ターミネーター
フィスタたちは車に乗り込むと、大人数からの追撃を避けるため、足場の悪い道を使い、遠回りをしてシェンシャーを目指した。
メンデルの隣に座るルーシーは、緊張から解放されたせいか、ぐっすりと眠っていた。
車は夜通し走り続け、やがて朝日を迎える頃、眠っていたルーシーが目を覚ました。
ルーシーは窓に顔を押し付け、山間から登ってくる朝日を見ていた。
「……ルーシーちゃん、日の出を見るの初めてなの?」
フィスタに訊ねられ、ルーシーは小さくうなずく。
「ふ~ん……?」
気づくと、ルーシーだけではなくチャカも食い入るように朝日を見ていた。
「……どうしたのさ、チャカ?」
「……いや、綺麗だなって思って」
「はぁ? ちょっと、メルヘンオジにジョブチェン始めてる?」
日が真上にのぼった頃、ケイオスの小さな町についたフィスタたちは、路上の屋台で食料を買い込んだ。携帯食料と飲料、道中トラブルなく、また都合よく食事にありつけるかどうか分からなかった。
「フィスタ、頼む」
買い物を終えて車に乗り込んだチャカは、隣の運転席のフィスタに食料の一部と水を差しだした。
「ん」
フィスタは再利用されているペットボトルの水に口をつけると、ほんの少しだけ口に含み、それを口の中で少しためて、それから飲み込んだ。
しばらく目を閉じていたフィスタだったが、目をパッと開くと
「あたしとチャカは大丈夫。お嬢ちゃんとおっちゃんは、もしかしたらポンポンが痛くなるかもしんないね。でもまぁ、死ぬようなもんじゃないから大丈夫だよ」
と、ペットボトルをチャカに渡した。
「そうか……なら安心だな」
続いてフィスタは謎の肉のジャーキーを噛みちぎり咀嚼する。そして一部をぺっと吐き出すと、ゆっくりとジャーキーを飲み込んだ。
「これはあれだね、サーモンだよ」
「魚だったか」
水の時と同じように、しばらくフィスタは目を閉じる。そして目を開くと、「大丈夫だね。毒素も出てないし、危ない細菌もわいてない。もし不安なら、火であぶるといいよ」
「じゃあこれは?」
チャカは包みから卵を取り出した。
「調べなくたって生はだめに決まってんじゃん。生で卵が食べられたのなんて、100年近く前の話だよ」
「そりゃそうだ」
そう言ってチャカは水を飲む。
「お前たちもうどうだ? ずっと飲まず食わずだったろう?」
「あの……彼女は?」
メンデルが戸惑っていた。
「あ~、あたし、味覚とかが超敏感だから、大丈夫かどうか、ちょっと舌とか胃に入れただけでわかるんだよ」
「敏感って……。」
「まぁ、とりあえず、あんただけでも飲んでみたら?」
フィスタはメンデルにボトルを差し出す。
「は、はぁ……。」
メンデルが飲んで異常が無かったようなので、水の入ったボトルはルーシーに渡された。
「まぁ、大丈夫とはいえゆっくり飲んでちょうだいな」
「さて……物も買ったし、そろそろ出発しよう。ぐずぐずしてたら、マステマの所の奴らが追ってくるかもしれない」
「あの、昨日から仰っているマステマというのは?」
メンデルが訊ねる。
「この辺のケイオスを縄張りにしてる、武装強盗集団のリーダーだ。ここいらであいつらに目をつけられたらまず助からねぇ。血も涙もないんだからな、文字通り」
「はぁ……。」
「つまり、あんたたちを捕まえたい奴らは、ロウズの奴なのにケイオスのマステマとやり取りができるくらいやばい奴で、しかも生死問わずで依頼してるやばい奴ってこと。分かる? つまりはやばい奴なんだよ。あんたたちロウズから出てきたくせに、何やらかしたのさ?」
フィスタはメンデルとルーシーに厳しい視線を飛ばす。
「それはその……ここで説明できる範囲で説明しますと……この子は人類の病気を治す抗体……それを持っているということなのですが……。」
「病気? なんだ一体? 放射能汚染とかか?」チャカが訊ねる。
「まぁ、そんなところです……。」
「ちょっと待ってよ、じゃああんたはそんな子をどうして連れ去って逃げないといけないわけ? むしろそんなすごい子なら重宝されるしロウズならもっと安全じゃん?」
「私の同僚は……この子を使ってあれこれ治験を試みようとしておりまして……それでその、この子の身を私は心配してですね……。」
「……逃げるほどのってことか。ロウズの奴らはロウズの奴らで、目的のためなら少数の命なんて屁とも思わない奴らだからな」チャカがため息交じりに言う。
「……ところで、これからどこへ?」メンデルが訊ねる。
「俺たちの拠点があるシェンシャーに向かってるんだ。そこまで逃げ込めば、さすがのマステマでも街と事を構えようとはしないだろうからな」
「あと、ついでに足場が悪い道を選んでるんだよ、おじさま」
ハンドルを切りながらフィスタが言う。
「それは、どうしてです?」
「マステマがもし追手を差し向けるんなら、軍隊並みの手勢をけしかけてくる可能性がるからね。狭い道なら大勢いた方が動きが鈍るでしょ」
「なるほど……。」
「それに、ここいらは山間部だからね。岩山で向こうからもこっちが丸見えだけど、こっちからも向こうが丸見えだし。見えたところで、この険しい岩山を下ってくるなんてできないってこと。お互いが目視できた時点でこっちは逃げるだけだよ」
「驚きました、まさかそこまで考えてらっしゃるとは」
「あったりまえじゃないのさ。こちとらプロだよ? すべての可能性を吟味して最適解を選んでるんだから。チャカが聖書を読み終わる頃には仕事も終わってるのよ」
チャカは手に持っていた聖書の厚みを確認して言う。
「いや、結構かかるぞ?」
「うそぉ、あたし読み終わるのあっという間だったよ? あ、あたしダウンロードしたんだった」
「あそ……。」
「まあ、大自然の山々を眺めながらのんびり行こうじゃないのさ」
「岩山ばっかりだっつぅの」
「そういうのは良くないねチャカ、ロマンがないよ。見ようによってはハゲ山かもしれないけれど、これが雨風が何千年もかけて作り出した大自然の彫刻だって考えてみなさい。ここはもう博物館、ルーブルは略奪されてもう空だけど、ここの美術品は人間が盗むことなんてできやしないんだよ」
フィスタにのせられて、ルーシーが窓の外を興味深そうに見ていた。
「まぁ、確かにそういう考え方もできるかもな……。」と、チャカが穏やかな表情で言う。
「マジで?」
「お前がマジとかいうなよ」
「まぁ、いいのだわ。岩肌もいいけど、たまに生えてる植物なんかもいいわね。こんなところでも生息してるなんて、生命の偉大さを感じさせてくれるじゃない? 世界が滅びかけだなんていう奴もいるけど、それってただの人間の物差しなんだよ。地球はこれまでもこれからも生きてるの」
「随分と饒舌だな」
「お望みとあれば、ラジオがわりにいつまでも話してもいいよ? ほら、あそこを見て? 野ウサギが顔を出したよ。可愛いね~。あ、ほらほら、あの崖の上からにょきにょきと自生してるバイクがあたしたちを見下ろしてる」
「……何だと?」
「あれ?」
望遠鏡でチャカが崖の上を見る。そこには大型バイクに乗ったマステマの姿があった。
「なっ! まさか、マステマが直接!?」
「焦んなさんな! 言ったでしょ!? 崖の上にいたって、降りてくるには遠回りをしないと……。」
見た目以上にフィスタたちマステマには距離がある、そう思っていると、崖の上にいるマステマはその場でエンジンをふかし始めた。
「まさか……。」
そしてバイクを発進させ、マステマは滑降するように崖を下り始めた。
「嘘だろ、そりゃあ無茶ってもんじゃあ……。」
チャカが呆気に取られて言う。
しかし、マステマはバイクで険しい崖を、もはや運転というより滑り落ちるように下っていく。車輪は地面を捉え損ね、何度も転倒しかけていたが、マステマが自力で足で崖の岩肌を蹴り、バイクをぎりぎり安定させていた。もはやそれは転倒していないだけで、事実上転げ落ちているようなものだった。
そうして、砂埃を巻き上げ、岩肌を削りながら、とうとうマステマは山道まで下り、フィスタたちの後方にバイクをつけた。
フィスタはダッシュボードの上の煙草の箱を取ってフイルムをややずらすと、マイクのように口を近づけメンデルたちに解説する。
「え~皆様、後方に見えますのはケイオス名物、『アイアン・ビッチ』ことマステマ嬢でございま~す。文字通り血も涙もなく、老若男女問わず人をかっさらう人身売買組織のトップ、一度目をつけられたら地獄の入り口まで追いすがってくるターミネーター、これより当機はケツに火をつけてかっ飛ばしますため、皆様シートベルトのご着用をお願いいたしま~す」
そしてフィスタはアクセルを踏みしめ車を加速させた。
チャカは車の窓から身を乗り出し、そしてマステマを狙撃する。
三発の銃弾がマステマの頭部に当たり火花が散った。だがマステマは一向に怯む気配がない。
「それなら……!」
チャカはマステマではなく、マステマの乗っているバイクの前輪を狙撃する。
一発目、二発目と、弾丸は正確にタイヤを狙撃していく。五発目に弾丸がタイヤに当たると、タイヤがちぎれ前輪のホイールに絡まり、そしてバイクは後輪を跳ね上げて一回転しながら宙を舞った。
マステマとバイクは地面に叩きつけられ、収まらない慣性そのままに地面を滑っていく。
「やったじゃぁん! ながれいしだね! りゅうせきだね! 流石だね! もう素敵! きゃ~やだ、メンデルさんがメスの顔してるぅ!」
突然話を振られたメンデルは面を食らって「へ?」と言う。
「へへへっ、騒ぎ過ぎだぜフィスタ。まぁ、これで奴は足をなくした。追ってくるのは無理だろうな。このまま逃げ切らせてもらうぜ……ん?」
「どったの?」
「嘘だろ……。」
チャカの様子にフィスタがバックミラーを覗く。
「……マジで?」
二人が目にしたのは、バイクを失ってもなおも追走してくるマステマの姿だった。人間ではありえないような前傾姿勢での疾走、辛うじて二足歩行だが、それはもはや獣のようなフォームだった。
「ちょっと待ってよ! バイクなしであんなに速いなら、なんでバイク乗ってんの!?」
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