5-2(アウレリア)




(部隊だけでも絞り込めればと思ったけれど。あの日は、多くの部隊が中庭の警備に回されていたとかで、確かなことは言えないみたいだし……。諦めるしかないのかしら)




 お礼を言いたかったのだけれど、と俯くアウレリアが落ち込んだように見えたのだろう。背後から「あまり思いつめずとも大丈夫ですよ、殿下」と、低く優しい声が聞こえて来て、顔をそちらに向けた。


 「クラウス卿」と彼の名を呼べば、クラウスはその端正な顔に珍しい、柔らかい笑みを載せた。




「すぐにとは言わずとも、いずれ見つかるでしょう。殿下が大事にせぬように仰ったので、公に捜索はしていませんが、騎士団長たちがそれとなく捜していますから。特に今、優秀な闇魔法使いがいるとなれば、放っておけるはずがありません」




 優しい声音で言うクラウスの言葉に、はっとして頷く。確かに、彼の言う通りだ。自分の指示で大事にしないようにと伝えていたとしても、優秀な闇魔法使いがいるという情報があるならば、きっと誰もが血眼になって探しているはず。


 もともと、闇魔法使いは貴重な存在であるが、特に今は、前とは比べ物にならないくらい大事な存在であった。何せ。




「『魔王封じの儀式』には、必ず優秀な闇魔法使いが同行しなければならないものね」




 レオノーレ女神を祀る神殿に、神話で語られる聖槍が姿を現した。その意味を知らない者は、この国に存在しない。そして今から約三か月後、その儀式に出立することになっているのである。国が選んだ、『魔王封じの一行』が。


 その一行の中には必ず一人以上、闇魔法使いが必要なのだ。それも、強い魔力と精密な技術を持つ、優秀な闇魔法使いが。




「現在、魔法士団に所属する闇魔法使いは二人だけ。その内の一人はかなりの高齢女性であるため、同行は不可能とされています。殿下のブレスレットに魔法陣を刻んだ闇魔法使いですね」




 言い、クラウスがアウレリアの左手を見る。つられて、視線をそちらへと向けた。クラウスを呼び出すために作られた魔道具。そこに刻まれた闇魔法の座標は、確か。




「『亜麻色の髪、緑の目、細マッチョ、イケメン』……」




「はい?」




 ぼそりと呟けば、クラウスは聞き取れなかったようで、不思議そうな顔で瞬きを繰り返している。「いいえ、何でも」と言って、くすりと笑った。




「クラウス卿の言う通りね。さすがに、儀式に同行する闇魔法使いが一人というわけにはいかないでしょう。あの方のことは、お父様たちにも話してしまったから、どうにかして捜そうとするでしょうけれど。……そう簡単に見つかるかしら」




 意識的に隠れているのならば、そう易々とは見つからないだろう。


 そして例の騎士もそうだが、彼でなくとも、儀式には複数人の闇魔法使いの同行が必須。このまま見つからなければ、少々面倒なことになるだろう。


 考え込むアウレリアに、クラウスは自らの膝を折ると、目線を合わせて穏やかな表情を浮かべる。「大丈夫ですよ、殿下」と言いながら。




「今回の儀式は、慣例に従って王太子殿下が準備されています。何かしら手を打たれるでしょう。抜け目のない方ですから。……それよりも、ひとまず完成したお品を手に取ってみてはいかがですか?」




 彼がそう言って示した先には、一人の侍女が、一つの箱を手にこちらに歩み寄ってくる姿があった。どうやら、見つけたらしい。アウレリアが身に着けているドレスと合わせたベールを。




「殿下、お待たせいたしました。こちらが、本日お召しのドレスに合わせたベールでございます」




 現在アウレリアが身に着けているのは、淡い深緑の落ち着いたドレスである。襟元や裾に繊細なレースが飾られており、とても品が良い。そして侍女が手にした、開いた箱の中に収められていたベールもまた、同じ色合い、同じ模様の布とレースで仕上げられた物だった。




「予想以上に、素敵な出来栄えね」




 ほうっと息を漏らし、そろりとベールを手に取る。顔に触れても気にならないようにと、とても柔らかな素材で作られたベール。


 さっと席を立ち、侍女たちが運んできた姿見の前に向かう。今までは、鏡に映ることが嫌だった。自らの醜さを見せつけられているようで。『女神の愛し子』という役割を誇らしく思うことは出来ても、自分の姿からは、どうしても目を逸らしてしまっていた。けれど。


 目を閉じ、自らベールを身に着ける。


 目を開いた時、姿見に映っていたのは、疲れ、陰鬱な表情をしたいつもの自分ではなく。顔が見えなくなったことで、どこか神秘的な雰囲気を醸し出す、一人の少女の姿であった。




「……やはり、見つけなければ。あの方を。あの日、私に出会い、あの言葉をくれたことに対する感謝を伝えたいわ」




 普段ならば、鏡を前にして俯く主人が、明るい声でそう呟いている。そのことに、周囲の侍女たちは嬉しそうに顔を綻ばせていたけれど。


 ただ一人、アウレリアの背後に控えていたクラウスだけは、その顔に穏やかな笑みを載せたまま、ぎゅっと拳を握り込んでいた。

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