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「今回第三騎士団は貧乏籤だとウルに責められてな。手当てを弾んでおくから僻むなよ」
「討伐は第二騎士団主導でしたから、それでよいのではないですか」
全く欲がない、リシュトの薄い反応にヒューベルトがわざとらしく嘆息した。
長がこれだから、ウルくらい阿漕な部下が必要なんだがな、と面白がる。
「実際はお前が殺人蜂の女王を倒したのだろう」
「違います」
「オルゼアの嘘なんてお見通しだぞ?」
ヒューベルトはオルゼアの実力を否定しているのではない。
オルゼアはついこの間まで北の障壁の部隊を統率していたのだから、魔物や魔族との戦い方を熟知していることくらい百も承知だ。
ただオルゼアは正直な人だ。
自分が倒したのではないと口を滑らせたのだろう。
それでも、楼子のことは庇ってくれた。
リシュトがヒューベルトから視線を外すように顔を背けた。
楼子の困惑した表情が寝台の上にあった。
あまり深く問い質されたくはないところだ。
話題を、変えようとした。
「第七隊の砦から、報告はありましたか」
「聖女の湖の結界の報告だな。定時報告にしたのか」
「受信装置の作動はアデルや他にも可能な者がいます。しばらくは毎日と」
第七隊と随分時間を掛けて協議した。
それだけ瘴気には警戒している。
ヒューベルトは瞼をぴり、と上げた。
「南西で瘴気に中らずに済んだのに、王都に戻ってきてから入院とは付いていないな」
「……そうですね」
「治癒は速かったな」
「元々大した傷ではないと申し上げました」
「痣になっていたのだろう」
「それも取り立てて騒ぐようなものではありません」
傷自体が治ると、リシュトの白目部分の黒色の沈着は、スポンジで吸い取ったようにみるみる消えていった。
目が見えるようになってしまえば、顔の黒ずみもすぐに薄くなった。
瘴気はもう既に、体内に残存しない。
だがこれがヒューベルトに疑念を抱かせた。
「今回の魔導士団の失態については、原因を究明するよう命じた。ジョゼットが始末書に追われて大忙しでな。真面目なやつだ。正確な報告が上がってくる」
ヒューベルトはカップをソーサーに戻した。
音もしない。
「どうやら下位魔族級の瘴気濃度が計測されたと報告してきた」
リシュトはゆっくりと、ヒューベルトの獰猛な紫色の瞳に視線を据えた。
ヒューベルトの追及に動じる様子はない。
「……一度死に掛けて耐性でも付いたのでしょう」
「あれから一年半も経つか。北の境界の戦闘では大変な目に遭ったな。第一隊を巻き込まないために妖精王の結界に隔離されるほどに」
「あれに比べれば、今回の傷など無いに等しいものです」
白魔導士の最高位ももつリシュトの魔術師としての卓抜した資質は知っているが、ジョゼットの検分の技量を疑うほどの要素も持たない。
ヒューベルトは淡々と答えるリシュトを前に、かつり、とテーブルを指で鳴らした。
「万が一にもお前が瘴気に飲まれるようなことがあれば、王家として面目が立たん」
「それは甘んじて、そんな事態になれば衆目に晒される前に殿下に切り捨てていただくために、こうしてここに」
表情を変えずに答えるリシュトに、しばし間を置いてから、そうだな、とヒューベルトは言った。
リシュトは、念のため、城下の民に被害がないように、懐かしの離宮に運び込まれて文句も言わず、治癒の時を待った。
念のため、だ。
最初から瘴気による弊害はないと言っていた。
城下に放たれた魔物を倒したが、怪我をしたため離宮に運ばれた。
怪我の程度は軽く、腕利きの白魔導士の侍医長が治療に当たり、一週間で完治した。
ジョゼットの報告を聞かなければ、それで納得できた。
下位魔族級。
その単語が引っかかる。
瘴気から身を守るための白魔術はこの百年で劇的に進化した。
瘴気を反射させる魔術も拡散させる魔術も増えた。
浄化の術式の性能も上がった。
だが、魔族の直接的な攻撃を受けた場合は、漂う瘴気を祓うこととは訳が違う。
一旦入り込んだ魔族の瘴気が人体に振るう猛威には、普通の魔術師に成す術などない。
それこそ妖精王ディジュやルルーフェン導師の庇護下でなければ、生きていることさえ難しいはずだ。
ヒューベルトは、リシュトが魔族の攻撃を直接受けて、瘴気に捕らわれていないことを疑問視していた。
こんな短期間で完治など有り得ないのだ。
無言の対決の後、ヒューベルトは席を立った。
詰問は無駄だ。
これ以上リシュトから聞き出すことを諦めたようだった。
「ジョゼットの始末書が落ち着いた頃、報告会を開く」
「了解しました。本日拠点に戻ります」
「……そうか、マルマンが寂しがるな」
楼子は、黙って寝台の上で兄弟のやりとりを聞いていた。
魔導士のローブを手に取り寝台から降り、背を向けるヒューベルトを追った。
「ヒューベルト殿下、お見送りします」
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