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翌日、楼子はネイとふたりで再び夕凪の元を訪れた。

リシュトは今日も付き添うつもりだったらしいが、昨日の仕事が残っていて朝食後すぐにアデルが第三騎士団の城から連れ出して行った。

なるべく早く行くからとリシュトが言うので、そこは仕事を優先してくださいと返事した。

食堂で手を振り見送って、昨日渋った分じゃないかなと楼子は思った。


鞄に薬剤を持っていたので、衛兵に随分見分されたが、ヒューベルトの伝令が到着すると、一瞬で荷物が片付き、中に通された。

伝令は、後程第一王子がこちらに寄る予定を読み上げて去っていった。


「夕凪、持ってきましたよ」


薬剤というのは髪染めの道具だった。

もし変装が必要になったときのためにとルルが楼子に持たせていたものだ。

変装が必要になることがあるのだろうか。


夕凪はベッドの上だった。

早すぎるということはない時間なのだが、やることがないと転がってしまうらしい。

下着姿でごろごろしていた。

発育の良い肢体が目に眩しい。


もう下着のままでいいか、と楼子は夕凪にケープを被せた。

マットの上に夕凪を転がして丁寧にシャンプーをするところから始めた。

ルルの作った石鹸はとても使い心地がいいし、甘い香りも癒される。

夕凪の気持ちも解れたらしい。

「ごくらく~」と声が漏れた。


説明書を広げて薬剤の瓶を見比べる楼子に、ねえマジ大丈夫と夕凪は聞いてきたが、大丈夫ですと言い切った。

説明書どおりに使うから大丈夫じゃないわけがないのだ。

とは言えちょっとどきどきしているのも確かだった。


出来栄えは大成功で、夕凪の髪は綺麗な薄いピンク色に染まった。

アガるーと鼻歌で全身鏡をのぞく夕凪はご機嫌だ。

ただし下着だが。


「ほら、切りますよ。椅子に座って」

「りょか」


しゃき、しゃき、と鋏の音がする。

昨日、部屋の外に残されていた補佐官を通じてヒューベルトに頼むと王宮の理容師の鋏を借りることができたが、どうやら相当高級品のようだった。

鋏は小ぶりに作られていたので、昨晩試しに自分の髪を切ってみたところ、楼子の手でも扱うことができた。

梳き鋏はなかったので、見様見真似梳きカットをしてみる。


「あたし、さ、ここに来てからちゃんとお風呂も入れてなかったんだよね。さっきのシャンプーめっちゃ気持ちよかった。

あたし銭湯好きだったんだー。結構友達と行ったよ。隣の知らんばーちゃんの背中とか流してあげんの。

もともと高校でも成績は底辺でさ。あんま勉強好きじゃないんだ。それなのに、せーじょならこれを学ばないといけない、とかさ、せーじょならこの呪文を覚えないといけない、とかさ。いっぺんに言われてもできないよ。

英語は喋れるけど全然書けなくて、読むのもしんどかった。なんか呪文ってそんな感じ。

しかもドレスしかなくてさ。寝っ転がれないじゃん、窮屈だし。絶対制服のがかわいいし」


夕凪は好きなように話をした。

楼子は相槌を打つだけだった。


「なんか、昨日から考えたんだ。こっちの世界で生き返って、初めて会話らしい会話したかも。ってもさ、もともと親とは顔合わせたらけんかばっかだったし、大人はさくしゅするばっかだったし、会話って難しいことだったんよ。

それ思ったら、こっちの人はあたしに話しようとしてたんだよね。あたしに余裕がなくって会話になんなかった。びっくりしすぎてたし、今気づいたよ。

あんた凄いよね、あたしが何言ってるかわかったってことでしょ。大人とも対等に話しててさ、かっこいいよ」


褒められた。

夕凪は根が素直なのだろう。

そして人懐こい。


「あたしも」と何か言いかけて、夕凪はしばし黙った。


ころんとしたボブヘアができあがった。

ドライヤーなんてないので、タオルでよく乾かした。

丁寧に髪を梳かして香油で整えた。


洋服選びは昨日の若い侍女がハンガーラックを引っ張ってきてくれて始まった。

ネイを見て、夕凪はパンツスタイルがいいと思ったようで、昨日それだけは先に伝えていたため数本用意してあった。

オフホワイトのハイウエストのワイドパンツがまず決まった。

上に何を合わせるか夕凪は楽しそうに迷った。

最終候補は、ショート丈に詰めた薄手の光沢のある生地のトップス。

白とピンクで迷って、ピンクのシャツを選んだ。


「これショルダーオープンのがかわいくない?」


夕凪の注文に侍女が対応してくれる。

夕凪が説明に紙に絵を描くと、超速度で裁縫が始まる。

侍女の職人魂に火が付いたらしく、途中から夢中になって夕凪のリクエストに応え始めた。

手仕事ぶりは圧巻だった。

最終的に腹と肩の肌部分が出ているが、足が出ていないので良しと判断された。


薄く化粧をして完成するのにお昼近くまでかかった。

女子四人、姿見の前で感嘆の声を上げた。

もとい、ネイは無言だったが、たぶん、驚いていたと思う。

背の高い夕凪はティーン雑誌のモデルのようだった。


夕凪は楼子に擦り寄って腕を絡ませた。


「最高じゃん。ね、名前なんていうの」

「……ロロと呼んでください」

「オッケー、ロロ」


夕凪はネイと侍女にも名前を聞いて、両手でいえーい、とハイタッチして回った。




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