があって、まだマシだった。だが、中には人として生きていくことすら諦めて死んだ目をしている者、無表情でこちらを見つめ、一切声を発さない者なども居た。非常に両極端ではっきりしている。


「何か気になった者はおりますでしょうか?」


「………あそこは?」


俺は唯一、店主が案内しなかった奥の檻を指さした。俺の勘が告げている。おそこには何かいると。


「い、いや、あそこは…………お客様、これだけはお約束して下さい。何かあっても責任はお客様ご自身でお取りになると」


店主は案内することに最初あまり積極的ではなかったが、俺の表情を見て、何かを察したのか諦めた表情をして、そう言ってきた。


「ああ、そこは安心してくれ。絶対に店主に迷惑はかけない」


「了解致しました。では私の後に続いて下さい」


それから、いくつもの檻を横目にしながら、最奥まで進んでいった。このエリアになってくると異臭までしてきて、鼻の良い獣人だとさぞかし苦しいだろう。………ティアの為にも早くここから出たい。


「こちらがそうです」


ややあって、問題のその場所へと到達した。店主は何かを恐れでもしているのか離れた場所からこちらを見守っているだけである。そして、鉄格子の隙間から中を覗いてみると案の定、確かに居た………こちらを待ち構えでもしていたのだろうか。不敵な笑みを浮かべ、仁王立ちしている赤い角の生えた一人の少女が。

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