3-3(アウレリア)




「仮面舞踏会で付けるようなマスクなら、ミステリアスで格好良いかな。でも、君ならベールが似合う気がする。顔の上半分だけとか、下半分だけとか。神秘的で」




 彼はそう、言葉を続けた。明るい口調だがしかし、彼が口にしたのは、双方ともに顔を隠すための物。


 少しだけ浮上していたはずの気分が、また一気に沈んでいった。




「……私の顔は、それほど見るに堪えないものなのですね」




 ぽつりと、思わず口から零れた。


 『骸骨みたい』と言われた時、とても悲しいと思った。それと同じくらい、申し訳ないとも思った。


 この国唯一の王女で、この大陸でただ一人の『女神の愛し子』だというのに、このような容姿で現れて、申し訳ない、と。


 王女という立場だけだったならばまだしも、『女神の愛し子』という肩書を持つ自分を、民たちが半ば神格化していることは、王城の外に出たことがないアウレリアであっても知っていた。常に周囲に護衛のいる貴族たちと違い、魔物が身近であり、命の危険と隣り合わせで生きている民たちにとって、魔物の襲撃を先読みする『女神の愛し子』は、それこそ女神も同然の存在。魔物の襲撃の多い地域などでは、国王よりも敬われていたりするのである。


 そんな人物が、女神どころか魔物に近い容貌をしているのだ。皆の期待を裏切ることが、アウレリアにとってはどうしても悲しかった。


 しかし騎士はアウレリアの言葉に、「いや、俺はそんな風には思わないけど」と、どこか驚いたような声音で呟いた。




「俺は元が孤児だから、君みたいに疲れた顔をしている人を大勢見て来た。頑張りすぎたり、病気だったり、食べる物がなかったり。どうしようもない理由がある人たちばかりだった。醜いなんて、思うわけないだろう?」




 「まあ、裕福で危険と縁のない貴族の方々には、分からないかもしれないけれどね」と、彼は僅かに軽蔑したような声でぼそりと付け加えた。




「俺がマスクやベールの話をしたのは、そういう選択肢もあるって伝えたかったからだ。病は気からって言うけれど、俺は逆もあると思うんだよね。身体が弱っている時って、心も弱ってしまうものだから。弱った心を守るための一つの手段として、考えてみたらどうかなって思っただけ」




 「ファッションの一部と思えば、それはそれで楽しいだろう?」と、彼は軽い調子で続けた。


 確かに、顔を隠せばアウレリアの心理的な負担は確実に減るだろう。だからと言って身体が良くなるわけではないが、彼の言う通り、わざわざ自分から痛めつけられに行く必要はないのだ。


 それに、これもまた彼の言う通り、ベールであれば神秘的に見えるので、素顔のままよりもむしろ、彼らの思う『女神の愛し子』でいることが出来る気がした。




「貴重なご意見をありがとうございます。参考にさせて頂きますね」




 ファッションの一部と考えるならば。気付けば、頭の中に考えが巡る。


 どんな生地にするか、模様にするか。ドレスと合わせても良いかもしれないし、アクセサリーに合わせるのも美しい。素顔がこれだからと、着飾ることを諦めていたアウレリアは、心が沸き立つような感覚にその表情を綻ばせていた。


 戻って、早速侍女たちに話してみよう。もちろん、両親や兄とも。許してもらえるだろうか。許してもらわなければ。


 こうしてはいられないと、アウレリアは騎士の顔がある場所を見上げると、「それではそろそろ、戻りますね」と言って、再度礼の言葉を口にする。騎士は小さく「ふふ」と笑い、「お役に立てたなら、良かった」と答えた。




「それじゃあ、魔法陣の方へ。掴んでいるから、大丈夫だよ。何かあったら、俺の手を一度、叩いて。すぐに駆け付けるから。無事に向こうについたら、俺の手を二度叩くんだ。その時は、それでお別れだね」




 「さあ、真っ直ぐ向こうに向かって歩いて。闇の中でも、真っ直ぐに」と、彼は促した。ぎゅっと、力強くアウレリアの手を掴んだまま。


 アウレリアは頷き、彼の手がそこにあることを意識しながら、一際暗い闇の中へと足を踏み出した。

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