幕間 琥珀糖

45 琥珀糖(1)

「素手だと手の油とか汗で汚れてしまうからピンセットで」

「この先が柔らかいのは?」

「小さい重りをなるべく傷つけないようにするためです。重さが変わってしまうので」


天秤を前にして、楼子が六、七歳の子供三人と粉末にした薬草の粉の量を計っていた。

城の東の居住区の奥、建物に囲まれた中庭の洗濯物の下で、テーブルに頭を突き合わせる。


第三騎士団の城に住む騎士の家族は、城での労働力となっている人もいるが、城の外に働きに出ていたり、内職をしていたり、思った以上に自由で様々な仕事をしていた。

仕入れた薬草を干して、石臼で挽いて、分量を量る。

細かな瓶詰の作業を終えてできあがった商品を籠に詰める。

天秤は大事な商売道具だ。

ネイが天秤を刷毛で掃除してそっと棚に戻した。


明日の納品のために籠を積んでいると、少し年齢が上の少年たちが空の一輪車を押して外の扉から戻ってきた。

その後ろから歩いてきた少年の内のひとりの母親が楼子に声を掛けた。


「ロロ! 今日もありがとう。帳簿付けてもらって、助かったわ」


内職作業の帳簿を提出する日が迫っていてなかなか書けずに悪戦苦闘していた婦人を差し出がましく手伝ったが、喜んでもらえて何よりだった。

一輪車を片付けてきた少年が胸を張る。


「ちゃんと計ったし、形も揃って納品数増えたから、高く買ってもらえたよ」

「おつかれさまでした。じゃあ、おやつにしましょう」


やったーと両手を挙げて喜ぶ子供たちに笑い掛け、楼子は鞄から包みを取り出した。

テーブルに包みを置くと、包みの上に落ちる影に楼子は顔を上げた。


「リシュト」


「あっアスティア団長!」

「団長?!」


婦人がさっと首を垂れる。

こんなところにどのようなご用向きで、と少し怯えた風にも見える。

リシュトは静かな声で「すまない、ロロに用がある」と言った。

リシュトの表情は、楼子には穏やかに見えるけれど、背も高いし、団長の装束だし、見慣れない人にはそれだけで威圧感があるのかもしれない。

楼子はテーブルの包みを開いた。


「ネイは、みんなと食べてから戻る?」

「そうする」

「みなさん、じゃあまた」


数日ですっかり懐いた子供たちと並んで座るネイを置いて、楼子はリシュトの後ろを追った。


夕暮れの風が吹いて、肌寒くなってくる時間だった。

建物の石壁の間の空気はひやりとする。

聖女拝礼の儀式が終わってもリシュトは日が落ちる前に帰ってくることがないので、この時間のリシュトは久し振りだ。

踏み固められた通路を、リシュトの隣を歩く。


「早かったですね」

「うん」

「……探しました?」

「うん」


ごめんなさい、と楼子が謝った。

城の奥の居住区にいたので、見つけにくかったかもしれない。

楼子はリシュトの顔を覗いて、おかえりなさいと笑った。


落ちた枝を踏んで、小さくパキンと鳴った。

リシュトは歩を止めた。

両目に楼子だけを映す。


少し前から様子を見ていた。

集中した眼差しで天秤を見つめる顔も。

子供たちに振りまく笑顔も。





王城は、外城壁近郊の南西の村で瘴気が発生したと第二騎士団から報告が入り、浄化の準備に慌ただしく取り掛かっていた。

神殿が聖女を任務に出すのか出さないのか即座に判断できず、会議になった。

無駄な会議だなと思ったが口に出さなかったのに、ヒューベルトが言った。

多忙な騎士団から貴重な人員を何人も出席させる必要はないと、ヒューベルトはリシュトや他の要職を帰した。

明日に備えておけということだ。


聖女にはまだ浄化の魔術はコントロールできない。

素質がないわけではなく、学ぶ時間が短すぎる。

これまでどおり、街中の瘴気には神官と白魔導士で対応して、魔物が発生するようなことがあれば騎士団が出る。

ヒューベルトと意見は一致している。

明日は第二騎士団が出動する。

リシュトが王都にいることはほとんどないため、第二騎士団の瘴気の鎮静には立ち会ったことがない。

見ておきたいので、明日は第二に随行予定にした。


リシュトは帰城してすぐ楼子を探した。

門番から外出していないと聞いたので、敷地のどこかにいる。

楼子の魔力は知っているから、気配を凝らせば訳なく探知に掛かる。


(……ずいぶん奥だな)


城の奥は隊の妻帯者が多く住む居住区だ。

どんな理由があってそこにいるのかわからなかった。


食堂を通り抜けようとすると、仕込み中の料理番が団長、と呼び止めた。

リシュトが第三に配属になる前から長く勤めているこの料理番は、もともとは騎士だった。

食堂に訪れる団員とも気軽に話をする人物だ。

料理番はカウンターを出て、リシュトと顔を合わせた。


「ロロに」

「え」




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