3-2(アウレリア)

 魔法を使用する際は、魔法陣を描く必要がある。魔法陣を、使いたい魔法と同じ魔力で描く必要が。


 アウレリアの左手にあるブレスレットに触れながら、騎士は自らの左手を伸ばし、空を撫でて行く。どうやら、魔法陣を描いているようだった。アウレリアからは、彼の指先が僅かに藍色に発光していることしか分からないが。


 いや、本当に描いているのだろうか。それとも、ただ自分をからかっているだけだろうか。


 そんな疑問が顔に浮かんでいたのだろう。騎士はくすりと小さく笑うと、「これは、見えなくて当然だよ」と呟いた。




「闇魔法は、闇の中で闇色の魔力を使って描くことがある。自分を異空間に移動させた時とかね。だから闇魔法を使いたければ、闇の中で、闇色の、自分の魔力を見なければいけない。闇魔法を使おうとする人間が、最初に夜目が利くように修行するのは、このためだね」




 ゆっくりと腕を動かしながら、「闇の中で取り残されるのが一番マズいからね」と、騎士は説明してくれた。


 アウレリアは、なるほどと思いながら話を聞く。ついで、「他の魔力をほんの少し混ぜて色を付けたりするのは駄目なのですか?」と、疑問に思ったことを訊ねてみた。他の魔法、火や水、雷、土、風の魔法を使う場合、二つの魔法を合わせた魔法、俗に言う合体魔法を使う際は、魔力自体を混ぜる方法もあると聞いたことがあったからだ。


 騎士はまた小さく笑って、「出来れば、楽なんだけどね」と答えてくれた。




「他の五属性の魔法は、混ざっても魔力の強さで押し切ることが出来るらしい。まあ、それぞれ別に使うよりは、威力は落ちるらしいけど。でも、闇魔法はそれが出来ないんだ。不純物が混ざったら、どう作用するか分からないからね」




 闇魔法は、闇という異空間を利用する魔法。闇その物を操ることもあるが、基本的にはその空間を利用し、移動したり、物や人を中に留めたりするものである。


 そこに、おかしな作用が混ざればどうなるか。




「荷物とかだったらまあ、良いけど。人が入ったりするとね。……今でも、中途半端に闇魔法を学んだ人間が、年に何度も事故を起こしてる。”何が”とは言わないけれど、まあ、無くなったり、引っ付いたり、機能しなくなったり、とかね」




 「魔法の使える騎士としては、それを利用して戦っても良いんだけど、確実じゃないからなぁ」と、彼は軽く言うけれど。アウレリアは改めて、闇魔法の難しさと、それに伴う恐ろしさを知った気がした。




「さて、出来たよ。場所は一応、クラウス卿から歩いて五歩くらい。ああ、俺の歩幅でね。君だと、七歩くらい? かな。目の前に急に現れたら、さすがにびっくりすると思うからね。どうぞ、使って」




 言って、騎士は暗がりの中、一際黒々とした闇を示す。そこが彼の描いた、闇魔法の魔法陣の場所なのだろう。引き込まれるような、強い魔力を感じた。


 アウレリアは初めて利用する闇魔法に、緊張と恐怖で胸を高鳴らせる。誰かを呼ぶことはあっても、自分がそこに入るのは初めてなのだ。思わず、「大丈夫、ですよね」と問えば、騎士は特に気に留める様子もなく、「何なら、俺が一緒に行こうか?」と軽い口調で言った。




「俺が先に行けば安心出来るだろうから。それとも、こちら側から手を繋いでいようか。魔法陣を描いた人間が魔法陣に触れた状態で闇の中をくぐれば、闇の外の状態を維持出来るんだ。それに、その状態で外の世界と繋がっていれば、確実に、安全に戻って来られる」




 騎士はアウレリアを安心させるためにか、「闇魔法の習い始めは、皆そうやるんだよ」と教えてくれる。それを聞いて、少しだけほっとした。「お願いします」と言って素直に手を差し出せば、騎士はどこか恭しい態度で、掬い上げるようにしてアウレリアの手を取った。


 一歩、一歩。騎士に手を引かれる形で、先に進む。「ここをくぐれば、すぐにクラウス卿に会えるから、安心して」という騎士の顔を見上げ、頷いた。


 丁度、彼の頭上から月が目に入り、暗がりの中、アウレリアは僅かに目を細める。逆光の中に浮かび上がった騎士の影の中、その髪が赤く輝いて見えた。




 「それでは、お付き合いくださりありがとうございました。騎士様」




 結局最後まで顔は見えなかったなと思いながら、それだけを口にして、ただ暗いだけの魔法陣の方へと向き直る。


 一歩、そちらに足を踏み入れようとして。




「……ファッションの一部としてなら、良いかな」




 そう、背後で唐突に、彼が口を開いた。

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