第2話 独立第1潜水戦隊


 長官室を辞した明日香は鶴井中佐を伴い内火艇に乗り込み呉への途に就いた。


「またハワイですね」

「今回は封鎖だから、敵の大物を食うというより貨物船を沈めることになるなー。

 どっちも1トンは1トンだが、大きい方が効率がいいんだよなー」

「3隻で出張るとなると担当海面を決めておかないとマズいですよね」


「それもあるな。通信も不自由だし潜水艦の戦隊戦は面倒だな。

 時間を決めて浮上したとしても、都合が悪けりゃ浮上できないしな。

 全没中でも通信できればいいが技術的にもなかなか難しいんだろうなー。

 そうだ。依佐美いさみ送信所を経由して通信すればいいか」

「どういうことですか?」

「こちらからは短波で依佐美送信所を呼び出して、依佐美送信所から超長波に変えて潜水艦に送ればいい」

「なるほど」

「面倒だし時間はかかるがないよりはましだろう。

 作戦前に符丁を決めておけば通信文面は短くできるし何とかなるだろう。

 単艦の時とは違った面倒もあるもんだ。司令はつらいよ。アッハッハ」



――通信については悠長だが何とかなるだろう。

 出航までに符丁を決めておく必要があるが、移動の指示程度だから、経度と緯度を日時が分かれば十分だ。

 地点として何個所か数字を割り当てておくか。

 一度しか使わないから定型文でいいな。

 艦番号(発)、艦番号(宛)、行動内容、位置情報。この程度で十分か。


――貨物船ざこ相手に魚雷はもったいないと思っていたが、機雷があるなら雑魚にはそれで十分だ。敵船の予測位置に向けて機雷を放てば狩り放題だ。

 そのまえに一度機雷の射出後の動きは掴んでいた方がいいだろう。模擬機雷を作って試してみるか。貨物船なんぞどこに当たっても一発で沈められるからな。

 40個も機雷を積んでおけば40隻。大型船ばかりではないだろうから、一隻当たり5千トンとして20万トンか。悪くない。

 そうこうしていれば大型艦も出てくるだろうし。

 50万トンは無理としても30万トンは沈められる。

 イ202、203で各々10万トン食ったとして、戦隊目標は合わせて50万トン。

 行き来を考えて4カ月で50万トンならいいところだ。

 4カ月で50万トンも沈めればいかにアメリカの工業力が巨大でも追いつけまい。


「……、フフフ、ハハハハ」

 いきなり明日香が含み笑いから大笑いを始めた。

「司令、何かありました?」


「いや、何でもない。

 鶴井中佐、出発式でっぱつしきもまだやっていないのに司令はまだ早いよ。

 それじゃあ明日は、イ202の斎藤とイ203の鈴木を呼んで独立第1潜水戦隊出発式でっぱつしきだ!」

「それでは、私の方で手配しておきます。

 場所は水交社でよろしいですか?」

「それで頼む」



 長官室に呼ばれて昇進を告げられた翌日。

 呉鎮守府庁舎から襟章や袖章など昇進に伴う諸々が二人の官舎に送られてきた。

 官舎の当番兵に諸々を付けてもらった二人は呉市内に出て海軍御用達の写真館で記念撮影をした。


 明日香は、今日付けで中佐に昇進しイ202の艤装委員長から艦長となった斎藤一郎中佐と、同じく今日付けで中佐に昇進してイ203の艦長となった鈴木茜中佐を鶴井中佐の予約した呉水交社の一室に呼び出した。

 そこで鶴井中佐と4人で結成式を行なった。一日ではあるが3人の艦長のうち鶴井中佐が先任ということになる。


「独立第1潜水戦隊の結成とわれわれの昇進を祝って、

 乾杯!」

 4人はグラスに注いだビールを飲み干した。


「わたしは諸君たちの上司になるわけだが、同期でもあるわけなので今日は無礼講でいこう」

「「おうー!」」


「そうはおっしゃっても、将来の提督に対して無礼講はないでしょう。

 そうだ! この席では大佐のことを提督とお呼びしましょう」と、鶴井中佐。

「確かに。親しき中にも礼儀あり。提督、よろしくお願いします」と、斎藤中佐が頭を下げた。それに続いて鈴木中佐も「提督。よろしくお願いします」と、頭を下げた。


「提督呼びはまだ早いよ。ワッハッハッハー。

 もちろんこの席はわたしのおごりだ。ジャンジャン飲もう!」

「「おー!」」


「提督。飲み会で仕事の話は無粋ですが、われわれの初仕事について何かご存じですか?」

「聞いている。

 壁に耳あり障子に目あり」そこで、明日香がグッと声をひそめて、

「ハワイ封鎖だ」そこでまた声の調子を戻し、

「誰に聞かれても、海に一度出てしまえばわれわれを止めることなどできないからどうでもいいがな。アッハッハッハ」



 出発式でっぱつしきの翌日。

 連合艦隊司令部から命令書がイ201に届けられた。

 内容は先日山本長官から説明があったものとほとんど変わらなかった。


 この日、斎藤、鶴井両名は、各艦での祝賀会を催している。

 費用は連合艦隊持ちだ。



 出発式でっぱつしきの翌々日。

 イ202とイ203は公試のため早朝から呉を出航していった。

 両艦は、公試を終えればいったん呉に帰港し物資を補給後そのまま2週間の洋上訓練に入ることになっている。



 一方こちらは明日香たち。


「司令、今回の作戦の作戦範囲ですが命令書にはハワイ周辺からアメリカ西海岸までと書いています。

 これはどういう意味でしょうか?」

「ハワイ封鎖に飽きたら西海岸辺りまで行って暴れて来いということじゃないか?

 アメリカの太平洋艦隊だったけ? 連中はサンディエゴまで下がったらしいし」

「サンディエゴまで行くつもりですか?」

「さすがにそこまで行く気はない。今のところは」

 静香は、明日香の口ぶりからサンディエゴに行くな。と、直感的に悟っていた。


 その日明日香は連合艦隊司令部に電話して、一式機雷改を模した模擬機雷を製作するよう依頼した。

 司令部からは、話を通しておくので横須賀海軍工廠の機雷部に直接依頼してくれと言われた。


 明日香はさっそく横須賀に電話して一式機雷改から起爆装置と爆薬を取り外し同じ重さと同じ重心位置を持った模擬機雷を12個作るよう依頼をした。

 他の要件として発射管からの射出後最低10分間1秒おきに水中で200メートル先の聴音器まで届く音を出すことと、塗装は海面で回収しやすいように黄色を指定している。

 さらに5日で仕上げてもらうよう頼み込み結局1週間で仕上げて届けるとの言質を得たところで電話を終えた。


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