チェイス

 マステマは距離をますます縮めると車に飛びかかった。車のトランク部に鋼鉄の爪を立てたマステマは、まるで水上スキーのようにしがみついてくる。

「まだローンが残ってんのにッ!」

 フィスタが叫ぶ。

「言ってる場合か!?」

 チャカも叫ぶ。

「メンデルのおっさん! どいてろ!」

 メンデルが体を避けると、チャカは後部の窓ガラスを撃ち抜いてマステマを狙う。

「中古車査定が~!」

 フィスタの嘆きを無視してチャカが発砲する。

 狙いはマステマが爪を立ててるトランク、チャカはそこを銃で撃ち抜き、爪を強引に外すことに成功した。

 しかし、マステマの追走はそれでも止むものではなかった。

 チャカは再び窓から身を乗り出してマステマを狙撃する。

 しかし、先ほどと同じように弾丸はマステマのボディに浅い傷をつけることしかできない。

「くそっ」

「チャカ、足の関節を狙って!」

「なに?」

「ヒューマノイドは足の関節をやられると人間と違ってバランスの修正が難しいんだよ!」

「そ、そうか!」

 チャカはマステマの膝関節を狙って発砲する。

 二発銃弾を受けたところで、マステマはチャカの狙いが自分の足関節なのだと知りスピードを落とし始める。

「お、奴さん嫌がってやがるぜ。よぉし、このまま足を壊してリタイアしてもらおうか……ん?」

 突然、マステマは崖をのぼり始めた。四つんばいで崖を走るその姿は、完全に昆虫の動きであった。

「な、なんだありゃ、ゴキブリか!?」

 マステマは崖をのぼりきると、いったん姿が見えなくなった。

「くそっ、どこいったあの野郎っ」

「多分、先回りをしてくるか……それとも……。」

 フィスタは天井を見上げる。そしてメンデルたちに忠告する。

「身を屈めておいて」

「は……はい?」

 メンデルがルーシーをかばうように身を屈める。

 すると、すさまじい音をあげて車の屋根がへこんだ。マステマが車の上に飛び乗っていたのだ。屈んでいなかったら頭を強打していたところだった。

「上からかよっ」

 すると、屋根を突き破ってマステマの手が勢いよく車内に侵入してきた。

「うぉ!?」

 鋼鉄のマステマの手刀はまさに刃物そのものだった。金属の車の屋根も、障子を破るように楽々と破いていく。

「ぐあ!」

 手刀がチャカの肩を切り裂いた。

 フィスタは椅子に浅く座り、体を低くして運転を続ける。

「しつこいなぁ!」

 フィスタは大きくハンドルを切り、車体を左右に蛇行させマステマを振り落とそうとする。

 マステマは車が振れる勢いで車の屋根の上を転がり、助手席側の側面に張り付つく状態になった。ドアのガラス越しにマステマの顔が見える。

「ひぃ!」

 改めて間近でみる、マステマの昆虫のような貌にメンデルが悲鳴を上げる。

「喰らいやがれ!」

 フィスタはまたハンドルを切り崖の斜面に車を寄せた。マステマが車と崖の斜面に挟まれる。マステマの鉄のボディが岩肌にぶつかり擦れる鈍い音が車内に響き渡った。

「このままテメェの体ぁ大根おろしみてぇにすり下ろしてサーモンの干物に添えてやんよぉ!」

 マステマを車体で押し付けながらフィスタが叫ぶ。

「悪役のセリフだな……。」

 チャカが呟いた。

「あ、あれ……。」

 ハンドルを切るフィスタが異変に気付く。次第に車体が道の真ん中へと戻されつつあった。

 マステマが手で車を、足で斜面を押して崖と車体の間に距離を作り始めていた。

「何て馬力だ!」

 そして十分な距離が開くと、マステマは斜面を蹴って再び車の上に飛び乗った。

「くそっ!」

 チャカが天井に向かって発砲する。しかし金属音が反響するだけで、マステマには通じていないのが分かる。

 再度のマステマの手刀での一撃、メンデルとルーシーを狙うが、間一髪でメンデルは体を傾けて攻撃をかわした。

「こ、こいつはもしかして、完全AI型のヒューマノイドなんですか!?」

 メンデルが狼狽えて訊ねる。

「マステマのことか? ここいらじゃあ有名な自律思考型のヒューマノイドの殺し屋だ! 言っただろ? 文字通り血も涙もねぇってな!」

「そんな……6D協定はどうなってるんです!?」

「人格を持ったアンドロイドの製造を禁じるってやつか!? 国がまともに機能してないようなところで協定なんて守られると思うか!?」

「……まずい、それはまずいです……。」

 メンデルの顔が蒼白し始める。

「どういうことだ?」

「まずいんです……人工知能は……。」

 そう言っている間に、マステマはみるみる車の屋根を切り裂いて、次第にお互いが目視できるくらいになってきていた。

「どうするよ! フィスタ!?」

「チャカ! こうなったらプランBだよ!」

「プランBって……マジかよ!?」

「皆! シートベルトしといて!」

 フィスタに言われるままに、全員がシートベルトをつける。

 それを確認すると、フィスタはアクセルを全開にして車を加速させた。

「メンデルのおっちゃん! その子にこれを被せて!」

 フィスタは自分のフルフェイスのプロテクターをメンデルに渡す。

「フィスタ! 俺は何をすれば良い!?」

「チャカは神に祈るか今から入れる保険を探すかして!」

「祈るか……。」

 加速し続ける車、チャカたちが体に強いGを感じるようになった時、フィスタは車のブレーキを力いっぱいに踏み込みサイドブレーキをかけた。

「うおッ!?」

 車が宙を舞い、横転し、跳ね回り、逆さまになって地面を滑っていった。屋根にいたマステマは地面に挟まり、地面に叩きつけられ体をこすられ、ボディからは火花が散り続けていた。

 車は崖の斜面に追突すると小さく跳ね上がり、ようやく動くのを止めた。

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