5-1(アウレリア)




「殿下。頼んでいた物が完成したようです」




 午前の役割を終え、身体を休めるために設定されたティータイム。香りの良いお茶を飲んでいたアウレリアは、侍女の一人がかけてきた声に、ぱっと目を開いてそちらを振り返った。


 初めて夜会に出席したあの日から、今日で二週間が経つ。あの日の翌日には、中庭で話を聞いてくれた騎士の言葉を、父や母、兄に伝えた。身体の疲労が心にも影響を齎すだろうと心配してくれたこと。それ以上に、自分も、何の気兼ねもなく着飾ってみたいのだということ。


 家族は皆、賛成してくれた。それと同時に、申し訳ないと言って謝罪されてしまった。気付かなくてすまない、と。そのような状態だというのに夜会へ出席させてしまってすまない、と。


 もちろん、夜会に顔を出すことは王族の義務であるし、アウレリア自身も納得していたことなので、気にしないで欲しいと返したが。




(『女神の愛し子』が人前に顔を出すのは、この国が出来て以来、初めての事らしいから。顔を隠してはいけない、なんて決まり事も存在しないもの。……むしろ、この間の夜会で私を見た人の方が、納得してくれるでしょうね)




 あのような醜い顔をしていたから、隠しているのだ、と。逃げたのだ、と。そう、陰で嗤う者も出てくるだろう。けれど。




(私が、私を守っているだけだもの。私自身の、心を)




 だからもう、気にしないことにしようと、そう思った。簡単には切り替えられないけれど、先日のように、面と向かって『骸骨のようだ』と言われるよりは遥かに良いだろうから。




(それに、お母さまがとても喜んでくれたもの。あんなに嬉しそうなお母さま、久しぶりに見たわ)




 もともと、似合わないからとドレスさえもろくに選ばず、選んでも陰鬱な色ばかりで、母は特に心配していたらしい。そんな自分が、ベールを付け、そのデザインや色を合わせたドレスを身に着けてみたいと口にしたのだ。母は、それはそれは嬉しそうな声を上げて、その場で王室御用達の衣装店が呼ばれたのである。


 もちろん、すぐにドレスを、などと出来るはずもないことを言うことはなく。ひとまずは、持っているドレスに合わせたベールの試作を頼んだのだった。




「ドレスとセットの物は、時間がかかるから、少し待っていましょうね。とりあえず五着注文したけれど、もう少し増やしても……」




 言いながら、カタログを見返す母を、アウレリアは慌てて止めたのだった。


 一度着たドレスは二度と着ない、などという意志はこれっぽっちもないため、特に公の場に顔を出さない日常のドレスは、現在手元にある分だけで十分なのだから。


 アウレリアは『女神の愛し子』という役割もあるため、父や母、兄よりも、公の場に顔を出す機会が少ないのである。ベールだけは、持っているドレスに合わせた物を、それぞれお願いすることになったが。


 そうして二週間が経った今日、アウレリアの私室の客間には、沢山の箱が並んでいるわけである。


 部屋に運び込まれた箱は、当たり前だが全て小さい。衣装店のデザイナーと共に、試行錯誤を重ねたベールがそこに入っていると思えば、心臓が高鳴った。




「大変だと思うけれど、箱を開けて今のドレスに合わせたベールを探してくれるかしら? ……あと、一つだけ、別の注文をしていたと思うのだけれど……」




 それは、母と共に、ではなく、アウレリア自身が、密かに衣装店に注文した品である。同じく小さな物のため、紛れ込んでしまっただろうか。


 考えていると、侍女の一人が「殿下」と声をかけて来た。歩み寄って来た侍女の手には、他の物よりも上等な、贈答用の小さな箱が載せられていた。


 アウレリアはほっと息を吐き、「ありがとう」と微笑んでから、それを受け取る。濃い青色のシックな趣の箱は、アウレリアの想像通りの物だった。




「中身の確認は済ませているから問題ないのだけれど。……後は、彼が誰なのか、ね」




 あの日の騎士が貸してくれたハンカチは、今もアウレリアの手元にある。洗って返そうと思っていたが、彼の言葉のおかげで、こうして着飾る楽しみを得たのだ。お礼を、と思い、新しくハンカチを贈ろうと思ったのである。


 アウレリアだけでなく、家族もまた、アウレリアの変化を喜んでくれていたから。彼にとっては些細な言葉だったのかもしれないけれど、お礼を言いたかった。


 しかし、やはりと言うべきか、彼は闇魔法使いであることを誰にも告げていないようだった。おかげで、彼が誰なのか分からないままなのである。


 兄に聞いたところ、アウレリアが想っていたよりも、闇魔法使いというのは貴重な存在なのだという。優秀な闇魔法使いだと気付かれれば、まず間違いなく、魔法士団がしつこく勧誘してくるため、それを避けているのだろうと兄は言っていた。


 そして、これも改めて知ったのだが、魔法士団はアウレリアが考えていたよりもずっと、騎士団を下に見る傾向にあるのだという。魔法士団の所属になれば、まず剣に触れることは出来なくなるのだとか。「困ったものだ」と、兄は呟いていた。




「そんな風に偏った考えでいるから、魔法使いは減る一方なんだ」




 そう零す兄の言葉に、父や母までもが頷いていた。


 そんなわけで、アウレリアはあれから二週間の間、あの日の騎士を捜しているのだが。完全に手詰まり状態なのであった。

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