何と言えば
34
「アデルは知ってんだろ」
「なにが」
「ロロがほんとに団長の子供なのか」
「はあああぁ?!」
日も暮れてから中庭はがやがやと賑わっていた。
昼勤務が終わった隊員がジョッキを片手に顔を突き合わせると、案外というか当然なのか、俗っぽい話題しかないものだ。
夏だけ自動的にビアガーデンと化す中庭は、どの騎士団も似たようなものだろうと思う。
バーテンも別に雇うこともなく、なんとなく集まった連中が持ち寄ったつまみと酒で宴会を始める。
一番に飲み始めた者が今日の店長で、店じまいまでお付き合いをすることになるが、店長次第で割とあっさり打ち切られる日も、とことん飲ませられる日もある。
今日は、誰だ。
この面倒くさい話題を持ってきたのは誰だ。
「ロロが。違うだろ。そんな話になってんのか」
アデルが驚いて叫ぶと、周りの連中はお前はほんとにピュアなんだからと笑った。
「団長に釣り合う人なんてなかなかいないだろ。すぐばれるって」
「でも団長は家格とか気にする感じじゃないでしょ。平民だったらわかんない」
「団長が子供まで産ませてほっとくような人かって」
「そうじゃない、けど、そうじゃない!」
あの甘やかしっぷりは、誰の目から見ても、底のない愛情が疑いようもないものだ。
第一隊の隊員たちは特に、冷静な仮面の下のリシュトの篤実な性格も、家の事情もわかっていて、第三騎士団の職務に全身全霊でずっと恋らしい恋をしていないリシュトを心配する気持ちがあった。
誰かのために強くあれるもの、それが騎士だ。
自分を削り国に尽くし、最前線で結界を守り魔瘴を祓い続ける、そんな団長の支えになってくれる人がいた。
リシュトの帰還とともに現れたロロの存在は、みんなにとって特別褒賞のようなものだった。
「ロロの横にいるあの妖精の美人」
「ネイ?」
「彼女は?」
「オマエそれは見当外れだよ」
大外れだ。
妖精王に抹消されるぞ。
アデルはしかめっ面で高速で頷く。
「黒髪だろ。絶対東方だって」
「確かにロロの顔立ちはそんな風にも」
「団長、第三騎士団勤務になる前、第一騎士団の派遣でビクトリシア国行ってるじゃん」
「え、それ、何年前」
「ないない、要人警護だぞ。自由時間なんてあるわけないだろ」
否定、兎に角否定だ。
アデルにできることはそれくらいしかない。
「まー、深い事情があると思うな」
「それはな。ルルーフェン導師に預けてたってことだろ」
「え、じゃあ魔術師ってこと? 魔導士団の誰か?」
「それも可能性あるけどもしかしたらキャスアン国の人ってことも」
「まずいじゃん、俺たちが秘密を守ってあげないと」
宴会のつまみのネタにするような奴らに秘密が守れるものだろうか。
いや、違う、こいつらは純粋に、団長の帰還とロロの存在を喜んでいるだけだ。
もー、団長の耳に入らないことを祈ろう。
いやだめ、こいつらあほだからすぐ団長に直接聞いちゃう。
リシュトが幸せそうだからこんな感じで飲みながら喋っているのだということは、アデルにも分かっている。
アデルはもやもやしながら話を聞いていたが、やがて、だめだ、とガタンと音を立てて席を立った。
ジョッキを一気に呷る。
「アデル?」
「オレは、オレは……っ」
だん、とジョッキがテーブルに戻された。
猛ダッシュで中庭を走り去っていくアデルの後ろ姿を仲間たちはぽかん、と見送った。
「ネイ!」
楼子は、ネイと食堂から部屋に戻るために階段を上っていた。
隊舎暮らしの一般の人は団員が食事を取り終えてから食堂に集まってくる。
昼ご飯をしっかり食べる分、夕食は少し遅めの時間に軽めに済ませるのがこの国のスタイルのようだ。
楼子の小さくなった胃は量を受け付けないので、基本的にパンとスープを頂く。
向かいでネイがちゃんと食べているのを見て安心する。
ただしネイは熱いものが苦手のようで、ふたりして食べるのに時間がかかるのだった。
踊り場に差し掛かった楼子とネイの前に、アデルが現れた。
猛牛の勢いで走ってきたアデルは、勢いそのままにネイの腕をひったくった。
ネイがたたらを踏む。
「?」
「アデル?」
あまりの慌てように楼子が声を掛けると、アデルは潤んだ瞳で楼子をぎっと見た。
何の感情かわからず、おっと、と楼子はちょっと引く。
「ロロ! ネイ貸して! 団長今執務室だから!」
執務室すぐそこ、と二階を指さして、アデルは走り出す。
ネイはアデルに振り回されながら、一瞬で廊下の端を折れて姿が見えなくなった。
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