4-3(ディートリヒ)




「お前、いたのか。声かけてくれれば良いのに」




 ディートリヒの隣の持ち場を守っていた、同期であるその騎士は、ディートリヒの顔を見るとほっとしたようにそう声をかけて来た。「仕事を放って帰るはずないだろう? レオンハルト」と言って笑えば、彼はそのどこか幼く見える整った顔を神妙に歪めて、「いや、それよりも、お前がどこかの貴族に攫われたんじゃないかと思って」と、呟いていた。




「オレたちは一応、騎士爵位だけど、今夜、会場に招待されている貴族たちにとっては平民と変わりないだろうから。お前が強いことは分かってるけど、剣で抵抗できない、力で脅されたりしたら、ね」




 「とりあえず、無事で良かったよ」と、言ってくれるレオンハルトに、ディートリヒは苦笑した後、「心配かけて悪いね」と謝っておいた。




「それより、何か用だった? わざわざ仕事中に呼ぶくらいだから」




 問えば、レオンハルトは「ああ」と呟いた後、思い出したように口を開く。「ほら、交代だって」と言って、彼は背後を示した。




「今日は終了。帰ろう」




 レオンハルトが示した先にいたのは、黒騎士の別の部隊の者たちだった。何か話しながらこちらへと歩いてくる。


 そういうことかと思いながら、先程レオンハルトに声をかけられていた騎士に「お疲れ」と声をかけて、交代の騎士に挨拶をし、ディートリヒはレオンハルトと共にその場を後にした。




「皆は呑みに行くらしいけど、お前は……」




「俺は遠慮するよ。外で吞むと、面倒事に巻き込まれるから」




 歩きながら声をかけて来たレオンハルトに、食い気味にそう言えば、レオンハルトは「だよな」と言って笑った。付き合いが長いため、こちらの反応はお見通しだったようだ。「オレも帰るつもり。外で酒呑んでたら、絶対年聞かれるし」と、彼は疲れたように呟いていた。


 メルテンス王国では、飲酒に対する年齢制限は存在しない。しかし暗黙の了解として、おおよそ十六歳から飲酒が可能となっている。レオンハルトはディートリヒと同じ二十一歳なのだが、顔が若すぎて微妙なラインのため、外で呑んでいると年齢を聞かれるのが常なのだった。


 同僚に会う度に挨拶をしながら、黒騎士団の寮の方へと進む。一代限りではあるが、騎士もまた貴族の端くれのため、金銭的にはそこそこ余裕がある。妻帯者は持ち家を購入して住んでいるため、寮にいるのはディートリヒたちのように相手のいない独身騎士ばかりであった。


 もっとも、ディートリヒの場合は、周囲に人が多い方が安全という気持ちもあるため、寮にいるという面もある。ここに入るまでは、知らない内に部屋に見知らぬ女が入り込んでいたり、闇魔法を使って攫われそうになったりしたものだ。まあ、それに対抗したり、逃走に使えるという意味もあって、剣と闇魔法を学ぶことにしたのだが。何とも悲しい経緯である。


 そんなわけで、いつも通り城内にある寮の自分の部屋へと向かうのだった。




「あ、そういえばさっき、交代するときに面白い話を聞いたな」




 寮の廊下を進み、自分の部屋の扉を開いたディートリヒは、いくつか先にある彼自身の部屋へと向かっていたレオンハルトの言葉に足を止める。「話って?」と首を傾げながら問えば、彼は周囲を見渡した後、こちらへと近付いてきた。ひそりと、耳打ちする。




「『魔王封じの儀式』が行われるから、上層部が密かにメンバーを選んでるって話」




「……それ本当?」




 思わず、問い返す。


 『魔王封じの儀式』と言えば、メルテンス王国の王族が百年ごとに行っている特別な儀式である。メルテンス王国の初代国王は、女神レオノーレの力を借り、彼女の力が宿った聖槍を用いて、魔物たちの王とされる魔王を封印したのだ。今から、千年以上前の話だという。


 それからおよそ、百年の周期で魔王を封じる槍に宿った女神の力が弱まるため、封印をし直すのである。それが、『魔王封じの儀式』だった。




「それじゃあ、神殿の台座に聖槍が現れたの? あれって、本当の話だったんだ……」




 言えば、レオンハルトは「らしいよ」と頷いていた。


 神殿には、レオノーレ女神が聖槍を与えたとされる台座が今も残っている。魔王の封印が弱まり、女神が新たな封印が必要だと判断した際、聖槍はどこからともなくそこに現れるというのだ。


 百年を生きている者はおらず、伝え聞くだけの話のため、半信半疑だったのだが。まあ、『女神の愛し子』は本当に存在しているのだ。その話も、本当だったというだけだろう。




「騎士として選ばれるのは、黒騎士団のやつがほとんどだろうって話。白騎士も青騎士も、貴族の子弟ばかりだから。死んでも問題ないやつから選ぶってことだろうな。……ということで、覚悟しといた方が良いと思うよ。オレも、お前も」




 にっと、レオンハルトはその顔に笑みを載せる。そうすると更に幼く見えるのが彼自身は嫌らしいけれど。


 黒騎士団内では、自分もレオンハルトも、名が知られている方だ。まあ、自分の方は強さよりも別の意味の方が大きいが、強さで言ってもレオンハルトとディートリヒは群を抜いていた。黒騎士から選ぶのが本当ならば、ほぼ間違いなく、メンバーに入るはずだ。魔物たちがひしめく森を進む、過酷な討伐隊のメンバーに。




「……まあ、夜会から逃げられるのは、良いね」




 そう言って笑えば、レオンハルトはきょとんとした顔になった後、可笑しそうに笑っていた。

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