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テーブルに着いて数々のお菓子の乗った皿を眺める。

温かい紅茶が嬉しい季節だ。

マフィンを頬張って、夕凪が幸せそうに身を捩らせた。


「この国に来て、はちみつ初めてかも」

「王家の養蜂場で生産してるやつです。滋養強壮の薬ですね。味付けに使うなんて、公爵夫人の大盤振る舞いですよ、これ」

「お砂糖ももしかして高級品なのかな」


夕凪の呟きに、楼子は市場の様子を思い出す。

料理するのに砂糖が欲しくてきび砂糖を買った、正確にはリシュトに買ってもらったのだけども、店舗には棚のきび砂糖の横に、綺麗な結晶をしたグラニュー糖が置いてあって、とても高価だった。

店主が南方の国との交易品と言っていた。


「生クリーム食べたいなあ。作れないかなあ」

「なまクリームって何ですか」


夕凪は補佐官に尋ねられ、説明しようがないけど、甘くて絶対病みつきになるやつと指をふわふわと動かした。

補佐官はふーん、と相槌を打って、夕凪の横に直立したまま一口サイズのベビーカステラのような焼き菓子を食べた。


「シーフィールさん、こないだアセットくんに立って食べるの注意してたじゃん」

「まあ、そうかも」

「アセットくん?」

「あ、ロロ会わなかったっけ。ヒューベルト殿下の息子」


王城で夕凪に会ったときに楼子は、挨拶をしたような、していないような、緊張していたのだろうあまり記憶になかった。

結構やんちゃなガキンチョなんだよ、と夕凪は笑った。

それから悪戯っぽく人差し指をナイショと立てた。


「あ、オフレコね」

「どうしようかなあ」

「ちょ、シーフィールさんも言ってたじゃん。こんなん言ってんのばれたら先生に大目玉だよ」


蜂蜜が掛かった焼いたりんごを食べながら、今度市場に行くときには果物も買ってこようと考える。

りんごなら八翔が皮ごと摺り下ろして食べるのが好きだったから、摺り下ろし果肉入りのジュースを真っ先に思いつくけど、作り置きができない。

変色防止にレモンを入れるのも味が酸っぱくなるし、蜂蜜は手に入りそうにないし、それなら、ルルが持たせてくれたスパイスを試せる蒸しりんごとかいいかもしれない。

ぼんやりとレシピを考えている楼子の耳に、外から何か言い争う声が聞こえた。

空いた天井から外の声が入ってくるのだ。

アデルの声のような気がする。


「……アデルの声」

「あちゃあ、第三に見つかったな」


ネイも気付いたようでぽつりと呟いて、補佐官が言葉とは裏腹にまずいという表情もせずに言った。

見つかった、とは。

隠れて移動していたわけでもないが、行程は伝えていないのだろう。

広い王都内で楼子たちのいる場所を探し当てたということなら、アデルの執念だった。

楼子は補佐官に話しかけた。


「シーフィール補佐官は、アデルと友達なんですか」

「ああ、あいつ同期なんですよ。友達っていうか、嫌われてるし、嫌いですね」


はっきり言うものだ。

聞かなければよかったかなと楼子は少し後悔した。


「シーフィールさんがいじわるするからじゃない?」

「人聞き悪いですね、ユウナギ様。あいつが鈍くさいだけですよ」


とりあえずあとは大聖堂寄って帰りましょ、と補佐官は残りのカステラを口に放り込んだ。





大聖堂の広場には儀式前と変わらずたくさんの人が訪れていた。

馬車から降りる夕凪の姿を見つけると人々は手を振り、夕凪は手を振り返す。

聖女に対する国民の想いは、神聖なものを恐れる雰囲気なのかと思っていたが、随分親しげだった。

広場でお披露目があった時に、夕凪が「みんなで元気になろう」と声掛けしたそうだ。

「もっとみんなのことを知りたい」とか「みんなで体操しよう」とか、「綺麗になった土地でおいしいものを作って食べよう」とか。

まるでフレイル予防のような触れ込みで、夕凪は交流を望んだ。

夕凪の目標は分かりやすく、人々に受け入れられたということなのかもしれない。


楼子は儀式以来来ていないが、夕凪は毎日に拝礼に訪れているそうだ。

神官に案内されて祭壇の前に進む。

神官から楼子とネイに、聖女の後ろで祈りを捧げることが許された。

近衛騎士は入り口で止まるが、楼子とネイは夕凪と一緒に祭壇まで歩いた。


作法も知らないが、夕凪に倣い膝を付いて指を組む。

この国は、豊穣の女神オーリウィルによって創生され維持されている。

白い石像の女神オーリウィルは、目を閉じて眠っているような表情だった。

祈りを、と言われて瞼を下ろした。


ぐわん


(……?)


眩暈がして、目を開けた。

見える空間が捩じれた。

燭台の蠟燭の炎が渦を巻く。

驚いたが驚いている場合ではない。

足元の床に黒い円が浮かぶ。


「夕凪!」


楼子は夕凪に手を伸ばした。

夕凪が振り返り楼子の手を取る。

ネイが楼子と夕凪に飛びつく。

捩じれから生まれたぽっかりした暗闇が膨らんで三人の足元に迫り、そして。


(床が抜ける)


悪寒が喉をせり上がる。

聖堂の祭壇ごと、落下した。




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