第3話 戦訓研究会


 模擬機雷製作を横須賀海軍工廠機雷部に依頼した後、明日香はイ201のことは鶴井艦長に任せ、鎮守府庁舎で開かれた連合艦隊司令部主催の戦訓研究会に臨んだ。


 戦訓研究会に出席したのは、連合艦隊司令部より主席参謀黒岩大佐と戦務参謀小西中佐。

 軍令部から軍備・兵器を担当する第三課長中川大佐。

 艦政本部の潜水艦部から部長山田技術大佐と副部長佐々木技術中佐、同じく水雷部から部長望月技術大佐と副部長坂口技術中佐。

 そして東京帝大工学部造船学科の細川教授(水雷)と横田教授(潜水艦)が出席していた。



 司会は連合艦隊の小西戦務参謀が務めた。

「戦訓研究会にご出席いただきありがとうございます。

 ご案内の通り本日はミッドウェーでのイ201潜の活動についての忌憚ないご意見をいただければ幸いです。

 まずはイ201の艦長だった・・・堀口大佐からいくさの顛末を話していただこうと思います」


 小西戦務参謀の後に続き、この会議室で最先任の連合艦隊司令部主席参謀黒岩大佐が後を続けた。

「本来なら、この席に艦隊から艦長連中を何人か出席させてもよかったのだが、特殊な潜水艦であるイ201潜だけで今回のミッドウェーでのいくさを始めて実質的に終わらせてしまった関係で、彼らの出席は見合わせた」


 黒岩大佐のあと、一礼して明日香がイ201でミッドウェー海域での戦の経緯を説明した。

「……。いくさの経緯はそういったところです。

 わたしの場合、聴音しながら方位盤の調整ができたので結果的に魚雷の命中率が100パーセントでした」

「聴音しながら方位盤の調整とは?」

「敵艦の音を聞きながら方位盤をいじっていると、ここをこうすれば必ず当たる・・・というのがなんとなくわかるんです」

「そんなことが」

「あの感覚はおそらくわたしだけのものでしょう。

 深度150メートルから雷撃すれば撃ち放題ですが当たらなければ無意味です。

 普通の艦長にあれ・・を求めるわけにもいかないので、艦政本部にお願いですが、撃ちっぱなしで敵艦に突っ込んでいく魚雷を開発できませんか?」


 明日香の言葉を受けて、艦政本部水雷部の望月部長から帝大の教授に話が振られた。

「帝大では何か案がありませんか? それが可能なら潜水艦に限らず水雷の歴史が変わります」


 その言葉を受けて細川教授が明日香に質問した。

「撃ちっぱなしということは、魚雷が敵艦を探し出してそこに向かっていくということですか?」

「はい。その通りです。

 例えば敵艦のスクリュー音を聞いてそこに向かっていくとか」

「なるほど。音は聴音器の位置や方向によって拾う強さが変化します。

 その辺りから考えてみます」


「よろしくお願いします。

 ただ、初めのうちはうまくいくでしょうが、敵側から見た場合、音で魚雷が追ってくることが分かると、拡声器を使ってラシイ音を出して欺瞞してくるかもしれません」

「なるほど。あり得ますね」

「まあ、音で追いかける魚雷が陳腐化するにはそれなりの時間がかかるでしょうから、一歩一歩開発を進めてください。

 魚雷で出来れば噴進弾に取り付けて敵の航空機を撃ち落とせるようになるかもしれませんしね。

 地上からなら地対空噴進弾。攻撃機に空対空噴進弾を載せれば攻撃機が戦闘機に早変わり」


「ほう。それは面白い!」軍令部から派遣されていた第三課長がポンと手を叩いて、

「ぜひとも開発していただきたい。早急に軍令部より艦政本部に開発依頼をお出ししますのでよろしく」と、続けた。


「一足飛びは無理なのでまずは魚雷で研究してみます。

 帝大でもよろしいですね」

「はい。承りました」


「あとはですねー。

 巡洋艦以上を沈めるのには今の魚雷でちょうどいいんですが、駆逐艦とか商船とかそういったザコを沈めるのに今の魚雷ではもったいないので、魚雷を小型にしてそのかわり数が欲しいんです。

 なにせイ200型には砲がないもので。

 小型魚雷に先ほどの敵艦を追う機能はあればそれに越したことはありませんが、なくてもいいです」

「小型になると駛走距離はかなり短くなりますがよろしいですか?」

「航空魚雷と同じで2000メートルもあれば十分です」

「わかりました。小型魚雷の開発についても前向きに考えてみます。

 発射管を2種類設けるのは無駄ですから小型魚雷と今の発射管の隙間に詰め物でも付けて発射後それが外れるようにすれば何とかなるでしょう」


「要望ばかりで恐縮ですが、全没状態で充電出来ませんか?

 潜望鏡みたいなのを海上にのぞかせて吸排気できれば何とかなると思うんですが」

「水に潜った忍者のアレですな」

「そうそう。『エノケンの猿飛佐助』にでてきた水遁の術(注1)」


 エノケンの話で会議が盛り上がったところで、小西戦務参謀が話を元に戻した。

「えーと。他に何かありますでしょうか?」

「後もう一点。

 太平洋での作戦だとあまり効果はないかもしれないんですが、透明度が高いインド洋などで作戦する場合、上空を航空機で飛ばれると全没状態でも容易に発見されると思うので、何か迷彩があればいいのでは?」

「なるほど。考えてみましょう」と、潜水艦の開発を専門にしている横田教授が答えた。


「水上艦を襲撃する立場から言うと、水上艦に迷彩が施されていると、単に見えづらいだけでなく、距離感、速度感が狂うので、水上艦にもそれなりの迷彩があった方がいいでしょう」と明日香が付け加えた。


「ほう。襲撃側から見た目線か。これは参考になるな。

 山田大佐、いかがです?」

「確かに、そういった目線は大切です。考えておきましょう」

「これも艦政本部に要望しておきますから、よろしくお願いします」

「承りました」


「最後に戦果の確認方法が現状潜望鏡を出して沈んでいく船を見るしかないんですが、他に方法はないでしょうか?」

「こればかりは。

 宿題ということで預かっておきましょう」


「後はですねー、そうそう。

 ご存じの通りイ200型の場合200メートルが安全潜航深度です。

 そこまで潜ってしまうと爆雷が水面に落ちてから沈んでくるまでずいぶん時間があるので、躱すのも容易なんですよ」

「ということは?」

「爆雷の沈降速度の高速化が今後敵潜に対して有効ではないかと思うわけです」

「なるほど。今のドラム缶型の機雷では沈降速度もたかが知れているでしょうし。

 爆雷の形状はいかようにも変えられますからこれも研究してみましょう」


 ……。


 結局今回の戦訓研究会で他の部隊が参考にするべき具体的『戦訓』が得られたわけではなかったが、明日香にとっても出席者にとっても稔りあるものだった。




注1:『エノケンの猿飛佐助』にでてきた水遁の術

エノケンの猿飛佐助に登場したかどうかは定かではありません。

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