91
ヒューベルトの命令はリシュトにとっても意外なものだった。
「魔導士団と、ですか」
魔導士団司令は第三王子ジョゼットで、傍目から見ても犬猿の仲である。
提案を歓迎しないリシュトの視線をヒューベルトは受け止めた。
「そうだ。指揮権はジョゼットは与えないが、あいつの立場上納得しないだろうな」
リシュトはしばらく目を伏せて、考えたようだった。
小隊規模で指揮系統が二分しているのは、すでに失策なのではないか。
「暗殺でもさせるつもりですか」
「仲良くしろよ」
八割方本気のリシュトの発言に、ヒューベルトは肩を竦めた。
南西の事案、初期段階の南西の村の魔物討伐は魔導士団の成果だったが、その後の森全域の討伐を第二騎士団と第三騎士団が成し遂げたことで霞んでしまった。
そこへ城下の事件だ。
城下での事件の後、第三騎士団と魔導士団の溝が市民に露見したこともあまりよい傾向ではない。
リシュトとジョゼットの不和が面白おかしく取り沙汰されるのは今に始まった話ではないとしてもだ。
「隊員の構成はこちらから手を回すがな。お前が抑止力になれ」
「ジョゼット殿下に挽回のチャンスを与えると」
「お前の評価にもなる」
魔導士団のおもちゃに税金が漏出したと新聞が書き立てたのもまずかった。
ジョゼットを支持する高位貴族の不満が吹き出している。
秘密裏に開発していた兵器の情報を嗅ぎ付けられたのか、内城壁橋梁の第三騎士団団長の事件の裏を探られたのか、いずれにしても魔導士団の過失よりも、国家の安全対策の保全が不行き届きであると、長老院がヒューベルトにねちねちと御託を並べて「聞いているふりも面倒になってきてな」と言うから、余程厄介な有様なのだろう。
だからこれは、失態を犯した魔導士団に成果を与えるつもりだということだ。
「まあ、幸いにしてウェゼルの結界は機能している。今回は魔物の出入り口を発見して封鎖するだけにして帰ってこい」
「術式が解析できれば補修は可能ですが、それだけでは遺構の中の様子は」
「今は迷宮に潜る必要はない」
ヒューベルトは念押しした。
迅速に、功績だけを求める。
「お前の報告を待って、次の計画を練る」
「その猶予があるかは」
「愁笛の塔からも報告が届いている。魔物はまだ夜間にしか発生していない。焦るな」
第三騎士団第一隊として長く北の砦で防衛してきた経験が、ノル=セグヴァ王城遺構に対する警戒心を引き上げていた。
それでも旧ウェゼル公国領はアンリアンス王家の直轄領で厳重警戒区域だ。
命令以上の調査はできない。
今のヒューベルトの命令では、迷宮化の程度はウェゼルの結界の外側から第一層の状態だけで推測して、後日装備を整えて再調査することになる。
時間が掛かる。
やむを得ないか。
愁笛の塔の周辺には、東の港の第十二隊と、十一隊からも人員を調整して、不足があれば第七隊に人員を裂いたばかりだが第四隊に打診してみよう、と考えをまとめ、リシュトは一度深呼吸した。
「それでだ。只今よりロロを元帥執務室付にする」
「え」
「……」
「その殺気を仕舞え、リシュト」
深呼吸が意味をなさない。
血管が千切れるかと思った。
楼子の小さな驚きの声が、静まり返った執務室に余韻を残し、伺う視線はリシュトとヒューベルトの間を行ったり来たりした。
リシュトが片手で顔を覆った。
蒼白な顔を見せたくない。
「何の用事かと思えば」
「ロロを呼んだのは、その方が話が早いと思ったからだ」
楼子は呼べばすぐ来る王城内にいる。
ヒューベルトが王城内に楼子を配置している。
リシュトの発言を認めず、ヒューベルトは告げた。
「ロロを連れてはいけない。規定違反だからな。お前が寄り道をせずに南西から帰ってきていれば、ロロは薬師の免状も取れていただろうに。お前のせいだな」
言い難いことをずけずけと並べ立て、核心を突いて心臓を抉ってくるヒューベルトに、すぐに反論することもできない。
第十二隊の報告を受けて、自分で調査に行かなければならない事案だと思った。
王都にいることが幸いにも思えた。
しかし王墓の谷へ向けて調査に向かう時には、また楼子を王都に残して発つことになる。
悩みは前回と同じだ。
できるなら連れていきたい、が———今回も魔族と交戦する可能性が高い。
楼子が夕凪のために無茶をして南西の森にまで駆け付け、魔族に立ち向かっていった姿を目の当たりにして世界から色が失せ、橋梁ではリシュトの結界を破ってまで浄化の力を使って奈落を見た。
一途で熱心な性格は誇らしいけれど、楼子は身の危険を省みない判断をしてしまう。
楼子の魔力を封じる結界は結局外皮に施した結界だけで。
聖女の力の調査も途中だ。
連れて行くのも置いていくのも不安だった。
だったら、どうするつもりだったのか。
身勝手だなと、思う。
楼子は日中は王城に連れていかれるが、リシュトが第三騎士団の城に戻る時間には必ず帰ってきていた。
毎日会って、話をして、体調を診て、外殻結界を確認して。
穏やかなわずかな時間に感覚は麻痺をする。
妥協できるところ、前回と同じようにデイレイン団長に預けられるなら、と意識外のどこかで考えていたかもしれない。
油断していた。
ヒューベルトが、リシュトの望む道筋を叶えるわけがないのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます