27
謁見後の第三騎士団の報告会は公開され傍聴できるというので、楼子はこれもネイと共に参加した。
議場は広かったが、二階の半円の階段状に設置される傍聴席は満席だ。
議題は事前に告知された。
第一項が第三騎士団から境界の現状報告、第二項が第一騎士団から聖女の教育の進捗報告だ。
これも公開の範囲はもう定められているのだろう。
リシュトが腕を失うほどに苦労したことも伏せられ、結界が正常に機能していることと現在魔族との戦闘は小康状態であるというあまりに無難な内容だった。
聖女についても大した情報はなかった。
召喚された聖女の名前は、ユウナギ。
召喚の儀の後遺症で魔力が不安定で、まだ公的な場に姿を見せるまでには回復していないということだった。
近衛隊、第一騎士団の中でもエリートの集団らしい、の保護下で魔導士団の治療を受けている状況は、貴族からしてみても相当厚待遇のようで、費用面とか王族が後見するのかとか、いつになったら瘴気の浄化に出られるんだとか、ひそひそ話が飛び交った。
まあ、悪口だ。
楼子はついむっとしてしまった。
むくれてもフードの下だし、子供の風体なので、あまり気にされないのは良いことだった。
「ロオ、疲れただろう」
議場から退出したリシュトが、傍聴席の出口で楼子を出迎えた。
かっちりとした黒の軍服。
胸元の数々の勲章が揺れる。
正装のままだ。
目立っている。
騎士団のみんなはどうしたのか、団長が一人抜け出していいものなのか。
周囲の視線が集まるのを全く意に介さず、リシュトは楼子を抱き上げた。
周囲が息を飲む音や、悲鳴までもが聞こえる。
「リシュト、リシュトこれはまずいです」
ざわめきが広がる中心部で、楼子は慌てて小声で伝えたが、リシュトは笑顔で小首を傾げただけだった。
ざっくり言えば魔族討伐のヒーローが正体もわからぬちんちくりんを抱き上げているのだ。
それは悲鳴も出るだろう。
ファンの方には気の毒でならない。
楼子は内心これはいかんと叫び声をあげていたが、リシュトには伝わらない。
好奇とやっかみがこんなに集中しているのに。
「くっくっ……」
押し殺した笑い声が聞こえた。
ざわ、と群衆がどよめき、人波が割れた。
美しい所作で男性が歩いてくる。
こちらも軍服で、唐紅色の豪奢な丈の長いジャケットを羽織っている。
襟や袖口にびっちりと施された金の刺繍が、天井のシャンデリアの白い光にきらきらと輝く。
男性は服装に負けない華美な面立ちで、口元を引き上げてリシュトに命じた。
「リシュト、私の執務室へ来い」
さ、とリシュトの温度が下がった声がした。
「……ヒューベルト殿下」
「私に紹介してくれるのだろう?」
プラチナブロンドの艶のある髪に、夜が近い空のような紫色の瞳を持つその人が、第一王子のヒューベルトだった。
執務室でリシュトの横に楼子は立った。
ネイは戸口付近に控えている。
側面と足に植物の彫刻が施された凝った造りの重厚な書斎机に頬杖を付くヒューベルトを見上げた。
リシュトの腹違いの兄と聞いている。
曲者感があるというのが第一印象だった。
ぽろっと口から出てしまうと首が飛ぶような単語だったので、封じ込めないと、と楼子は唾を飲み下した。
「昨晩言ったではないか。すぐに連れてくるようにと」
妖精ではないようだな、とヒューベルトは楼子を観察した。
リシュトは形だけ笑顔のまま、黙った。
こんな反抗的で大丈夫なんだろうかと心配した楼子が口を開きかけたとき、棘棘しくリシュトが返事をした。
「私の薬師です。まだ本調子ではありませんのでこちらに帯同しました」
「お嬢さん、名前を言えるかな」
ヒューベルトはリシュトの発言を無視して直接楼子に話しかけてきた。
リシュトが殺気立つ。
「……ロ」
「ロロです」
楼子の返事に被せて言って、もういいでしょう、とリシュトはすげなくヒューベルトを突き放した。
ヒューベルトはリシュトの態度に大らかで気を悪くする素振りもない。
いつものこと、なのだろうか。
「聖女と同じ目の色だな」
「無関係ですよ。殿下は聖女のことだけ介意なさればいい」
「聖女、なあ」
厄介そうに、ヒューベルトは大きく息を吐いて背もたれに深く体を預けた。
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