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「……ロロ」


夕凪が下から楼子の顔を覗き込んでいた。

肩に添えられた手に気付く。


「え」

「大丈夫?」

「あ、はい。大丈夫です」


気付くと国王のお言葉は終わっていた。

会場には音楽がゆったりと流れ、舞踏会の続きになっていた。

ひな壇の国王の周りにはサラセニアのほか、魔術師や高官らが残っているが、リシュトの姿はもうなかった。


楼子は、壇上のサラセニアを見た。

きちんと着飾ることができる美人だな、と思った。

自分磨きに余念がない人に対する憧れみたいなものは楼子の中にある。

職場の服装は自由だったが、出勤にいつも紺色かグレーのパンツスーツを選んでしまう楼子には、流行を追って、それでいて不快感のない洋服選びをする同僚たちを尊敬するしかなかった。

化粧もそう、髪型もそう。

動きやすさとか、時短を重視と言えばまあ理屈は通るが、要するに、おしゃれに疎い。

だから、サラセニアが自分に似合う服装で、自分の魅力を好きな人にアピールすることは、凄いなと思った。


思ったのだが。


「……うん」


思考が行き詰った。

もやもやしたものが湧き上がる。


(切り替えよう。考えても仕方がないことだ)


楼子は夕凪に遅くなったのでこれで帰ると告げた。

また近いうちに会うことを約束した。

夕凪は自分も帰ってお風呂に入って寝たいと護衛の騎士に告げると、護衛の騎士は夕凪の手を取って立たせた。

夕凪の姿のなんと様になることか。


「……ロロ、あのね」


去り際、ぼんやりと夕凪を見上げる楼子の顔に夕凪は視線を止めた。

夕凪は珍しく歯切れが悪かった。


「どうしました?」

「あたしあんまり人のことよくわかんないんだけど」


楼子が聞き返すと、夕凪は視線を泳がせた。

根拠があるわけじゃないんだけど、と宙のどこかに焦点を合わせる。


「心配しなくていいと思う。第三騎士団の団長さん、いつもの真顔だったもん」


あの人の恐くないの、ロロといるときの顔だけだからね、と夕凪は言った。





意外だった。

夕凪はリシュトが恐いのか。


(確かに美人とは近寄りがたいものだ)


楼子はベッドの上でぼんやり座っていた。

真夜中自宅に戻ってくると、勤務を終えた騎士たちもぼちぼち帰ってきていた。

通りすがった食堂に、夜勤を終えた騎士たちのために大皿が並べられているのが見えた。

自室に戻ってきて、寝る準備を終えたものの、目が冴えた。


隣の部屋からは何の物音もしない。

リシュトはまだ帰ってきていない。

今日も王城に泊まりなのだろうか。

でも聖女拝礼の行事はひと段落した。


並んだベッドで眠るネイの背中を見る。

起こさないように、立ち上がる。

楼子はキッチンに向かった。





馬上で肩を押さえてリシュトが首を軽く後ろに倒す。

さすがに疲労を覚えた。

もう日の出が拝めそうな時間だ。

道に等間隔に置かれた松明を目で追って、第三騎士団の城を仰ぐ。


リシュトが第三騎士団の城に戻ってくると、門番が敬礼して出迎えた。

厩舎に馬を預けて、まっすぐ自室に向かった。

城の中はひっそりとしている。

みんな気を張っていたから、くたびれていることだろう。


鍵を開けて薄暗い部屋に入ると、テーブルの上に丸いものが見えた。

物を置いた心当たりがない。

丸く縫った布だった。

模様には見覚えがある。

綿が入っている柔らかい布を持ち上げると、陶器の小ぶりの鍋が現れた。

これも見覚えがある。

鍋はまだ温かい。

蓋を開けるとポトフだった。


「……ロオ」


楼子が布屋でどちらにしようかと迷い、選んだ薄桃色の布と、一目ぼれだったらしく即決した一人前用にも少し小ぶりの陶器の蓋付の鍋が目の前にあって、香り立つスープは妖精王の森の家で楼子がずっと作ってくれていたものと同じだった。


ずっと食べさせてもらっていたスープ。

リシュトは椅子を引いて腰掛けて、鍋を前にスプーンを持つ自分の手を眺めた。


楼子は眠っているだろうか。

聖女拝礼の儀式のための激務で会えない間、何をしていたのだろう。

買ったものを開いて、縫物をして、移動の間アデルに取り上げられた料理を再開していたのだろうか。

食材の本を買っていた。

買った本は読み終えたのだろうか。


隣の部屋との壁を見る。

壁なんていらない気がする。

今すぐ楼子の顔が見たかった。





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