第4章 魔女

離宮への訪問

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「良い脚本家を見つけてな、初日を迎えて以来連日満席の大当たりだ」


ヒューベルトが中央のテーブルで白磁のティーカップを持つ。

王立劇場で公演中の話題沸騰の舞台のことだ。

第二騎士団の南西の魔物討伐を題材にした聖女と騎士の恋物語だという。


「デイレイン団長の許可は」

「そんなもの」


大きな出窓は両側の硝子が填め殺しで、中央の両開き窓が少しだけ開かれていた。

時々吹き込む柔らかい外の風が白茶色のカーテンの金色の房と、リシュトの髪の表面を揺らす。

病み上がりらしいゆったりした長袖のシャツに薄手のガウンを羽織った姿で向かいに腰掛けるリシュトの苦言をふふん、とヒューベルトは鼻で笑った。


収益以上の採算性があるのだ。

これ見よがしに長い足を組み替えた。


「民衆には上手く誤魔化せたのではないか」


殺人蜂の女王を討伐したことだけが取り沙汰されて、瘴気の元が聖女の湖だった事実をうやむやにしている。

確かに、公表するには旨味のない単語の組み合わせだ。

聖女の価値を貶める可能性がある。


騎士団に対する評価はうなぎ登りだ。

ヒューベルトは第二騎士団の討伐成功の凱旋パレードを華々しくセッティングした。


果敢に森の奥へ攻め込む第二騎士団、だが魔物の多さに風前の灯火だった。

その騎士達を救った聖女の祈り。

第二騎士団は息を吹き返し、終には殺人蜂の女王を仕留めた。


第二騎士団を救った聖女の祈りとやらを間近に見て恩恵に与かりたい気持ちを煽り、パレードの終着点は大聖堂にして、集まった貴族らや民衆の前で、聖女が女神への感謝の祈りを捧げる儀礼のエスコートを当然にオルゼアに割り当てた。

読み通りご婦人方の嗜好に命中した。

正餐会で自分の功績を捻じ込む狒々爺の過熱する議論をよそに、ヨークラウ公爵夫人が開く招待会では第二騎士団長と聖女の物語が興奮状態で独り歩きし始めた。


ヨークラウ公爵夫人が演劇招待会で好んで起用していた脚本家が、ヒューベルトの元に台本を持ってきたのは速かった。

先日見つけた若い女優が台本の聖女のイメージによく合った。

夕凪よりも幾分か落ち着いた雰囲気ではあったが。


公演が盛り上がって連日社交界が大賑わいの中。

ご婦人の口から口へ、リシュトが王都で赤子を庇って怪我を負った話が美談として拡散された。

公にするには不都合が多いから、騎士団にも魔導士団にも箝口令が敷かれた、なかったことにしたはずの事件だ。

人の口に戸は立てられぬよと、第一王子は澄ました顔で紅茶に口を付ける。


魔物への恐怖よりも第三騎士団長の勇気を称賛する風潮に誤魔化されて、今のところ王都に魔物が出現したことについて、暴動は起きていない。

真っ先に文句を言う神殿は、聖女の誘拐を教唆した者が別にいる蓋然性をちらつかせながらも神官一人を処分しただけで不祥事を表沙汰にせず揉み消してくれたヒューベルトに頭が上がらない。

今のところはこれでいい、と第一王子は目を細めた。

凶悪な表情をするものだ。


「熱が冷めてきたら婚約発表でもして盛り上げるさ」


当人同士の気持ちは完全に無視される。

恐い世界だな、と楼子は思った。


「それにしても、お前を見舞いに来たのに寝台に寝ているのがロロだとはな」

「面目次第もございません……」


寝台の上で楼子は顔を両手で覆った。


「咎めているのではない。子供は寝て育つものだ。ロロ、少し背が伸びたか」


リシュトが術後の過保護で、そのままでと制したために降りるタイミングを逃して未だ寝台で座っている楼子に、ヒューベルトは笑い掛けた。

まるで普通の父親みたいなことを言う。

リシュトは不興顔を覗かせた。


「……」

「これくらいで目くじらを立てるなよ」

「……いえ、そういう訳では。それもありますが」


物言いたげなリシュトからも、おちょくるようなヒューベルトからも、楼子は顔を伏せた。

何も言わないでほしい。

ベッドの上で賓客から声を掛けられるなんて、あってはならない。





王城の離宮に押し込められての生活は、八日目を迎える。

リシュトはほんの一週間で完治した。

創傷が塞がって視力の回復までは五日程度、今朝には瘴気による顔面の痣もすっかり消えた。

いつもの美青年は、魔力値も元に戻ったことを確認するや否や、楼子に再度、結界の術を施した。


リシュトの療養のためふたりでいる時間は、できることと言えばご飯のお手伝いと荷物を整理したりする程度の介助でのんびりしたものだった。

概ね、のんびりだ。


離宮の一日目に、視覚情報がないことは思ったよりしんどいと言うから、心配して何が必要か聞いた楼子に、「必要なのはロオだけど」と前置きして、あろうことか穿鑿しない方が楼子のためだと囁いた。

おやすみ、と微笑んだ三日月の唇が心臓に悪すぎた。

屋敷の中で別の部屋を与えられて顔を赤くしたり蒼くしたり挙句土気色にしながら、一晩で平常運転に戻さなくてはならないと焦った。


翌朝どんな顔でリシュトの部屋に出向いたか、包帯のお陰でリシュトに見せずに済んだけれど、時々急に緊張して余裕がなくなり、屋敷の執事が部屋をノックして我に返るようなこともありながら、一週間、概ね。


だったのだけれど、今朝「結界」とリシュトが言い出して、口から心臓が飛び出しそうになった。

前回の記憶が蘇る。

あんなことを言われて一週間しか経っていない、とても宜しくない状況だった。

第三騎士団の城に戻ってからでも、と献言したがリシュトは強硬だった。

直におなかというのは、本当に良くない。

リシュトが自分の顔の上で微笑んでいるのも、本当に良くない。


そう神経を尖らせたのだが、結局楼子は結界の術中に寝てしまった。

図太いものだ。

起きるとヒューベルトが部屋にいた。

恥ずかしすぎる醜態をさらす羽目になった。





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