幕間 道
24 道(1)
妖精王の森の入り口まではディジュが運んでくれ、妖精王の森と王国の森林地帯の境である大きな峡谷、むしろ断崖、眼下果てには大河が見える———に架かる苔生した石の橋を渡った。
興味本位で下を見てしまったが、橋がどう支えられているのかわからず、楼子は謎の浮遊感に背筋を震わせた。
妖精王の森を出てから一日。
リシュトとアデルとネイが交代で御者を務める。
馬を扱えない楼子は本を片手に荷物と一緒に幌の中で過ごす。
馬車は歩くよりも少し速いくらいの速度のゆっくり旅程だった。
整備された道には辿り着かず、森の中で休むことにした。
楼子は短い腕で食事の用意をしようとしたが、手際が悪い。
いつもやっていたことが、いつもどおりにできない。
リシュトが楼子の後ろでおろおろするのを見かねたアデルから「オレがやっとくから」と戦力外通告を受けた。
それから五日。
人里に近付いてきて往来が増えたためであろう平坦になった街道を走る馬車はあまり揺れなくなってきて、一日に進む距離も伸びた。
今日は見える範囲に人はいないが、道端には野営の跡がちらほら見受けられる。
馬に餌を与え毛繕いをしてやるネイを、夕食ができたと呼ぶ。
すっかりアデルが食事担当になっており、楼子は刃物を持たせてすらもらえなくなった。
「なんとも危なっかしいというか」
「ちょっとやったら慣れてくるはずです」
いったい何年家事をしてきたと思っているんだと反論してみたものの、アデルが思いの外料理上手で、楼子はちょっと鍋を混ぜたり洗い物をしたりする役目に収まっていた。
誰かに作ってもらうご飯というのは、本当においしい。
焚火を囲んで四人で座る夕食も、馴染んできて楽しみな時間だった。
明日には近くの町に辿り着く予定になっている。
アデルが「久々に肉が食える」と歓喜した。
「オレは早く団長にも栄養のあるものを食べてもらわないとと思ってるんですって」
アデルの主張にリシュトは、シーズスタンの町の地鶏の串焼きは確かに食べたいけど、今日のご飯もおいしいと笑った。
食器を荷台に片づけて、楼子はリシュトの様子を見に行くことにした。
王都に戻るまでに落ちた筋力を取り戻して体を鍛え直すと言って、リシュトは移動の合間は休まず鍛錬に充てていた。
リシュトの鍛錬の相手はネイだった。
ふたりは、武器を使わずに身ひとつで組手をする。
ネイは病み上がりのリシュトに全く容赦なく、リシュトもまた自分より体格の劣るネイに対して手加減は皆無のようだった。
リシュトもネイも、相手が突きだしてくる腕や足を捌くスピードが速すぎて、楼子の目には追いきれない。
「団長、オレ一回ネイと
アデルは朝の時間リシュトと剣を振っていて、夕食後は割とのんびりしているのだが、急にそんなことを言い出した。
ネイが良ければいいよ、とリシュトが顎の汗をタオルに吸わせながらネイを振り返った。
ネイは地面に枝で直径四メートルほどの丸を書いた。
「この円から出た方が負け」
「いいぜ、それでやろう」
アデルが気付いたら円の外に出ているという結果が続き、再戦再戦で大盛り上がりだ。
今日はなかなか寝付けそうにない。
川の水を浴びて戻ってきたリシュトが、岩に座る楼子の横に腰掛けた。
「また勉強?」
「いえ、これは息抜きに」
「何の本?」
「王都のガイドブックです」
「行きたいところある?」
観光じゃないはずだが。
リシュトは楼子が持つ本を覗き込む。
ランタンひとつでは文字がよく見えず、楼子に覆いかぶさるように近づく。
「だんちょう!」
「リシュト」
「え?」
円の中で組んだまま、アデルとネイが突如叫んだ。
「……誤解だよ、ふたりとも」
「ルル導師から言われたでしょう、人の道を外れるなって!」
「忍耐は大事」
だから誤解だって、とリシュトは笑って楼子を膝に抱え直す。
「だんちょう!」
「リシュト」
焦るふたりの声にリシュトはあはは、とまた笑った。
楼子は、ガイドブックで顔を隠した。
リシュトは二人をからかっているだけだけれど、意味は分かった。
ガイドブックの陰に真っ赤な耳があった。
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