28
「ロロ、いくつだ」
ヒューベルトは楼子に問いかけた。
紫の眼光は人を射抜くように強力な熱量を持っている。
「わ、かりません」
楼子は、咄嗟に正直に答えた。
基準がわからない。
何歳に見えるのだろう。
ヒューベルトは小さく答えた楼子に目を細めた。
「妖精王の森では時間の流れもこちらと変わるのだったな。年齢などはあってないようなものか」
楼子の焦りは気にならなかったようで、ヒューベルトはくるりと椅子ごと体を後ろの窓枠に向けた。
外は薄曇りだ。
王都に着いたときにはよく晴れていた。
ぐるりを王都を囲んだ城壁は濃い影を作っていた。
妖精王の森の中と違って王都には頭上からの陽光を遮るものがなく、暑さを感じた。
町の人も半袖や長袖を捲る人が多かった。
今日は昨日とは打って変わって雲が出て、それだけで暗く感じてしまうほどだ。
「聖女は十七だそうだ。しかしお前と違って、私の前に真っすぐ立つこともできない」
十七歳。
高校生だ。
八翔と、ひとつ違い。
楼子は心臓にどん、と衝撃を受けた。
楼子のショックを見て取ったリシュトが話を受けた。
「殿下の魔力を呼び水に聖女召喚の儀式を行ったと聞きました」
「そうだ。陛下が私を指名された。私の責任で儀式は遂行された。だから召喚された聖女も私が面倒を見るのが筋なのだが」
ヒューベルトは言葉を切った。
何の間だ。
リシュトは、促すように視線を上げる。
リシュトの刺さるような視線が横目に入ったらしく、ヒューベルトは苦笑して続けた。
「暴れてる」
「……?」
「喚き散らして身の回りの世話もさせないくらいだ」
聖女召喚の儀から、もうそろそろ三か月が経つ。
ヒューベルトは聖女の体力が尽きれば大人しくなるのではないかと思っているようで、話ができるようになるまでは部下に対応を任せていると言った。
「前回の聖女召喚の儀から百年以上が経つ。聖女はやはり必要な存在なのだ。一旦は収まっていた魔族との争いが、ここ数年深刻な事態を迎えている。だから聖女が何のためにこの世界に呼ばれたのかを連日必死に教育している。魔族に襲われた町や村の被害も見せた。魔瘴に中てられた人にも会わせた。聖女をこの世界に呼ぶための儀式は過酷で、魔導士団には死者も出た。それも皆が聖女を待ち望んでいたからの尊い犠牲だ」
聖女としての自覚を得てほしいと言う。
この国としては、憂慮すべき事態なのだ。
聖女が聖女の働きをしないことは、聖女召喚の儀を主導した国のトップを悪評に晒す由々しき局勢なのだろう。
だが。
(随分、自己中心的で無責任だ)
かっとなった楼子は、うっかり口を開いた。
「いきなり知らない世界に連れてこられて、要望ばっかり突き付けられて」
「ロオ」
リシュトがまず驚いた。
「誰かユウナギの話を聞いてやったんですか。まだ子供ですよ。知らない大人に囲まれて、理解できない話を何度も聞かされて、心を閉ざしてしまうに決まってる」
ヒューベルトは、無言で楼子に向き直った。
フードの下で黒く丸い瞳が自分を真っ直ぐ見返している。
抑えているが、怒りを含んだ声が幼い子供から発せられたことに、面白そうに唇を歪めた。
リシュトがひょいと楼子を抱え上げて、王族に嚙みついた唇に人差し指を当てた。
「……あ」
しまった、と思ってびっくりして、楼子は息を飲んだ。
リシュトは、失態を後悔する楼子に微笑んでからヒューベルトに視線を移した。
「近衛隊に聞いたところによれば、それなりに教養はあるし、良く育って健康状態もいいそうですね。ロロが言うのは、平和な世界で危険な目に遭わずに育ったならば、こちらの相当年齢の者と違い、精神的にまだ自立していないのだろうという予想ですよ。豊かな国で大事にされて育っているなら猶更、彼女はまだ、ただの子供なのでしょう」
リシュトの言にヒューベルトは無言で顎を撫でた。
つかの間、部屋の中はしんとした。
ヒューベルトは、確かにな、と頷いた。
「まあ、働いたことがないような様子だな。論理的な会話は苦手なようだし、社会経験は浅いのだろう。いわゆる子供だったと言われれば、そんな様子だな」
「対応を改められますか」
「それはそうだな」
ふむふむ、とヒューベルトは何か書きつけて記録官を呼んで渡し、目線を上げ改めてリシュトの腕の中の楼子を見た。
ヒューベルトが楼子を見る目は、楼子の裏まで、細部まで見定めるようで、ぞっとした。
楼子はリシュトの腕に顔を押し付けて心持ち隠れた。
リシュトが空いている手で楼子のフードを引いて下ろした。
ヒューベルトは自分が圧力をかけたことに気付いたようで、胸を開き肘掛けに両手を置いて緩やかに背もたれに寄り掛かった。
細く息を吐いて、ロロ、とヒューベルトは楼子を呼んだ。
「お前も子供だが、不愉快な思いをしたことがあったのか?」
楼子は、その問いにしばらく息が止まった。
「……いいえ」
あるとすれば、もう何年も前のことだ。
この世界に来てからは、楼子は穏やかな時間を過ごしていたと思う。
妖精王の森は心地よかった。
ルルとディジュは何かと手助けしてくれた。
リシュトは大変な思いをしていて、それでも楼子に向き合ってくれた。
「わたしには、リシュトがいますから」
聞こえるか、聞こえないか程の声。
リシュトが楼子を抱き締める腕に力が篭った。
ヒューベルトは目を見張った。
リシュトの様子にいささか疑問を感じた。
追及したい気持ちを後回しにして、ヒューベルトは楼子に尋ねた。
「ロロ、会ってみるか、聖女に」
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