第11話 休日。ハワイ封鎖


 イ201がクェゼリン基地に入港したその日の夕暮れまでに、魚雷と機雷以外の補充物資の搬入は終了した。

 この日の夕食にはクェゼリン基地からの差し入れられた果物のうち、足が速いので早めに食べるよう注意されていたバナナが乗組員たちに供された。


 翌10月11日未明、魚雷と機雷の搬入作業が完了した。

 乗組員たちは朝食後半日ずつの半舷上陸となったが、クェゼリン環礁内のどこにも一般食堂などないので、食事は艦に戻ってとることになる。


 明日香は朝食後、司令官室に持ち込んでいた釣り道具を持ちだしイ201が係留された側の反対側の桟橋上に座り込んで釣りの準備を始めた。


 竿は糸と漆で固めた竹製の中継ぎ3本型なので、長さは3メートル程度。

 明日香が司令官室に持ち込んでいたものだ。

 エサは艦内厨房から持ち出した缶詰に入っている大和煮の牛肉だ。

 隣に鶴井艦長が座っているが鶴井艦長は手ぶらだ。


 桟橋から下を覗くとたくさんの魚が泳いでいるのが見える。

「司令、大和煮なんかで魚が釣れるんですか?」

「うちの乗組員れんちゅうなら大和煮で簡単に釣れるから、魚も釣れるんじゃないか?

 ダメなら他のエサを当たってみるがここいらの魚は擦れていないはずだから多分大和煮で釣れると思う」


 そう言った話をしながら明日香は絹糸の先に器用に針を付け、大和煮の牛肉をちぎって針先にちょんがけして糸を垂らしたらすぐにあたりがあった。

 一拍おいて竿を合わせたらバレることなく簡単に釣りあげることができた。


 明日香は持参したバケツに針を外した魚を投げ入れてエサを付け直してまた糸を垂らした。


 魚は面白いように釣れるのだが、赤、青、黄色と色とりどりの熱帯魚。

 見た目はだけいいのだが食欲をそそるような色ではなうえ、実際のところ食べられるかどうかも分からない。

 バケツに入れた色とりどりの魚を主計士官に持たせて基地の厨房にやり食べられるかどうか確認させたところ、どれも問題なく食べられると返事を貰って帰って来た。


 主計士官に魚の入ったバケツを艦内厨房に運ばせ、厨房員に適当に下ごしらえして夕食に出すよう言づけたたうえ、バケツを2、3個持ってくるよう頼んだ。


「よーし。そうと分かれば釣るぞー!」


 それからバケツ2杯分の魚を釣り上げたところで大和煮がなくなった。

 釣はそこで終了し、バケツを鶴田艦長に持たせ、明日香は釣道具を持ってさっさと艦に引き上げた。


 当日の夕食は刺身とフライだった。

 こうなってしまうと魚の派手な色など分からないので、久々の魚料理に乗組員たちも舌鼓を打った。

 その日の夕食後にはマンゴーが供された。



 日本時間10月30日午前9時、現地時間午後0時。

 イ201はクェゼリン基地の手空てすきの兵士たちの見送りの中、曳船に引かれ桟橋を離れ一路ハワイを目指して出撃した。

 イ201がハワイ沖に到達するのは8日後。日本時間11月7日の予定である。




 日本時間11月7日15時。現地時間11月6日20時。

 イ201はオアフ島西南西沖200キロに到着した。

 明日香はそこで一度深度150から機雷の浮上テストを行なって、機雷からの発信音の聴音から海流など影響を頭の中に叩き込んだ。


 クェゼリン基地からここまでの航海でも連合国の艦船に巡り合っていないため、少々明日香は不機嫌だった。

「この調子だと、わたしの撃沈記録が誰かに抜かれるかもしれない」

「司令。絶対そんなことありませんから安心してください。

 太平洋にも大西洋にもそれほど船は残ってないはずです」


「いやいや、まだアメさんは戦艦をたくさん持ってるぞ。

 それが大西洋で友邦ドイツの潜水艦に沈められたらマズいんじゃないか?」

「ドイツの潜水艦は総じて小型ですし、魚雷の威力も酸素魚雷には及びませんから撃沈トン数で司令を上回ることは絶対ありません」

「安心していていいのかな?」

「いいと思いますよ。それに、もうハワイ近海ですからそろそろ獲物もやってくる頃じゃないですか?」

「そうならいいけどな」



 これからイ201は丸一日かけてオワフ島真珠湾沖まで進出する予定だ。

 天気は曇りで波が出ており、セイル上の露天デッキには3名の夜間見張り員だけが海上を監視していた。

 明日香も露天デッキに出て双眼鏡をのぞいてみたりしたが、いかに明日香といえども専門に訓練された夜間見張り員が発見できない物を発見することはできなかった。



 夜間、何事もなく水上航行を続けながら充電を済ませたイ201は日の出前に深度200まで潜航してそこで懸吊した。

 ただ海中で懸吊したまでは数キロ以内を通過する艦船以外は見逃してしまうのでイ201はいつも通り現地時間9時、12時、15時に潜望鏡深度まで浮上し明日香が潜望鏡をのぞいて周囲を確認している。



 そういったあんばいで、イ201は夜間海上を移動しながら充電し、昼間は海中で懸吊と潜望鏡深度までの浮上を繰り返して2週間、14日が過ぎた。

 その間、何も獲物が通りかからなかった。


 日本時間11月21日4時。現地時間11月20日9時。

 イ201は潜望鏡深度まで浮上し、明日香が潜望鏡を素早く一回転して周囲を確認後潜望鏡を下ろした。


「いた!

 空母が1隻。あとは重巡1と駆逐艦3が見えた。空母はおそらくレンジャー。空母までの距離は100、速度は12ノット。

 空母の護衛にしては重巡1隻と駆逐艦3隻だと中途半端だからもう少しいるものと思っていた方がいいだろう。

 まずは空母を仕留める。艦長、進路270、深度150まで潜ってから第3戦速21ノットで回り込む」

「了解。

 深度150まで潜航。取舵、進路270。下げ舵10度、原速9ノット

 操舵員が鶴田艦長の発令を復唱していく。


 イ201は比較的低速で深度150まで潜航しそこで第3戦速21ノットまで増速した。


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