幕間 充填

85 充填

リシュトは王城に運び込まれていった。

目的地を選択する隙もなかった。

大わらわで第一騎士団と医官が城門に到着して、馬車にリシュトと楼子を詰め込んで走り去った。

楼子は、リシュトの足元から離れなかったために連れ去られたようなものだった。


ガラガラとけたたましく車輪を鳴らして馬車が小さくなっていく。

砂埃の中の馬車の影を、アデルは目で追うしかできなかった。


「……ネイ、団長は」

「ロロが浄化してた」


橋から落ちた人の救助も終わって、第二騎士団が撤収して、アデルは、馬を二頭引いて徒歩で第三騎士団の城に向かっていた。

ネイがアデルの足並みに合わせて自分の馬を引く。


幸い死者はなかった。

怪我をした人は施薬院に運ばれた。

アデルの前で泣き崩れた母親と子供たちは、気の回る第二騎士団の騎士が家に送り届けたようだった。


空の容器を抱えた魔術師は、第一騎士団に王城に連行されていった。

魔導士団は、現れなかった。


ネイの返事にそうか、とアデルは俯いた。

楼子が団長を守ってくれた。

だけど。

不甲斐なさで視界が滲む。


「また、オレの前で団長だけ傷を負う」


北の魔族との戦闘でアデルを庇って傷を負った時には、リシュトはルルが妖精王の森に連れて行った。

瘴気に喰われていく身体を、妖精王の加護とルルの瘴気分解の呪布が持ちこたえさせていた。

それでも生命と正気のぎりぎりのところで、辛うじてだ。

魔族の瘴気に身ひとつで打ち勝てるひとなんていない。


それが、いくら団長でも。


リシュトが常に捨て身であることはアデルはよく分かっていて、だからリシュトの助けになれるようにひとりで戦わせないようにそばにいるようにしていたのに。

それなのに、あのひとはいつも一人で飛び出してしまう。


「リシュトは大丈夫」


ネイに言われて、アデルはそうだな、と頭をぶんぶん振った。


「ネイが治癒してくれてたしな」

「あれは、妖精王の加護」

「それ……ネイが使える術じゃないんだろ」

「そう。だから今は、少し薄い」


目を凝らせばネイの魔力が弱まっているのがわかった。

妖精の魔力は、妖精王の森でなければ回復しない。

波長が合うが楼子の魔力は使えず、生死が懸かる状態のリシュトの魔力に余剰はない。


「オレじゃだめかな……」


呟いたアデルの手をネイが取った。

ぼんやりとネイの顔を見たアデルの瞳に、ネイの深緑の瞳が映る。

絡めた指に視線を落とした。


「ないよりは」

「そうかあ……」


暮れる夕日が繋いだ手を赤く染めて、ふたりは家路をたどった。





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