第3章 結界師
隠して
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「待望の! 王都観光でーっす!」
ひゅー、ぱちぱちぱちーと声に出しながら拍手をして、夕凪は楼子を出迎えた。
例によってヒューベルトの補佐官が楼子とネイを馬車で迎えに来た。
毎日ヒューベルトの補佐官が第三騎士団の城にやってきていることについては疑問だが、ひとまず置いておこう。
王城の西側で夕凪と落ち合った。
夕凪は、楼子がヒューベルトの補佐官に預けて差し入れしたガイドブックを隅々まで読み込んだとの意気込みだ。
聖女拝礼の儀式の後、夕凪は授業で忙しくしており、なかなかまとまった自由時間をもらえなかった。
出掛けることができるようになったのを喜ばないといけない。
季節は移り、あっという間に朝晩の冷え込みが厳しくなって、北方の山脈の山肌が白く見え始めた。
山頂はもう雪が降るのだ。
夕凪は、本日はご令嬢のお出掛け仕様だった。
フリルは夕凪の好みではないらしく色合いもシンプルだが、重ね着した丈の短いジャケットと編み上げのブーツが洒落ていて、きちんと感があった。
これでは夕凪が楽しみにしているらしい露店の買い食いは、目立ってしまってできそうにないが、ヨークラウ公爵夫人の制約も色々ある中で、ちゃんと要望を伝えての妥協点なのだろう。
楼子は、夕凪が周りの人たちと話し合いができているようで安心した。
王城で馬車を乗り換えた。
ヒューベルトの補佐官が馬で横に並ぶほか、三人が乗る馬車を挟むように護衛の騎士がふたり馬で付いてくる。
出発前に補佐官が、時間と仕事の調整的にぎりぎりだった、と言ったが、どうやら楼子からリシュトを引き剝がすための労力だったらしい。
夕凪を近衛隊の騎士が護衛しているのを見せるのが対外的にも良いことらしかった。
第三の団長がいたら意味ないでしょ、とヒューベルトの補佐官は割とあけすけに楼子に話す。
この図々しさが、アデルと反目するところなのかもしれない。
「本日のメインはアンリアンス王立博物館。あとは王立大劇場、ルクリア植物園、最後に大聖堂ですね」
「シーフィールさん、うちらのメインは自由時間だよ」
「本来は昼食は博物館の館長と、ということでしたが、ヨークラウ公爵夫人のご配慮で、みなさまだけで貸し切りにしてあります」
自由時間、それだけってことないよね、と夕凪は補佐官に口元をへの字にして向けた。
女子、そんな面白顔しても大丈夫なのか。
顔の筋肉が柔らかい。
「先生がさ、コースを決めちゃって、施設にはごあいさつをしないといけないみたい」
それは観光ではなく視察なのでは。
窓を開けて話す補佐官と夕凪の会話からは、夕凪の思う観光はできそうにないと楼子には推測された。
でも夕凪の安全を考えると、あまり気儘に移動するというのは憚られる。
本人も理解しているようで、そこまでの不満はなさそうだ。
楼子は、夕凪が楽しんでくれるなら、どこへだってお供するつもりだ。
「博物館って広すぎない? 館長の説明はマニアックで面白かったけど」
「歴史家、でしょうか」
「いえ、館長は確か地質学者ですね」
「舞台は妖精の物語だったんでしょ。ネイは知ってる?」
「先代の妖精王」
「妖精王が谷になったって、実話なんですか」
「アンラーフ峡谷の創造の物語は王都ではテッパンの演目ですよ」
ヨークラウ公爵夫人が出資している植物園は大規模だった。
植物園では補佐官がガイドを兼ねて案内をしてくれた。
補佐官が雑談に混じってきて、話に花が咲く。
博物館と劇場ではそれぞれ館長が一通り施設の解説をして、とても真面目に話を聞いていた。
夕凪は施設では終始上品な笑顔で応えていた。
館長には、聖女に直接話ができる機会を得られて光栄だととても喜んでもらった。
「よく連れていかれてたパーティーで、適度に頷くんだって、ちっちゃい頃から言われてたから」と夕凪の育ちの良さが垣間見えた。
昼食から夕凪は余所行き顔の反動で完全に脱力していた。
雑談ができるこの時間は、ようやくの自由時間、気分転換だ。
植物園は貸し切りで、天井が抜けた施設の木道をだらだら歩いては、あの葉っぱ知ってる、とか、そういえばバナナって木の下になるんだよとか、アロエが欲しいとか、夕凪は思いつくまま話をした。
公爵夫人の配慮なのか、多目的スペースでお菓子のワゴンが並べられていた。
縁日のように何台も並んだワゴンから立ち上る甘い香りに、夕凪は途端に元気を取り戻した。
「あ、これはちみつの味がする」
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