7-1(アウレリア)
朝から城の中がそわそわと落ち着かなかった。
昨日までの静まり返った空気は消え去り、人々の顔にも明るい表情が浮かんでいる。
『魔法封じの儀式』に向かう勇者一行が、今日にも城に到着する予定である。
その知らせが届いたのは、今から一週間ほど前のこと。そして昨日、王太子から、何事もなく帰還出来そうだという新たな連絡が入ったのだ。
勇者一行が『魔王封じの儀式』に向かってから、実に二年と三か月の月日が過ぎていた。
「これほど早い期間で『儀式』を終えられるのは、この国始まって以来のことだそうですよ」
忙しなくアウレリアの周囲を動きながら、侍女は嬉しそうに囁く。この二年の間は、王城だけでなく貴族の屋敷でも、舞踏会や晩餐会を自粛していた。どうしても外せない、新年を祝う夜会などだけは開かれていたが、ほとんどが内輪だけの食事会に過ぎず、煌びやかな行事は何一つ行われていなかったのである。それこそ、国王や王妃、王族の誕生祭さえも。
そのため、アウレリアもまた、表に出ることはほとんどなかった。淡々と、『女神の愛し子』としての役割をこなす日々を過ごしていた。
おかげで、二年と三か月以上前に作った、社交用のベールとドレスのセットは、そのどれもが衣装室の飾りとなっている状態だったのである。
そんな月日を得たドレスを今、初めて身に纏っているのだ。
「期間の短さもだけれど、今回の『儀式』では、犠牲者が一人も出なかったという話を陛下から伺ったわ。兄様が合流するまでは、一行を指揮するのは勇者の役割を得た方だったはず。……レオンハルト卿、だったかしら。その点も本当に素晴らしいことだわ」
侍女たちの言葉に、アウレリアはそう微笑んで返す。勇者一行と国王は、黒魔法を使ってこまめに連絡を取り合っていた。そのため、彼らがどのような状況にいるのか、逐一知ることが出来たのである。
手紙によれば、負傷者や戦意喪失者は逐一近くの村まで闇魔法で送り返し、帰還の際に共に戻ることにしている、というのである。
そのため、魔王城まで辿り着いた一行のメンバーは片手の数ほどだったというが、下手に戦いにくくなった者や、戦う気をなくした者に戦わせるよりも、安全だったということだろう。
(『女神の愛し子』として、彼らが危険に曝される未来を見ることが出来ればよかったのだけれど……)
『女神の愛し子』としての力は、あくまでも魔物からの襲撃を予期するもの。こちらから『黒の森』に攻め入った形になる今回のような場合は、アウレリアの夢に彼らが現れることはないのだ。これまでの『魔王封じの儀式』をまとめた歴史書を読んでみたが、やはり歴代の『女神の愛し子』もまた、同じだったらしい。
二年と三か月前。あのような形であったが、彼らを激励した者として、少しでも役に立ちたかったのだが。そればかりは、女神の采配によるもの。アウレリアはこの二年と三ヵ月、ただ祈ることしか出来ず、そのことがひどく、悔しくもあった。
「……城に帰還して、『儀式』終了の報告を終えたら、皆様は一度家に帰られるのだったわね」
アウレリアの言葉に、侍女が「その通りです、殿下」と言って頷く。アウレリアの記憶によれば、彼らは明日、丸一日休みだったはず。そして明後日には、『儀式』を成功させた勇者一行が主役の、昼夜を問わない、大規模なパーティが予定されているのだった。
現在アウレリアが着飾っているのは、城に登城する勇者一行を迎えるためである。戦い、疲弊しているはずの人たちを迎えるのに着飾るというのは、とも思うのだが。
だからと言って、王女である自分が、質素な服や暗い服を身に着けているわけにもいかず。なかなかに、難しいところであった。
レオノーレ女神を象徴する、澄んだ青空を写し取ったような、真っ青なドレスと、それに合わせた透明感のある青のベール。ハーフアップにされた黒く長い髪にはシルバーのアクセサリーを飾る。控えめに、しかし王家の一員として周囲に侮られない程度に、豪奢な雰囲気の装いに、アウレリアは満足して頷いた。さすがは、長年自分に仕えてくれている侍女たちである。
(派手過ぎず、けれど適度に煌びやかで、品があって。これならば、帰還される方たちが気分を害することもないわね)
「とても素敵だわ。ありがとう」と声をかければ、侍女たちは嬉しそうに頭を下げた。
「とてもお似合いですわ、王女殿下。……そういえば、今日はあの方もお戻りになるのでしたわね。どうします? また、あの時のように、あのディートリヒ卿が声をおかけになったら」
ひそり、と声を潜めて侍女の一人が続ける。どこか楽しそうな空気を纏う彼女に、アウレリアはただ苦笑を返した。
あの日、アウレリアに激励を求めたディートリヒ・シュタイナーという名の青年は、アウレリアが想像していた以上に、影響力を持った人だった。あの時は、噂以上に綺麗な人だ、くらいにしか思わなかったのだけれど。
あの出来事のおかげで、少々面倒なことになったのも事実だった。侍女たちのように、明るく楽しい方向ならばまだ良いのだが。
周囲の貴族のご令嬢たちの態度や言葉、などなどが。まあ、色々と面倒で。彼と一瞬言葉を交わした程度でこうなるならば、自分の顔がどうのなど、あまり気にすることでもなかったのかもしれないと、逆に気を強く持てたくらいである。
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