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「アスティア閣下、東の車寄せでトラブルです」
「今、第一の三班が戻ったな。第三の六班と向かえ。指揮はボグオークに」
盤面の間取り図に置いた石を動かしながら、リシュトが本部に報告に来た騎士に命じた。
第一騎士団の団長と近衛隊は要人の護衛に充てられていた。
第三騎士団の儀式のために各隊から招集した人員と第一騎士団から割り当てられた人員で王宮内に配置した。
第一騎士団団長とは残りの団員の配置の打ち合わせは十分ではなかったが、団員のひとりが王宮内の現状をリシュトによく説明してくれた。
リシュトが第一騎士団にいた頃と面子は半数以上入れ替えされており、第一からリシュトの補佐に回ってくれたこの青年とも面識がなかったが、第一騎士団長の教育が良いのか、反発もなく兵士にまで命令は行き渡った。
外囲いは第二騎士団が請け負っている。
今のところトラブルは細やかなもので済んでいた。
アデルが背伸びをしながら部屋に入ってきた。
盤面の配置を見て、二階の休憩室で何かあったんですかと訊いた。
第一の補佐が、ジョゼット殿下が予定外の動きをして一時近衛騎士が溜まっていただけだと回答した。
「そういや団長、ネイが言ってたんですけど」
リシュトの横に並んでアデルは、盤面上の礼拝堂を見つけて言った。
「ロロ、誰かに大聖堂の左右を逆に教えられたみたいです」
儀式後は、正殿に向かって右側でネイと待ち合わせることになっていたが、大聖堂では常に祭壇から右側を右というと教えられたということだった。
「オヒナサマ? も右大臣と左大臣がそうだから混乱したって。ロロの故郷にも聖堂みたいなのあるんですかね」
「……そうか」
リシュトの目の奥に冷たい光が宿った。
大聖堂で楼子とネイが落ち合えなかった理由は、当人にとっては些細な勘違いだったと済ませられるようなものだった。
だが、明らかだ。
意図的に楼子を反対側に誘導した者がいた。
アスティア伯爵が付近に潜む不穏な気配に気づき、ひとりの楼子を見つけてくれて心底助かったが、アスティア伯爵から出た名前は、リシュトの過去の遺恨を捨象しても不吉なものだった。
(エピックス家……)
その名前は、ヒューベルトからも警戒するよう助言されたばかりだ。
エピックス家は伯爵本人と令嬢が魔導士団所属で、魔術師として実力も持ち合わせて功績を上げており、地位が高い。
今日の受章の対象者だ。
厄介だった。
(ロオを独りにしようとした)
エピックスの目的は容易に予測できた。
ヒューベルトから各騎士団の団長は参列しろとのお達しだったが、気が進まない。
早く楼子の顔を見たかった。
ネイが付いているとはいえ、アデルの話を聞いて、心配にならないはずがなかった。
「アスティア閣下、時間です」
無情にもヒューベルトはわざわざ迎えを寄越した。
リシュトはひとつ呼吸を整えてから、顰め面のまま本部を出た。
「魔導士団って、全員魔法使える人たちなんだって」
正確には魔法と魔術は違うらしい。
この国に魔術師はいるが魔法使いはいないそうで、白魔導士、黒魔導士や神官という名称は資格を指すのだそうだが、夕凪は差異には興味がないようだった。
厚手のカーテンで仕切られたバルコニー席から、楼子は夕凪と会場を見下ろしていた。
ネイは後ろで立っている。
ネイの向かいで夕凪の護衛の近衛騎士が直立していた。
楽団が奏でる三拍子に合わせてくるくる踊る男女を見て、できる気がしないと夕凪が感想を述べた。
音楽が止んで、会場の中央が開ける。
これから王宮魔導士団の授賞式のようだ。
壇下付近に重鎮らしい人物らが集まり始める。
その中にリシュトがいた。
また随分硬い表情をしている。
壇上の国王が立ち上がった。
宰相が一段下で巻物を持って立つ。
魔術師たちはホールに整列する。
ジョゼット王子が一番に名を呼ばれ、国王の前に立ち、続けて順番に王宮魔導士団が国王の前に並んだ。
「バニーザ・ジハウンド侯爵閣下……フラバ・エピックス伯爵閣下」
呼名が続く。
みなジョゼットと似た色のマントを身に付けており、爵位で呼ばれていた。
ひとりだけ女性がいた。
豊かな焦茶色の巻き髪を下ろして、紅一点を際立たせるはっきりとした化粧をしている。
腰のカーブが色っぽい。
マントの下は深紅の胸元が大きく開いたドレスに、十センチもありそうなピンヒールで立っている。
「エピックス伯爵令嬢サラセニア様」
令嬢は名を呼ばれ、すい、と右手を顔の高さに掲げた。
向けられたのは国王の壇下斜め右。
壇下には王家の親戚筋の高位貴族や高官、それから各騎士団の団長が並んでいる。
楼子の息が止まった。
会場がざわめいた振動がバルコニーにも伝わった。
サラセニアは、リシュトに向かって手を差し出した。
艶やかな笑みを浮かべて赤い唇を動かす。
リシュトさま
そう読めた。
サラセニアはたった数歩の距離のエスコートをリシュトにねだっていた。
リシュトはサラセニアの熱視線に一瞥もくれず、動かなかった。
青い瞳は無機質に凍り付いていた。
瞳の色は光の届かない深海を思わせる。
静寂で、昏い。
サラセニアは、リシュトが当然手を取ると思っていたようだった。
我慢比べをするつもりはなかっただろう。
ヒューベルトが少し眉を上げ、ざわつき始めた会場を眺める。
無反応のリシュトをちらりと視界の端に入れた。
リシュトの凍てついた気配に、ヒューベルトは第一騎士団の団長に目配せをした。
これ以上進み出ないのは恥になる。
サラセニアは苦々し気に第一騎士団の団長の手を取った。
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