29

「この国、やっぱおかしいよ。あんたみたいな子供を働かせるってワケ?」


第一王子が直々に案内をしてくれたのは意外だった。

聖女の部屋だと案内されたのは、王城の奥深く、王族の居住区の西側の別棟だった。

入り口には塔があり壁も高く、城の広大な敷地の中でも仕切られた場所という雰囲気が出ている。

階段を上がって二階の一間ひとま、扉を開けて少し話がしたいと楼子が言うと、聖女はいきなり噛みついた。


ダークグレーのブレザーの下に、第一ボタンを外したカッターシャツ、リボンやタイはしていない。

膝上のチェックのスカート、紺のハイソックスと黒のローファー。

肩に掛かる髪は脱色の白色で、小顔で、足が長い。

現代人の体型だ。

大きなアーモンド形の瞳は、外敵を威嚇する猫のようだった。


それにしても不敬な物言いだ。

こんな発言が続くようなら、王族にはこの先は聞かせない方がいいだろう。


「リシュト、外で待っていてください。殿下も」

「だめだ」

「しかしな」


ネイがいてくれるからと説得を試みたが、ふたりは楼子の頼みを聞き入れなかった。

せめて部屋の隅に留まるようふたりに頼むと、特に第一王子があまりの暴言に聖女を処分するとか言い出しませんように、と願いながら楼子は少女に向かって歩いた。

ネイは楼子のすぐ後を歩いてくる。

ネイの気配はフラットだ。

ネイならば、感情の波が不安定な状態の少女を刺激することはないだろう。


「大丈夫ですから、座ってください」

「信じらんない、あんた、大人に使われてんの? 大人の手先なの?」

「いいえ、あなたに会いに来たんです」

「もうやだ、やだ、だって一度死んだのに。何でまだこんなに怖い思いしないといけないんだよ」


ばちん、と響いた。


振り回した少女の手の甲が、楼子の頬を叩いて、楼子は簡単に倒れた。

その瞬間リシュトが飛び出そうとしたが、ヒューベルトが横から手を伸ばして胸倉を掴んで止めた。

ネイがそっと楼子の体を起こす。

楼子の唇が切れて血が出ていた。


血を見て、少女は蒼褪めた。

動きがぴたりと止まった。

楼子は、少女に静かに問いかけた。


「何があったか、話せますか」





「ちょっと親を困らせてやろうと思っただけなんだよ……。


口座を作って売ったの。

十個くらい。

一つ売ったら三万円くらいになるからさ、親が小遣いくれなくなったから。

家出して、お金なくなったから、仕方なかったし。

うち金持ちだったけど、あたし親と仲悪くて、犯罪だってわかってたけど、腹いせだった。

そしたら、親がバ先に飛び込んできて、弁護士から催告書が来たって、何通も届くんだって、うちも弁護士に調べてもらったら売った口座に知らない人からめっちゃ入金されてて、全部出金されてるんだよ。

そしたら突然警察が来て、県警じゃなくて警視庁だって、大人に囲まれて、被害一億円超えたって、あたし初めてやばいことになったって思って、それで」


それで、タワマンのベランダから飛び降りたんだと、少女は言った。

楼子は話しながら泣き出してしまった少女の前に正座して聞いていたが、目を見開いた。

高額の被害が出てしまった口座の転売は、実刑になるかもしれない。

それでも。


(この子は、自分で)


少女の瞳から溢れる涙に、楼子の視界も滲んだ。


「すんごい怖かった。死ぬんだって思ったら、馬鹿なことしたって。すごい反省した。あたしバカだった。もう人に迷惑かけないよ、そう思ったのに。起きたらまた大人に囲まれて、みんなわけわかんないこと言って」


楼子は少女ににじり寄った。

詰められた距離に、少女は戸惑ったようだった。


「ユウナギ。あなたの名前は、どんな字を書きますか」

「……へ? なまえ? 夕方の夕に海が凪ぐとかの凪」

「夕凪」


この世界に来て、ひとりで頑張ったね。

楼子は膝立ちになり夕凪に手を伸ばした。

夕凪の頭を抱きしめて、髪を撫でた。

二か月よりもっと放置されていたのだろう髪は、すっかりプリンで。

異世界の服を着ることに抵抗して、毎日着ていた制服はもうよれよれだった。




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