第4話 模擬機雷


 模擬機雷の製作を依頼して1週間後の午後。模擬機雷を積んだトラックがイ201が接岸する岸壁で停車した。


 明日香たちが見守るなか、黄色に塗装された12個の模擬機雷が乗組員たちの手によってイ201の後部魚雷発射管室に積み込まれた。すでにその他の出航準備は整っている。


「よーし。準備は整った。明日が楽しみだ」



 翌朝、5時30分。


 イ201は呉港から大発を改造した小型デリック付きの運貨艇を仕立てて毎時9ノットで佐田岬半島を回り込み豊後水道から太平洋に出た。運貨艇はイ201が海中から射出した模擬機雷を回収するためのものである。


 午後4時。予定海面に到着したイ201は運貨艇に試験開始を連絡したあと、機雷射出最大深度150まで潜航した。



「艦水平、深度150、方位190」

「機関停止。自動懸吊」

 艦が停止し懸吊状態に入った。


「これより機雷浮上試験を開始する」明日香がマイクを取り試験が始まった。


 副長の安田少佐が明日香の隣りでストップウォッチを片手に時間を読み上げ、主計士官が時刻などを記録していく。安田少佐は鶴井艦長が副長から艦長に昇格したのに伴い航海長から副長に昇格し、同時に大尉から少佐に昇格している。


「後部発射官室、7番、8番、調停深度0」

『了解、……。

 7番、8番射出準備完了』

「7番注水」

『7番発射管注水完了』


 明日香は方位盤に取り付けられた明日香専用聴音器を耳に当てて、マイクに向かい指示を出していく。


「7番射出!」

『7番射出完了』


 ビン、ビン、ビン、ビン、……


 艦内に模擬機雷の発信音が響き始めた。

 明日香専用の聴音器も発信音を拾っているが、音量が大きいので今は聴音器のレシーバーを耳からやや離している。明日香の隣りでは安田少佐が射出からの時間を読み上げていく。

「……、6、7、……、59、1分、1、2、3、……、

 2分、……、3分、……、4分、1、2、3、……21、22」


 機雷が浮上するにつれて艦内に響く発信音が少しずつ小さくなり、明日香も聴音器のレシーバーをしっかり耳に当てている。


 発信音は一度段差があるようにがくんと音量が落ちた後、音質が変化した。

「4分、1、2、……」

「時間止め。浮上した」

「4分23秒」


「結構時間がかかったな」

 明日香は計算尺代わりに方位盤をいじり、

「的速を10ノットとして、4分半だと、……、1.4キロ進むな」

「結構進みますね」と、静香。


「そうだな。それでも何とかするのがわたしだがな。

 それと、ミッドウェーの時もそうだったが、やはり途中で音が変わる層がある」

「それが?」

「敵の聴音をかいくぐることができる。かもしれない。200まで潜ってしまえば爆雷が落ちてくる間に逃げおおせるから関係ないけどな」

「なるほど」


「じゃあ、次行くぞ」

「はい」

「後部発射官室、次行くぞ」

『了解』


「8番注水」

『8番発射管注水完了』

「8番射出!」

『8番射出完了』



 ビン、ビン、ビン、ビン、……


「……、8、9、……、4分、1、2、……、22、23、24、……」

「止め!」

「4分25秒」



 午後5時20分。


 12個の模擬機雷を全て射出して今回の模擬機雷浮上テストは終了した。最後の2個の機雷については深度50からの射出で、浮上までの時間はそれぞれ1分35秒と1分36秒だった。


「機雷の浮上の動きは掴めた。駆逐艦より大きなフネなら確実に船底に機雷をぶち当てることができる。と、思う。150の場合、機雷浮上時の海流がちょっと問題だ。深度50なら確実だが150だと、海流の方向と速度を予め知っておかないと命中率が落ちる。

 今回の模擬機雷と同じように本物の機雷にも音を出させるように改造して1発試し撃ちしてそいつが浮上していく間の音の様子を聴いていればある程度海流は把握できるな。よし、それでいこう。

 実戦時には艦の居所が分かるから、切り替えて音無しにできるようにしないとな。これについては実際機雷を積み込むまでに時間があるから何とか手当てできるだろう」


「さすがは司令」

「まあな。じゃあ浮上して帰るか」

「了解。

 前進微速。メインタンクブロー。上げ舵10度。取舵一杯」

「前進微速びそーく。メインタンクブロー。上げ舵10度。取舵一杯いっぱーいい


 浮上したイ201は模擬機雷の回収を終えた運貨艇を引き連れ呉への帰港の途に就き、翌朝4時、呉に帰港した。


 明日香はさっそく横須賀海軍工廠の機雷部に電話をかけ一式機雷改に模擬機雷と同じ音源を取り付けるよう依頼している。

 ただし発信装置には開閉器を取り付けることにしている。

 それほどの改修ではないが機雷名が一式機雷改2となった。機雷の搭載予定数は64個だが依頼個数は補充用も含め200個である。


 今回は12個の模擬機雷を後部発射管室に積んだが、64個積むには積載用の棚が必要と判断し4日ほどかけて現場で改修している。

 7番発射管、8番発射管に棚を直結することで機雷装填作業の効率化を図っている。

 9番、10番発射管でも機雷を射出することは可能ではあるが、7番、8番のみで射出する方が射出速度は高い。




資料:


一式機雷改要目

敷設方式:発射管

機雷缶維持法式:自動調深浮遊式

爆薬:九七式爆薬150kg

調深深度10メートルから0メートル

起爆方式:醸成電池式触角3

一式機雷改2

追加仕様:1秒毎に音を発信する音源の取り付け。発信装置には開閉器あり。



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