第6話 船団襲撃


 イ201はハワイ海域に到着したものの、鶴井艦長の予想通りそのまま東進を続けた。

 艦の現在位置はハワイ西方720海里=1300キロ。

 ロサンゼルスに向け航行していた。


『艦影発見! 方位00まるまる(注1)、距離150ひとごーまる。巡洋艦1』

「潜望鏡深度まで潜航! 下げ舵10ひとまる。前進微速」


 見張員が東方より西進する船影を発見した。

 露天デッキから見張り員たちが艦内に駆け下り、鶴井艦長の指揮のもとイ201は潜望鏡深度まで急速潜航し水平、微速前進状態になった。


「巡洋艦が一隻で独航するとは思えないから、駆逐艦が何隻かいるはずだ。

 ハワイからロサンゼルスまで直進中のこの艦に対してまっすぐ進んでくるということはロサンゼルスからハワイに直進しているということ。ならば輸送船団の可能性が高い。ってやろう」

「司令、潜望鏡代わりますか?」

「頼む」


 潜望鏡をしばらくのぞいてから明日香は潜望鏡を下ろし、自席に戻って自席前の明日香専用・・・・・方位盤をいじりながらブツブツ独り言を言い始めた。

「重巡1。あとは駆逐艦が2隻がこっちに高速で向かってきている。こりゃあ見つかったな。

 とはいえ先に沈めてやればこっちの勝ちだ。

 駆逐艦の速度は30ノット、こっちは3ノット、距離は150。

 えーと、8分後に会敵だ。

 輸送船を残らず沈めたいから、先に魚雷で駆逐艦を全部食ってからじっくり機雷で輸送船を沈めるとしよう。

 駆逐艦ごときに95式ぎょらいはもったいないがやむを得ん。

 全艦魚雷戦、機雷戦用意!」

 艦内は俄然あわただしくなるが、乗組員たちに焦りなど微塵もない。


「そろそろだな。いくぞ!

 潜望鏡上げ」


 潜望鏡に取り付いた明日香は素早く一回転させてすぐに潜望鏡を下ろした。

 それからいつも通り聴音室から直結した明日香専用聴音器のレシーバーを耳に当て、あとは勘だけで方位盤を操作しながら、襲撃指示を発令し始めた。


「舵そのまま。

 前部魚雷発射管室1番、2番諸元送った。

 1番、2番、調定深度3。

 後部発射官室、7番から8番は機雷戦用意。9番、10番は魚雷戦待機」

『1番、2番発射準備完了』

「1番、2番注水」

『……。1番、2番発射管注水完了』

「1番、2番発射」


「最初の命中まで120秒」明日香が時間計測する安田副長に命中までの時間を教えた。

 発令所内でもかすかに聞こえていた魚雷の駛走音が聞こえなくなった。


 安田副長が時間を読み上げた。

「……、100、……18、19、時間、21」

 そこで爆発音が2度続いた。


「潜望鏡上げ」

 潜望鏡に取りついた明日香が艦前方を確認後すぐに潜望鏡を下ろした。

「2隻撃沈確実だ。

 重巡1、駆逐艦2、輸送船4。駆逐艦2がこっちに向かってきてる」


 再度聴音器のレシーバーを耳に当てた明日香は方位盤を操作しながら、魚雷発射管室に発令していく。

「前部発射管室3番、4番諸元送った。

 3番、4番、調定深度3」

『……、3番、4番発射準備完了』

「3番、4番注水」

『3番、4番発射管注水完了』

「3番、4番発射」


 明日香はさらに方位盤を操作して、

「前部発射管室5番、6番諸元送った。

 5番、6番、調定深度5」

『……、5番、6番発射準備完了』

「5番、6番注水」

『5番、6番発射管注水完了』

「5番、6番発射」


 魚雷の駛走音を聴音器のレシーバーを耳に当ててしばらく聞いていたところ、水上艦の機関音がレシーバーに届き始めた。


 安田副長が時間を読み上げる中、魚雷発射から1分40秒おいて爆発音が1回。

 それから10秒置いてもう1度爆発音。

 さらに20秒置いて2度連続した爆発音が響いた。

 爆発音に時間差があったことから3つの異なる目標に魚雷が命中したことが分かる。



「潜望鏡上げ」

 潜望鏡に取りついた明日香がいつも通り一回転させすぐに潜望鏡を下ろした。

「重巡1と駆逐艦2隻を撃沈した。まだ駆逐艦が2隻いる」


 明日香は再度射撃板を操作して、一度頷き発令を再開した。

「下げ舵20、前進原速9ノット、50まで潜る」

 明日香は50メートル程度の深度では海流の観測は不要と判断しており、機雷の音源は使わないつもりだ。


『下げ舵20、前進原速9ノット

「面舵」

『面舵』

『深度45』

「舵中央。水平舵中央」

『舵中央。水平舵中央』

『深度50』


 駆逐艦と思われる水上艦の機関音がレシーバーに大きく届いている。


「後部魚雷発射管室、7番、8番、機雷射出用意。調停深度2、音源なし」

『……、7番、8番、音源なし、機雷射出用意完了』

「7番、8番注水」

『7番、8番注水完了』

「7番射出」

『7番射出』


「面舵一杯」

『面舵一杯』


 しばらくおいて、

「8番射出」

『8番射出』

「取舵一杯」

『取舵一杯』


 そこからしばらく置いて、

「舵中央」

『舵中央』


 そこで爆発音が2回続いた。


「潜望鏡深度まで浮上」

 鶴井艦長が、浮上指示を出していく。



 潜望鏡を上げた明日香が戦果を確認した。

「追加で駆逐艦2隻撃沈だ」

 主計士官が戦果を記録していく。もちろん先ほどまでの戦果も記録している。


「見えてる範囲で輸送船が8隻いる。おっと回頭始めた。

 あまり遠くに逃げられると面倒だ。

 潜望鏡深度のままある程度近づいて、そこから50まで潜ってもう一度機雷戦いくぞ」


「舵そのまま。前進第2戦速18ノット

『舵そのまま。前進第2戦速18ノット


 5分後。

 輸送船のものと思われる機関音が聴音レシーバーなしでも艦内に聞こえ始めた。


「取舵一杯。第3戦速21ノット

『取舵一杯。第3戦速21ノット



 90秒後。後方から爆発音とわずかばかりの衝撃がイ201の艦内に伝わってきた。


「相手が輸送船なら簡単だな」

 まんざらではなさそうな顔をして呟く司令に対して、鶴井艦長がすかさず、

「さすがは司令。機雷を敵船に命中させた潜水艦乗りは司令が世界初じゃないですか?」と、持ち上げた。実際世界初かもしれない。

「世界初? まさか? いや、世界初カモ? そうなると戦後わたしの伝記にまた新しいエピソードが載るわけだな。ちょっと嬉しいような、恥ずかしいような」

 ニヘラ笑いをしながらも、明日香は聴音レシーバーを耳に当てて、方位盤を操作している。


 ……。


 イ201はそこから電池残量20パーセントになるまでに残る6隻の輸送船を全て機雷で撃沈し浮上した。


 イ201は浮上後、連合艦隊司令部に襲撃位置と敵の航行方向、そして全艦撃沈と一言添えて戦果を報告した。


 撃沈確実:

 重巡×1、駆逐艦×6、輸送船×8




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「長官、イ201より入電しました」

「おっ。戦果報告だな。

 なになに。……。

 輸送船団を丸ごと食ってしまったか。この調子だと、堀口くんは帰ってきたら少将だな。……」

 山本連合艦隊司令長官は、通信員から受け取ったメモに書かれた襲撃位置を見て、ニヤリと笑った。




注1:方位

自艦の方位は真方位として、真北を0、真東を90と時計回りに360度の角度で表し、目標の方向は艦首方向を0として時計回りに360度の角度で表している。


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