第2章 王都の聖女
まだ、子供
26
城壁の門をくぐると、整備された石畳と白壁の二階建ての街並みが出迎える。
中央へ向かって緩やかに傾斜する丘陵、アンリアンス王国、王都イエアン。
第三騎士団第一隊が王都に到着したことでにわかに町は活気づいていた。
魔族の急襲が王都に報じられてから程なく八か月経つ。
討伐は成功した、いやしていないと煩慮の中にいた市民は、第三騎士団の勇姿を見てようやく王都の安穏を実感した。
その一方で王城内は、ひりつく様な緊張感に包まれていた。
楼子はリシュトの希望で謁見の間への入場を許可された。
本来、一般のしかも子供が立ち入れる空間ではない。
身分の高い貴族たちの胡乱な視線にさらされながら、楼子はネイと謁見の間の端っこで佇み、毛足の長い絨毯をじっと見ていた。
鏡のように掃除の行き届いた床に敷き詰められるたくさんの磨かれたそれは高級そうな靴が目に入る。
入場を知らせる管楽器が鳴り渡った。
大きな観音扉が重い音を出して開かれる。
第三騎士団第一隊が整列しており、先頭にはリシュトが立っていた。
ざわ、と場内が色めき立つ。
わかる。
かっこいい。
こっそりと顔を上げた。
楼子には人々の賞賛がなんだか感慨深い。
リシュトは装飾の多い黒の軍服に藍色のマントを身に付けた正装で颯爽と歩き出す。
硬い毛の絨毯が国王の玉座へ至る第三騎士団の歩く道を作っている。
リシュトに合わせて王都に帰還した隊員達は、アデルを始め皆、リシュトのことを誇っているのだ。
隊の全員が前を向き、瞳は自信に溢れている。
その中で、リシュトの進路前方に遣る視線がどこか冷たく感じられた。
口元はにこやかだけれども。
玉座を見据える瞳の色は、戦地の真ん中で敵を見るようだと思った。
玉座には壮年を過ぎた白髪の王。
(リシュトのお父さん……)
王都へ向かう道中、唐突にリシュトから国王が父であると告げられた。
驚きはしたが、どれほど大変なことなのか、楼子にはまだ身分制度の理解が足りていない。
リシュトはあまり気にしないで、と言った。
もう相続権はないし、隠すことになるのも嫌だからという程度の話だと聞かされた。
リシュトの言葉の意味を今、知った。
国王との謁見が始まる。
大仰だった。
リシュトが国王に討伐の結果を奏上しているが、形式だけのものだ。
具体的にはこの後第一王子が招集して報告会が開かれる。
予め用意された文章を読み上げるリシュトの声は朗々と響くけれど、国王に向けられた顔に感情はない。
無機質で、もの悲しい。
あんな顔もするのだ。
それは、父である国王との深い溝を楼子に見せた。
楼子は幼子に似つかわしくない険しい顔をした。
国王は、短く、ご苦労だったとリシュトに告げた。
昨日、跳ね橋を渡って北方の城壁の門から楼子たちが王都に入ったのは昼過ぎだった。
外城壁からほど近くに高い塔が見える。
アデルが久しぶりの我が家に歓声を上げた。
あの塔のそばに第三騎士団の城がある。
王都には騎士団ごとに基地として城が与えられているそうだ。
大きな建物だった。
素っ気ない石造りの四角い三階建ての城は頑丈そうだった。
広い敷地は市民窓口で、訓練施設で、宿舎だという。
第三騎士団の城には、勤務している騎士と従騎士や兵士、砦から先に戻っていた第一隊の面々が、リシュトの帰還を待ち侘びていた。
騎士たちは城門で整列して馬車を迎えたが、リシュトが馬車から降りるか降りないかにわっと囲んでしまった。
楼子は、笑顔や嬉し涙が溢れる様子を、幌の隙間から晴れ晴れとした気持ちで眺めた。
その後、リシュトから抱き上げられて馬車から降ろされて、無言で集まる視線に羞恥で気絶したくなったのだが。
建物に入ると正面に第三騎士団の紋章が入った大きなタペストリーが気骨稜稜と水平に掲げられている。
盾に重ねられた八方に伸びる樹枝が力強い紋章だ。
三階に上がり、奥に進んでいく。
執務室とは別に、リシュトはここに部屋を持っていた。
荷物を運んでくれたアデルは楼子に、団長は宮殿を引き払ってこんな狭いとこに引っ越したんだぜ、とどこか自慢気に笑った。
リシュトは楼子がこの部屋に住むと考えていたようだが、アデルとネイの猛反対にあい、アデルが隣の部屋を明け渡し、そこにネイと楼子が住むことになった。
「勝手に部屋の間に扉を作らないでくださいね」とアデルが念押しした。
リシュトとアデルは休みという訳にもいかず、着いたなり椅子に座りもせずに出かけて行った。
気のいい隊員たちに手伝ってもらって、アデルの荷物を全部運びだして、ネイとふたりで掃除に励んだ。
みんな優しいが、ネイに鼻の下を伸ばすのは、気持ちは分かるが、ディジュからネイを預けられた楼子としてはわたしが守らないと、とネイと隊員の間に割って入ったりした。
かまってちゃんみたいになってしまったのは悔しいが、みんな子供にも優しいのでちゃんと話を聞いてくれる。
聞けば、隊員が家族と住んでいる部屋もあるという。
ちょっと安心したが、リシュトの家族認定であることに、ひとり変な汗をかく。
いちいちどうして気にしてしまうが、楼子は今子供なのだ。
頭を振り邪念を掃い、一心不乱に掃除を終えるともう夕方だった。
日が落ちてからリシュトが楼子の部屋をノックした。
部屋を見回して、片付いたことを誉めた。
必要なものは一緒に買い物に行くから待っていて、と言う。
それまで足りないものはリシュトの部屋にあるものを使ってほしいことも付け加えて、部屋の鍵を楼子に渡した。
自然に受け取ってから、待って合い鍵だ、と気付く。
慌てふためく楼子に微笑み掛けて、これから第一王子との打ち合わせに出かけるから、ネイと先に休んでいてほしいと言った。
リシュトは第二騎士団の城から戻ってきたばかりで、食事もまだだというのに、忙しい。
こんなバタバタするのは二三日だから、週末には城下に出かけよう、とリシュトは鍵を持つ楼子の手を握った。
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